虫のジェムモンスター狩り
少し早いが、広場の屋台でホットドッグとコーヒーを買い、簡単に昼食を済ませた。
宿泊所へ戻る前に、ギルドに顔を出して聞いてみたが、残念ながら頼んでいた鶏肉は午後からになると言われたので、ハイランドチキンの塩焼きは、夕食の楽しみに取っておく事にした。
それから一旦宿泊所に戻った俺達は、今日買った物をまとめて取り出し、順番に整理してサクラに渡して片付けた。
よしよし、俺の食料在庫は順調に充実してるよ。
荷物を見て思い出して、買ったきり忘れていた新しい水筒にも綺麗な水を入れておく。1リットルも入らないくらいの大きさだったので、これは普段用に俺の鞄に入れておく事にした。
「それでどこへ行くんだ? 今日は夜にテントの配達があるから、帰らないと駄目なんだぞ」
「分かってるって。それじゃあ今日は近い所へ行こう」
自信ありげに胸を張るシャムエル様に若干の不安を覚えつつ、宿泊所を出た俺達は、また一列に並んで街を後にした。
街道を外れて、草原を一気に駆け抜ける。爽やかな風が心地良くて、声を上げて笑った。
「最高だな。バイクで走ってた時の疾走感みたいだな」
マックスが俺の呟きに嬉しそうな声を上げて鳴き、目の前の段差を一気に飛び越えた。
「うひゃあ!」
振り落とされそうになって、必死でマックスの毛にしがみついた。
「着きましたよご主人、降りてください」
途中から、あまりの速さに俺はマックスの背中にしがみついて顔も上げられなかったので、周りの景色を見てる余裕なんて全く無かったよ。
「はあ、もうちょっとゆっくり走ってもらえると、ありがたいんだけどなあ」
苦笑いしながらとにかく地面に降りた。
改めて見回してみると、そこはまたしても岩と土と砂だらけの地面と、ごく丈の短い草がまばらに生えているだけの、妙に荒涼とした場所だった。
「ええと、ここがその場所なのか? また何にもいないぞ」
転がっている小さな岩も、見たところ何の変哲も無い自然物の様だ。
その時突然、ラパンがマックスの背中から飛び降りて巨大化した。続いてセルパンまでもが、ニニの首輪から降りてきていきなり巨大化したのだ。
「何だ? 何もいないぞ?」
少なくとも俺の目には何も見えない。
……いや、あれはなんだ?
その時、茂みの向こうから、黒い塊がのっそりとこっちに向かって進んできた。
「ええ、なんだよあれ! カブトムシか?」
そう、それは間違いなくカブトムシだった。しかも、あの形は図鑑で見たことがある。
「ヘラクレスオオカブト来たー!」
思わず叫んだ俺は悪くないよな。
子供の頃、図鑑で見て一度は現物を見てみたいと目を輝かせた男の子は、きっと俺だけじゃないと思う。
そう、世界最大クラスのカブトムシである。
「いや、そうなんだけど、これはデカくなりすぎだよ。怖いって」
うん、昆虫は大きいとはいえ手のひらサイズだから平然としていられるんであって、一メートル超えの昆虫は、確かにどこから見てもモンスターだった。
驚く俺の前に、マックスがいきなり立ちはだかった。
「下がってくださいご主人、あれは危険です!」
ニニまでもが、威嚇するかの様に歯をむき出しにして聞いたことのない様な声で唸り始めた。
何だよこれ。そんな危険な奴なのか?
現れたのは一匹だけの様だが、こいつらが全員身構えているのを見て、俺は大人しく後ろに下がった。
サクラが、ニニの背中から跳ねて俺のすぐそばに来る。アクアは大きく跳ねて一番先頭にいるマックスの背中に飛び上がった。
「何だよ、あのヘラクレスオオカブトって、そんなに危険なのか?」
怯える様に呟くと声が聞こえた。
「君には危険だね。まあここは彼らに任せて」
肩に現れたシャムエル様に平然とそんな事を言われても、俺は安心出来なかった。万一、誰かが怪我でもしたらどうしてくれるんだよ。
「この辺りには、ピルバグって虫のジェムモンスターが出るんだよ。それなら君でも簡単に倒せるからここに来たんだけど、まさか、こんな街道に近い場所にあんな大物がいたなんてね」
のんびり解説しているシャムエル様を見て、俺はサクラを叩いた。
「例の水薬、あるよな? いつでも出せる様に用意しておいてくれよな」
「大丈夫だよ。沢山あるからいつでも出せるよ」
サクラの声に、俺は少し安心した。
「俺がやる!」
マックスの声にニニが怒った様に言う。
「ヤダ、私がやるの!」
「狡いです。私がやります!」
ニニの横でラパンが足を踏みならしてそう言い、その隣では、とぐろを巻いた巨大セルパンも文句を言っている。
「ええ、せっかく大きくなったんだから、私にやらせてくださいよ」
待て待て、お前ら!
強敵を前に、誰が一番に戦うかで揉めるんじゃないよ。
「こいつは私の獲物です!」
呆れた俺が、止めに入ろうとしたその時、巨大化したファルコが空から一気に降下して来た。そして巨大な足でヘラクレスオオカブトを掴むと、そのまま上空へ連れ去ってしまった。
呆気にとられる一同を尻目に、上空で勢いよくヘラクレスオオカブトを放り投げたファルコは、再び掴んだそいつをまた放り投げ、何度も一人キャッチボールをした後、地面に向かって勢いよく投げ落としたのだ。
哀れ、傷だらけになったヘラクレスオオカブトは真っ逆さまに地面に激突して、長い角が見事に地面に突き刺さった。
おお、これはこれですごい光景かも。
しばらくもがいていたヘラクレスオオカブトは、次の瞬間ジェムに変わった。まあ当然そうなるよな。
「あれ? 角はそのままだ」
転がった大きなジェムを拾おうとして驚いた。地面に突き刺さったあの巨大な二本の角が根元からそのまま残っていたのだ。
「うまくやったね。これは高く売れるから、是非とも持って帰ろう」
シャムエル様が嬉しそうにそう言うので、俺は近寄って角を引っ張り出した。下は柔らかい砂地だったので、案外簡単に抜くことが出来た。
艶々の大小二本の角は、見事な輝きを放っていた。
「硬いな。手で叩いたぐらいじゃビクともしないぞ」
拳で軽く叩いてみたら、まるで金属の様な硬質の音がする。
「それは武器の素材になるんだよ。貴重な物だから、幾らの値が付くか楽しみだね」
「そうなんだ。じゃあこれはアクアに持っててもらおう」
飛び跳ねて戻って来たアクアに、俺はそう言って二本の角を渡した。
結局やる気満々だった全員が、見事な肩透かしを食らわされてしまい、怒りを持て余していたところに最初に予定していたジェムモンスターが現れたのだ。それも何匹も。
「うわあ、あれってダンゴムシじゃん」
思わずそう叫ぶぐらい、それはシュールな光景だった。
俺の目の前に現れたのは、丸くなったらバスケットボールよりも大きそうな、巨大ダンゴムシだったのだ。
まあ、ヘラクレスオオカブトが1メートル超えだったんだから、確かにダンゴムシがバスケットボール超えでもいいのかもしれないけど、これははっきり言って気持ち悪いよ。
「憂さ晴らし来たー!」
ニニがそう叫んで嬉々として飛びかかった。ラパンとセルパンもそれに続き。出遅れたマックスが最後に慌てた様に飛びかかった。
ファルコは、小さくなって俺の左肩の定位置で平然としている。
あっちこっちに、丸くなった巨大ダンゴムシが転がり、皆して大喜びで叩いたり転がしたりしてやっつけていた。
特にニニとマックスは大興奮だったね。
気持ちは分かるよ。お前ら、前からボール遊びが好きだったもんな。
「まあ、今日のジェムモンスター狩りはあいつらに任せるよ。はっきり言って今俺があそこに行ったら、ダンゴムシと一緒にやっつけられそうだ」
呆れた俺は、少し離れた岩場に座り、鞄から取り出した水筒の水を飲んで、大人しく見物に徹したのだった。
かなりの時間が経って皆の興奮が収まる頃には、足元にはゴロゴロとジェムが転がりまくっていた。
どんだけやっつけたんだよ、お前ら……。
呆れる俺を尻目に、アクアがせっせと落ちたジェムを拾い集め、この場はすっかり綺麗になった。
「お疲れさん。俺は今日は何にもしてないな。それよりお前ら、食事は? 行かなくてもいいのか?」
よく考えたら今日は、食事に行かせていない。
「じゃあ、場所を変えよう。ゴールドバタフライが出てるみたいだから、ケンにはそこで働いてもらおう」
シャムエル様の声に、俺は頷いてマックスに乗せてもらう。ニニとファルコがまずは狩りに出掛けた。
スライム達と小さくなったラパンも、定位置のマックスの上に飛び乗って来たので、留守番組は移動する事にした。
「お前らは、食事はどうしてるんだ?」
ゆっくりと歩くマックスの上で、俺はふと思いついてラパンに聞いてみた。
「私はマックスが狩りをしている間に、適当な草地に降ろしてもらって草を食べていますよ。セルパンも、ニニが狩りに行ってる間に降ろしてもらって、自分で狩りをしていますね」
ラパンがそう言い、スライム達はいつでも好きに草を食べてると言って笑っている。
「成る程ね。お前らはジェムを集める時にでも、食事が出来るわけか」
「そうだよー!」
「ねー!」
仲良く二匹がそう言って楽しそうに跳ねている。
今度連れてこられた場所は、青々とした葉が茂る林の中だった。
その葉や枝にいるのは……50センチはありそうな巨大イモムシだったのだ。
「勘弁してくれ!これは嫌だー!」
叫んだ俺は悪くないよな?