頼もしい仲間達
「待って!待って!待ってーーーーーー! これはマジでヤバイって!」
真っ暗な水路を流されながらようやく状況を理解した俺は、必死になってそう叫んだ。
そして、とにかく剣帯を掴んで身体の前側に持ってきて腰の剣をしっかりと掴む。鞄は斜めに背中に背負っているので、剣帯と一緒に肩紐を必死で掴む。
水の勢いはマジで怖い。
荷物や、着ている服だって簡単に持っていかれるんだから、とにかく体を守る為に足を曲げて体を丸めようとした時だった。
『ご主人! そのまま体を丸くして、じっとしててね!』
頭の中に、アクアの声が聞こえた。
「アクア! ええ、お前か?」
その瞬間、いつも体を綺麗にしてもらっている時みたいに、全身をスライムに包まれる感覚があり、直後に濡れていた体が一瞬でサラサラに戻る。
「え? 今何したんだ?」
呟くと、また頭の中に声が聞こえた。
『みんなで包んで守ってるよ、もうすぐ落ちるから、丸くなって衝撃に備えてね!』
「わ、分かった。よろしく頼むよ!」
どうやら頭の上にくっ付いていた為に、アクアゴールドは俺と一緒に落ちたらしい。
口元の周りが膨らんで空間が出来て、息が楽に出来るようになった。
「おお、凄えな、スライムってこんな事まで出来るんだ……」
感心した直後、いきなり空中に放り出されて、俺はまた悲鳴を上げることになった。
「ドッヒェェェェ〜〜〜〜〜〜〜!」
相当長い間、投げ出される浮遊感があり、俺は本気で焦った。
落ちた先が地面だったら、これっていくらスライム達が守ってくれても一巻の終わりじゃね?
パニックになったまま、俺が落ちた先は幸いな事に地面では無く巨大な滝壺の中だった。
これが幸いだったかどうかは、また別の話……。
「ゲフゥ!」
落ちた瞬間、全身を叩きつけるようなものすごい衝撃が走り息が止まる。
その直後に上下がメチャメチャになる感覚があり、膝を曲げて必死になって肩掛けと剣を抱えた俺は、ただただ悲鳴を上げて耐えるしか無かった。
しばらく、なすがままに洗濯機状態で揉みくちゃにされた後、いきなりポッカリと水面に浮かび上がった。
『ごめんね、守ってあげられるのはここまでだから、自分であそこまで泳いでくれる?』
アクアの声に顔を上げると、弾けるみたいに俺を包んでいたスライムがいなくなるのが分かった。
「アクア!何処へ行ったんだ!」
水をかきながら、慌てて周りを見回すと、アクアゴールドがパタパタと羽ばたきながら目の前に現れてくれた。
「とにかくこっちへ来て。水から上がらないとね」
どうやら、滝壺の上は大きな空間らしく、不思議な事にぼんやりと頭上の壁面全体が光っているのが見えた。
「何が光ってるんだ?」
そう呟きながら、暗闇でもよく見える、ぼんやりと光っているかのように見えるアクアゴールドの後を追って、平泳ぎで何とか必死になって岸を目指して泳いだ。
「うう、服を着て靴を履いたまま泳ぐのって難しい」
思った以上に抵抗が強く、前にもなかなか進めなくて必死になってもがいていると、不意に腹のあたりに砂利が当たる感覚があった。
手をつくとどうやら岸に到着したらしく、何とか立ち上がる事が出来た。
這うようにして、必死でとにかく水から上がる。
「はあ、地面だ。生きてるー!」
そう叫んで、そのまま砂利の地面に倒れ込んだ。
今更ながら、身体の震えが止まらない。
生きてるって感じた瞬間に恐怖感が湧き上がるって、人間の身体って上手く出来てるんだなあと感心した。
「大丈夫?ご主人。どこか怪我とかしてない?」
胸当ての上に、飛んできたアクアゴールドが留まり、心配そうに覗き込んでくれた
「ああ、おかげで生きてるし、怪我も無いみたいだ。本当にありがとうな、お前らがいてくれたおかげで死なずに済んだよ」
笑って、手を伸ばしてアクアゴールドの丸い頭を撫でてやる。
「乾かすから待ってね」
そう言って、いつものように、ニュルンと伸びて、一瞬で俺の濡れた体と服を乾かしてくれた。
慌てて起き上がって、何とかふらつきつつも水から離れる。せっかく乾かしてもらったのに、また濡れるのは嫌だって。
「しかし、ここ、何処だ? かなり落ちたような気がするんだけど……」
ぼんやりと光る壁のおかげで、薄暗いが何とか視界は確保されている。
見た所、ここは大きな体育館よりも広いくらいの空間で、恐らく、俺が落ちてきたのであろう高い位置にある穴からは、大量の水が勢い良く吹き出している。他にもいくつも開いた穴から、水が吹き出して滝壺に流れ落ちているのがぼんやりと見えた。
「ええと、何処かに出口はあるのかな? それとも、ここにいる方が良いんだろうか?」
完全にはぐれてしまった以上、迂闊に一人で動いて良いかの判断が俺には付かなかった。
第一、相当な距離を落ちた覚えがあるって事は、今いるこの場所は最下層とはいかなくても、かなり深い地層の可能性が高い。
となると、まだ地下洞窟に入ってすぐの彼らと簡単には合流出来ないだろう。
「それに第一、俺とスライム達がこっちにいるんだから、あいつらの飯が無えじゃん。これはまずいだろう。あいつら燃費悪いのに……」
しっかり食べないと体力が保たないと言っていた、シルヴァやグレイの言葉を思い出して俺は焦った。
「ああ、どうすりゃ良いんだよ。だけど俺一人でノコノコ外へ出て行って、肉食恐竜なんかと鉢合わせした日には……ああ、駄目だ、瞬殺される未来しか見えねえよ。駄目だこれ。完全に詰んだぞ」
顔を覆って、呻くようにそう呟いた。
助かったと喜んだのも束の間、どう考えても、ここから先の展開がどちらに進んでも全滅ルートしか無い気がする。
「良かった無事だったんだね!」
突然、聞き慣れたシャムエル様の声が聞こえて、俺は慌てて右肩を振り返った。
「シャムエル様! 来てくれたのか」
思わず抱きしめて、力一杯頬擦りした。ちょっと出た涙は誤魔化しておく。
「おお、この柔らかな手触りと尻尾……これこれ、生きてるって良いなあ……」
「だから、私の大切な尻尾を揉むんじゃありません!」
顔を埋めてもふもふを堪能していたら、いきなり空気に殴られて仰け反る。
しばし、顔を見合わせた俺とシャムエル様は、ほぼ同時に吹き出した。
「全く、本気で心配した私の気持ちを返して!」
「いやあ、かなりマジでやばかった気がするけど、スライム達が守ってくれたおかげで何とか生きてるよ」
苦笑いしてそう答えた瞬間、また頭の中に声が聞こえた。
『ケン! 無事か!』
『おお、ハスフェルか。うん、何とか生きてるよ』
ものすごい大きなため息の気配があり、神様軍団の歓声も聞こえた。
『位置は把握した。しかし、申し訳ないんだが、相当奥まで落ちているみたいで、簡単には合流出来ないぞ。何とか頑張って俺達が行くまで生き延びてくれよな』
笑みを含んだハスフェルの念話の声に、俺は大きなため息を吐く。
『やっぱりそうなるよな。ああ、どうしよう、マジで肉食恐竜と出会った瞬間、俺の人生終わるぞ』
『増援が行ったから、合流して安全を確保して、しばらくそこにいろ』
俺の呟きに、オンハルトの爺さんの声が聞こえた。
「へ? 増援って?」
その瞬間、さっきの俺が落ちたであろう穴から、吹き出す水と一緒に緑色の大きな紐が飛び出してきた。直後に、小さな鳥のようなのも放り出されて落ちるのが見えた。
「セルパン! プティラ!」
思わず叫んで水辺ぎりぎりまで走る。
すぐに水面に顔を出した二匹は、周りを見回した後、俺に気付いてこっちへ泳いで来た。
「ご主人、良かった無事ですね!」
巨大化して岸に上がってきたセルパンに、俺は飛び付いた。
もう、この巨大な姿でも怖く無い。こいつは俺の為に何処へ行くのかも分からない水路を通って来てくれたんだ。
俺の胴体よりも太い体を抱きしめる。
それから、いつもの大きさになったプティラも抱きしめる。濡れた羽毛がぺっとりして冷たかったが構わなかった。
鈴を鳴らすような不思議なプティラの鳴き声を聞きながら、俺はしばらく動く事が出来なかった。
「無事に合流出来たね。これで万一恐竜と鉢合わせしても、とりあえず何とかなるだろうからね」
俺の右肩に座ったシャムエル様がそう言い、抱きついていたプティラから顔を上げた俺は、小さく深呼吸して周りを見回した。
「じゃあ、とにかく移動しようか。ここは閉鎖空間だからここにいても合流出来ないよ」
「ええ、良いのか? ここにいろって言われたぞ」
「うん、このすぐ近くにグリーンスポットがあるから、とりあえずそこへ行こう。ここにいると、たまに地下水路を通って紛れ込んでくる、水棲の小型の恐竜と鉢合わせする可能性が高いよ」
「そ、それは勘弁してくれって。分かったよ。じゃあ、まずはグリーンスポットへ行って野営地を確保しよう」
そう言って、アクアゴールドがランタンを出してくれたので、とにかく火を入れて明かりを確保した俺は、周りを改めて見回した。
「あの光ってる壁は、何が光ってるんだ?」
滝壺の上は、ドーム状の広い空間になっていて、あちこちの壁がぼんやりと光っているのだ。
「ああ、ヒカリゴケだよ。この洞窟は、あれが生えているから、場所によってはランタンがいらない場所もあるみたいだね」
シャムエル様の説明に、もう一度頭上を見上げて納得した。確かに苔っぽい。
「色々あるんだな。じゃあとにかく、そのグリーンスポットへ行こう」
剣帯の位置を直し、鞄を背負い直した俺は、自分に言い聞かせるように大きな声でそう言った。
本気で死ぬかと思ったけど、ちゃんと生きてる。
頼もしい仲間達のおかげで怪我も無く歩けるんだから、とにかく前に進もう。
勇気を出して、俺はとにかく進む事にしたのだった。
しかし、改めて周りを見回して早くも途方に暮れた。
何処にも出る場所が無い。
つまり、通路らしき亀裂や穴が全く見当たらなかったのだ。
「ええと、出口が何処にも無いんだけどなあ……」
思わずそう呟き右肩に座るシャムエル様を見る。
当然のように言われたその答えに、俺はまたしても悲鳴を上げる事になるのだった。