じゃあ行こうか
ぺしぺしぺし……。
ふみふみふみ……。
カリカリカリ……。
「うん、起きるよ」
わざと眠そうな声で答えた俺だったが、実は少し前から既に目は覚めている。
だけど、起きない理由はずばり! 行きたくないんだよなあ……。だった。
いやマジで、あの錚々たる顔ぶれの神様軍団が、戻る為の目印に小人のシュレムを態々残して行くような場所だぞ。
しかも、文字通り前人未到の地下洞窟!
本当に、俺みたいな素人がノコノコ行っても大丈夫な場所なのか?
考えれば考える程怖い展開しか想像出来なくて、目が覚めてからずっと悶々としているのだ。
うう、いっそ腹痛とかで留守番組に入れてもらえないかな?
……ああ、駄目だ。怪我でも病気でもあっという間に治るアイテムがこの世界にはあったよ。しかも俺、持ってるし。万能薬とか、美味い水とかさ。
あ、洞窟の崩落事故とかあったら、行かなくて済むんじゃね? って、これってアレだよな。試験の日に、学校が火事になって試験が出来なければ良いのに! とか思っていた子供と同じ思考だよな。
いかんいかん……もう起きよう……。
ぺしぺしぺしぺし……。
ふみふみふみふみ……。
カリカリカリカリ……。
あれ? おかしいなあ……また起こされてるぞ? 起きたんじゃないのか、俺?
ザリザリザリ!
ジョリジョリジョリ!
唐突に、いつもの如く耳の後ろから首元に掛けて舐められて。俺は悲鳴を上げて飛び上がった。
「うわあ、待った待った! ごめん! 起きるから待ってくれって!」
腕立ての要領でニニの腹に手をついて勢い良く起き上がると、背中に飛び乗ったタイミングのソレイユを見事に吹っ飛ばしてしまった。
「うわあ。ごめんよ。大丈夫か!」
背中の感触に飛び上がって振り返ると、見事に着地したソレイユと目が合った。
「もう、びっくりするじゃない。まあ私は平気だけどね」
得意気にそう言って胸を張るソレイユに拍手をしてやると、当然とばかりにまた得意気に胸を張る。そして振り返って俺に飛びかかろうとした。
しかし、俺が使っていた薄い毛布が横に折り重なって固まっていたところに前脚を置いたら……ズルッと滑って、そのまま前方に吹っ飛ぶ。
で、その結果、ソレイユは両前脚を突き出した状態で見事にすっ転んで、毛布の上に倒れ込んで滑りそうになった。
「ああ、危ない!」
慌てて手を伸ばして毛布の端を掴んだ。
しかしその結果……俺が更に引っぱるかたちになった毛布の勢いで、小さな体は見事なまでに吹っ飛んで転がって行ったよ。
「あ……ごめん」
毛布を掴んだまま呆然とそう呟くと、次の瞬間、巨大化したソレイユが一気に飛び上がって来た。
「ご主人、よくも私を転がしたわねー!」
笑った声でそう叫んだソレイユが、そのまま俺に飛びかかる。
「うわあ、だからごめんって!」
笑いながら悲鳴を上げた俺は、声を上げてニニの腹に逃げ込んだ。そして、そのままニニの前脚の間へ潜り込む。
「じゃあこっち!」
そう言ったソレイユは俺の背中側の服の隙間から鼻先を突っ込み、見えた背中を思い切り舐め上げたのだ。
「うひゃあ! だからごめんって!」
「逃さないわよー!」
笑ったニニが、俺をそのまま前脚で押さえ込み、額を思い切り舐め始めた。
「だから無理だって! 肉がもげるよ!」
そこに更にタロンとフランマ、フォールまでもが乱入してきて、もう俺は揉みくちゃだ。
「起きるから! 待って! 痛いって!」
すると今度は耳やら額やら背中やら、至る所にもふもふが押しつけられて、別の意味で俺はまた撃沈した。
「もう駄目……俺、ここから動かない……」
俺の着ていた服は上半身はほぼ捲れ上がって完全に腹が見えている。
その背中に巨大化したソレイユがくっ付き、右脇腹に猫サイズのタロンとフォールが二匹並んで潜り込み、俺は、ニニの腹にうつ伏せで顔を突っ込んで倒れている状態。そして左脇腹にはフランマが潜り込んで、更には尻尾を俺の背中から脇腹にかけてソフトタッチで攻撃してきている。
朝から何のご褒美ですか?これは……。
「お前は、相変わらずモテモテだな」
ハスフェルの呆れたような声に顔を上げると、いつのまにか開いた垂れ幕から、既に身支度を整えた神様軍団が揃って笑いながらこっちを見ていたのだ。
「あはは、おはよう。待って、顔洗って来るからさ」
慌てて立ち上がり、ずれた服を直しながら水場へ走る。
背後から聞こえる笑い声に俺も声を上げて笑い、跳ね飛んできたテニスボールサイズのカラースライム軍団を、次から次へと水場に放り込んでやった。最後に、いつものサイズのサクラとアクアも放り込んでやる。
大急ぎで俺も顔を洗い、水場から出てきたサクラに綺麗にしてもらう。
戻って、取り敢えずコーヒーのピッチャーを取り出してから、自分の身支度を大急ぎで整えた。
「ごめんよお待たせ。飯はどうする? サンドイッチで良いかな?」
適当にサクラが出してくれたサンドイッチを並べて置き、笑った神様達がそれぞれ好きなのを取っていった。
俺達が飯を食ってる間に、スライム達とファルコとプティラは順番に水浴びを楽しんでいたよ。
「さてと、じゃあ行くとするか」
嬉々とするハスフェルの声に、全員が嬉しそうに立ち上がる。
「ああ、本当に大丈夫かなあ……」
小さな声で呟くと、右肩に現れたシャムエル様が楽しそうに俺の頬を叩いた。
「だから大丈夫だって。君は普通の人間よりもかなり頑丈に作ってるからさ」
どうしてだろう。自信満々の神様にそう言われても、不安しかないのは……。
「大丈夫ですよ。ご主人。我らがついています」
「そうよご主人、安心して行きましょうよ」
マックスとニニが自信満々でそう言ってくれるが、やっぱり不安しか無い。
しかし、びびってるのは俺だけで、そのままあっという間に各自のテントを撤収して出発準備を整えてしまった。
ちなみに、俺がやったのは椅子と机を畳んだだけ。テントの撤収は、全部で九匹に増えたスライム達が、あっという間に片付けてくれた。何これ、超楽ちんじゃん。
そのまま全員揃って地下洞窟の入り口へ歩いて移動して、相談の結果、洞窟内ではハスフェルとギイが先頭で彼らの従魔達がその後ろ、レオとエリゴールがその後ろに並び、俺と俺の従魔達、シルヴァとグレイ、それからオンハルトの爺さんという布陣に決まった。またしても守られてる感満載っす。でも良いです。安全優先でお願いします!
神様達の馬は、俺が従魔達と戯れている間に、大鷲達が転移の扉のシュレムの所まで運んでくれたらしい。俺達が出て来るまで、そのままシュレムが面倒を見てくれるんだって。
そっか、地下洞窟には馬は入れないって言ってたもんな。
ちなみにスライム達は、全員合成バージョンで金色スライムになり、それぞれの主人の横を飛んでいたり肩に乗ったり頭に乗ったりしている。
アクアゴールドは、何故だかご機嫌で俺の頭の上に収まっているよ。別に良いけど、何で飛ばないんだ?
「じゃあいこうか」
ハスフェルの言葉を合図に、いよいよ地下洞窟への探検が始まった。
足を踏み入れた地下洞窟は、ひんやりとした冷気をまとっている。
それぞれランタンを取り出して火を灯す。
「ここから少し道がくねっている。間を空けて遅れるなよ」
ハスフェルの声に、全員が嬉々として返事をしている。
しかし皆元気だね。俺はもう不安しか無いよ。
俺の右肩でいつものように座っているシャムエル様をちらりと見て、俺は小さくため息を吐いた。
「まあ、もうなるようにしかならないよな。こうなりゃ出たとこ勝負だ!」
そう呟いて大きく深呼吸をした俺は、ランタンを持ち直した。