頑丈で丈夫な俺?
「なあ、それともう一つ良いか? さっき、ちょっと気聞き逃せない言葉を聞いた気がするんだけど……」
ふっかふかなシャムエル様の尻尾を突っつきながらそう聞くと、驚いたように振り返ったシャムエル様が尻尾を取り返して首を傾げた。
「なに? 改まって?」
「さっき、俺が頑丈だったから樹海のジェムモンスターに丸呑みされても死ななかったって言ったよな? それってあの、超デカいタートルツリーの亜種だか最上位種だかの時の話だよな?」
俺の言葉にシャムエル様の尻尾が、いきなり倍くらいに膨れる。
おう、何だよそれ。ちょっともふもふさせてください!
「あはは、よく聞こえる耳だね」
誤魔化すように笑うシャムエル様の尻尾をもう一度突っつきながら俺も笑ってるけど、目は笑ってないよ。
「おう。おかげさまでよく聞こえるよ。で、やっぱりあれって……かなりヤバかったわけ?」
シャムエル様は、振り返ってこっちを見ているハスフェルと顔を見合わせている。
「まあね、あれが出てきて、一瞬で君が飲み込まれた時、正直言ってもう終わったって思ったもん。それなのに、よく見たらまだ君は死んで無くて、それどころか中から反撃していたでしょう?」
「おお、確か剣は無くなっててさ、腰に装着してたナイフを思い出して、それで中から突き刺しまくったんだよ」
その言葉に、神様軍団から感心したような声が上がる。
「タートルツリーに飲み込まれて、死ななかった貴重な人間だな。勇者に栄光あれ」
笑ったオンハルトの爺さんが持っていたグラスを上げてそう言うと、皆も笑いながらそれに続いた。
「勇者に栄光あれ!」
「いやいや、全然勇者なんかじゃ無いから! 人を勝手に勇者扱いするなって!」
そう叫んで必死で首を振る俺を見て、シャムエル様はつまらなさそうに頬を膨らませた。
「ええ、普通は勇者って言われたら嬉しいんじゃないの?」
「全然、全く嬉しくないって。俺は平凡で良いよ。なんか勇者って言われたら魔王退治とかに行かなきゃいけなくなるから、絶対やだ!」
「ええ、良いって言ってくれたら、張り切って何か出そうと思ってたのに」
「何かって……なに?」
「今言ったみたいな、すっごく強い悪者!」
「俺は絶対行かないからな!」
顔の前で力一杯バツ印を作って首を振る。
「シャムエル。からかうのはそれぐらいにしておいてやれ」
笑みを含んだ声のハスフェルを見ると、彼は笑うのを必死で堪えていて、男前が台無しな顔になっている。
ちなみに、他の神様たちも似たような有様だ。
それを見て、俺が豪快に吹き出したのを合図に全員が笑い出し、しばらく笑い声は途切れる事が無かった。
「はあ、全く。俺で遊ぶんじゃねえよ!」
なんとか笑いを収めた俺がそう叫ぶと、それを聞いた皆がまた笑う。つられて俺もまた笑い、いい加減腹が痛くなってきた頃に、ようやく笑いは収まったのだった。
「ああ苦しい。もう勘弁してくれ。笑い過ぎて死んだらどうしてくれるんだよ」
シルヴァとグレイは、もう笑い過ぎて泣いてるし、レオ達も机に突っ伏してまだヒクヒクしている。
「じゃあもうお開き! 飲みたい奴は勝手に各自で飲んでくれ。俺は片付けて寝るぞ」
ダルい返事が聞こえてそれぞれ飲んでいたグラスを片付ける。
うん、全員が収納と浄化の能力持ちのスライムを連れていると、片付けも楽でいいね。
「それじゃお休み。今日の飯も美味かったよ」
「ご馳走さん。じゃあいよいよ明日から地下迷宮だな」
「お疲れ様。地下迷宮でも、言ってくれたら肉くらいは焼けるからね」
レオと手を叩き合い、テントに戻る神様達を見送った。
「お休みー。明日から頑張ろうね!」
「それじゃあお休みなさい」
シルヴァとグレイも、笑顔でそう言ってテントへ戻って行った。
「おやすみ」
「それじゃあな、おやすみ」
手を上げたハスフェルとギイも、それぞれ自分のテントへ戻って行った。
「なんだか知らない間に色々あったみたいだな」
苦笑いしてマックスの首に抱き付いた。
「笑い事にしていましたが、貴方が気絶した時と、それから昨夜から今朝の貴方が寝ている間、皆本当に心配していたんですよ」
優しい声に振り返ると、フランマと並んで、すっかり爺さんの貫禄を取り戻したベリーが、笑って俺を見ていた。
「本当にな。あれ程に慌てふためく彼らとシャムエルを見たのは初めてかも知れんなあ。いや、珍しいものを見せてもろうたよ」
机の端に座って腕を組んでいる小人のシュレムも、そう言って苦笑いしている。
「何だか知らないけど、心配かけてたみたいだな。まあ、あんまり無理しない程度に頑張るよ」
「そうだな。まあ、何事も程々にな」
頷きながら、俺は手早く防具を外してアクアに綺麗にしてもらった。
「じゃあ、今夜もよろしくおねがいします!」
そう言って振り返ると、地面に転がっていたニニが顔を上げて声の無いにゃーをしてくれた。
「なんだよ、この可愛い子は!」
笑ってニニの首に抱きついて、もふもふの毛を堪能する。
マックスがいそいそと近くへ来て、ニニの横にくっ付いて転がる。
「ここが良いんだよな」
そう言いながらその隙間に潜り込み、ニニの後ろ足に乗って腹にもたれかかる。
すぐに、胸元にタロンが潜り込んできて、背中側にウサギコンビがくっついて来る。
俺的最高のもふもふパラダイスの完成だ。
ニニの背中側にベリーが足を折って座る。そう、ケンタウロスは猫みたいに足を折って座って寝るんだよ。
フランマとソレイユとフォールが、ニニの横に座るベリーにくっつくのが見えた直後、スライム達がランプを消してくれたお陰で、テントの中は一気に真っ暗になった。
「ニニ……重く無いか?」
ふかふかの腹毛の海に顔を埋めながら聞くと、大きく喉を鳴らしていたニニが口を開いた。
「大丈夫だって、全然重く無いわよ。だから安心して休んでね。地下迷宮でも、私達がちゃんと守るからね」
「あはは、どうやら俺は人並外れて頑丈らしいよ。でも……うん、よろしくな……」
明日からの事を考えると怖さしか無いので、これはもう、なるようにしかならないと完全に諦めの境地だ。
さて、明日からの地下迷宮探検隊、どんな珍道中になるのやら……。
「おやすみ。良い夢を」
遠くにシュレムの声が聞こえて、俺は返事をしたつもりだった。
だけど、実際にはニニの腹に潜り込んだ直後に、それはもう気持ち良く、眠りの国へ旅立って行ったのだった。