大量のお買い物
ぺしぺしぺし……。
うん、もうこれだけ毎回起こされたら、いやでも誰の手か分かるって。はいはい、起きますよ。
しかし、目を開いた瞬間に飛び込んできたもふもふの海に、俺は再び撃沈する。
ぺしぺしぺしぺし……。
「起きる、起きるから待って」
もふもふの海に顔を埋めたままそう言って、俺は大きく欠伸をする。
なんとか気力で起き上がって、覗き込むニニの顔を撫でてやった。
「おはよう。今日もよろしくな」
頬擦りしてくる巨大な顔を抱きしめて、額にキスしてから立ち上がった。
ニニと揃って大きな伸びをする。
顔を洗って、脱いでいた防具を身に付ける。鞄の中にサクラに入ってもらえば準備完了だ。
「じゃあ、朝市へ行って、まずは牛乳を買った店で作りたてのチーズを買うぞ。屋台で朝飯を食って、それから後は、店でテントを探そう」
今日の予定を考えながら、全員揃って朝市へ向かった。
まずは、フレッシュチーズを求めて牧場直営の牛乳屋へ向かった。
「おや、本当に来てくれたんだね。たくさん入荷してるから遠慮無く買っておくれよ」
おばさんが見せてくれた箱の中には、コロンと丸くて白いチーズがいくつも入っていた。
おお、モッツァレラチーズ発見! その隣に並んだカゴに布を敷いて入っているのはクリームチーズか?
お願いして全種類10個ずつ包んでもらった。
そして包んでもらっている間に、おばさんからお勧めのパン屋の場所を聞いた。元営業マンのコミュニケーション能力舐めるなよ。ふっ。
「焼き立てパンとかあったら最高だよな」
教えてもらった店を探して通りを歩く。
「あ、あの店だな。おお、繁盛してるな」
見つけたパン屋は、カウンター式の店のようで、数人が並んでいた。
「買ってくるからお前らはここで待っててくれるか」
店から少し離れた空き地で、マックスとニニ達には待っていてもらう。ファルコを肩に乗せたまま、列の最後尾に並んだ。
「おお、ここまでパンの良い香りが漂ってくる」
久し振りの香りに、お腹が空いた事を再認識したね。
見ていると、ほぼ全員がフランスパンっぽいのを買っている。うん、これは俺も買いだね。
背後から覗き込むと、品数はそれほど多くは無い。
コッペパンっぽいの、フランスパンっぽいの、ロールパンっぽいの、クロワッサンっぽいのなど、全部で十種類ぐらいだ。そして壁面の棚一面に並んでいるのは、見慣れた四角いパン。あれはどう見ても食パンだな。
並びながら考える。まとめて買って裏で渡してもらえば、収納するところを見られないよな。
よし、それでいこう。
「いらっしゃいませ」
順番が来て前に行くと、立っていた笑顔の年配女性の店員さんは、俺の肩に留まったファルコを見て驚いたように固まった。
「ああ、こいつは大人しいから大丈夫ですよ」
「ええ? そうなんですか。それは失礼しました」
照れたように笑うおばさんに、俺はまとめて買いたいと頼んだ。
「はい、もちろんご用意しますよ。幾つですか?」
「それなら、全種類20個ずつと、後ろの四角いパンも10本お願いします」
驚くおばさんに、俺はにっこり笑って金の入った巾着を取り出す。
満面の笑みになったおばさんと、しっかりと握手を交わして無言で頷き合った。
頼んだ分はすぐに用意してくれると言うので、少し離れて待つ事にする。
「あの、入れ物ですが、店で使っている木箱で良ければ、これも実費で販売しますよ」
奥から大柄な男性が出てきて、小さな声でそう言ってくれた。
「それは有り難いです、じゃあそれでお願いします」
頷いた男性は、店の奥に戻って行った。
これで、出掛けてても食生活は当分の間は完璧だね。無くなったら、また箱を持って買いに来よう。
台車にいくつもの箱を乗せて男性が出てきたので、空き地へ来てもらい、マックスとニニの陰で、こっそりと順番に鞄に入れた。
「ええ? もしかして、それって収納の能力ですか?」
男性が驚いたように目を見開いて俺を見るので、俺は笑って口元に指を立てた。
「騒がれるのは嫌なんで、内緒でお願いな」
「分かりました。また無くなったらいつでもご注文ください」
男性も満面の笑みになり、俺たちは笑顔で頷き合った。
まだ朝飯を食べていないんだって話をすると、おまけだと言って、焼きたてのフランスパンにチーズとハムを挟んだだけのシンプルサンドイッチをくれた。めっちゃ美味そう。お礼を言って受け取り、それを食べながら歩いた。
何これ、めっちゃ美味いわ。ここのパン屋最高。
屋台でコーヒーを買い、広場の端でもらったサンドイッチを完食した。うん、牛乳屋のおばさんお勧めのパン屋は、最高だったね。
ホットドッグ屋の屋台でも、20個包んでもらって鞄に入れた。
他にも、串焼きや、パイっぽいお菓子なんかも大量購入。それぞれ袋に入れてもらい、人目につかないところで鞄に入れるのを繰り返した。
「食料確保はこんなもんかな。後でギルドで例の鶏肉をもらえば完璧だな。じゃあ後はテントを探すか」
そう呟いて職人通りへ向かおうとして、足が止まる。
こぢんまりした小さな屋台だが、幾つもの箱に入れられて並んでいるのは、間違いなく胡椒だ。
「スパイス屋発見! よし!」
思わず呟き拳を握る。
見てみると、粒のままの黒胡椒もあるし、ガラスの瓶に入っているのは塩と色々なスパイスのブレンド調味料っぽい。
店番をしていた小柄な爺さんに話しかけて色々と話を聞き、黒胡椒と、爺さんお勧めの配合調味料の大瓶と小瓶を貰った。
ついでに、黒胡椒用のミルも売ってるって言うから一つ買ったよ。
よしよし、食料在庫が今日でかなり充実したね。
職人通りに到着した俺は、別注品を頼んでいたあの革工房へ向かった。
「おう、お前さんか。すまないが、まだ仕上げが出来てないぞ」
おっさんが出てきてそう言うので、慌てて俺は首を振った。
「あのちょっと聞きたい事があって、ここならわかるかと思いまして顔を出したんです」
「何だ? 俺に分かる事なら教えてやるぞ」
予想通りの答えに、俺は笑顔になった。
「実は野外生活用に、テントが欲しいんですけど、どこに行けば売っているか分かりますか?」
分からない事は、知っていそうな人に聞くのが一番だからね。
「なんだ、いかにも旅慣れていそうなのに、まさか持っていないのか?」
「以前使っていたのは古くてその……」
誤魔化すように言葉を濁すと、おっさんは勝手に納得してくれた。
「何だ、破いちまったのか。それならこの先にある、旅の道具を専門に扱う店に行けば良い。あそこなら色んなテントが置いてるからな。その従魔が入れるような、大きい屋根だけのやつもあるぞ」
そう、それが聞きたかったんだよ! 最悪、雨の中で野宿する事になった時、マックスとニニがびしょ濡れになるのは、出来れば避けたかったんだよね。
「ありがとう。じゃあその店に見に行ってみるよ」
「良いのがあるといいな。あ、それからご注文の品は、今から仕上げをするからな。明日には出来上がってるぞ」
「了解、じゃあ明日また来ますね」
笑って手を振り返して、教えてもらった店に向かった。
「大道具屋。そのまんまな店名だな」
教えてもらったその店はすぐに分かった。店頭にいくつものテントが飾られていて、確かにマックスやニニでも入れそうな大きさのもあるみたいだ。
「いらっしゃい、何かお探しかい?」
大柄な男性が出て来て、俺の背後にいるマックスとニニを見た。
「もしかして、ここんところ噂になってる魔獣使いか?」
やっぱり噂に……まあ、なるよな。
苦笑いしながらマックスの首筋を撫でてやる。
「俺はその噂を知らないから、本人かどうかは分からないけど、確かに俺は、最近この街へ来た魔獣使いだよ。こいつらは全部俺の従魔だから怖がらないでくれよな」
笑って頷いたその男性は、改めて俺を見た。
「で、何をお探しだい? ご希望の品がもし無ければ別注も聞くよ」
そこで俺は、自分用の少し大きめのテントと、マックスとニニが入れるくらいの大きな屋根だけのテントが欲しい事を伝えた。
頷いたその人に教えてもらい、三角の定番テントと、ここで扱ってる一番大きなテントを買う事にした。
「お前さん、どこに泊まっているんだ? 夜でよければ配達するぞ」
ありがたい申し出に俺は頷き、宿泊所に配達を頼んだ。前金を払っておいて、配達した時に残りの金を払うらしい。
笑顔の店員に見送られて、店を後にした。広場へ戻る途中の道具屋で、まな板に出来そうな大きめの板を買い、道具屋でペンとインクも買った。
「結局、買い物で午前中が終わっちまったな。じゃあ一旦戻って荷物整理をしたら、また出かけてジェムモンスター狩りかな?」
俺の呟きに、シャムエル様が現れて頷いた。
「かなり装備や食料も整ってきたね。じゃあ今日はどこへ行く?」
目を輝かせるシャムエル様に、俺は笑って首を振った。
「その前に、まずは荷物整理な」
「じゃあ、また新しいジェムモンスターの住処を教えるから、今度は寝ないで来てね」
「どうもすみませんねえ。体力無いもんで」
笑ってそう言うと、思いっきり呆れた目で見られた。マックスとニニも笑ってる
何だよ、寝たのはどう考えても不可抗力だって。拗ねるぞ、俺は!
でも可笑しくなって、俺もニニの首に抱きついて一緒になって笑った。