寝過ごした朝
「寝てますね」
「うん、そうだね。よく寝てるね」
「どうしますか? 起こして良いならすぐにでも起こしますけど?」
耳元で聞こえる小さな声に、俺はちょっとだけ呻き声を上げて柔らかな腹毛の海に潜り込んだ。
「まあ、昨日は大活躍だったからね。それにあの美味しい水は、あくまで一時凌ぎであって、身体そのものを回復させているんじゃ無いんだよね。だから根本的な回復を図るには寝るのが一番なんだよ。だからまあ、今日ぐらいは好きなだけ寝かせてあげれば良いんじゃ無い? ハスフェル達も、まだ寝ているみたいだしさ」
「じゃあ、もうちょっと一緒に寝るー!」
「あ! タロン狡い。私も一緒に寝るの!」
ぼんやりと聞こえる声を聞いていたら、横向きに寝ている俺の腕の中に、もふもふの塊が潜り込んできた。
俺の顎の辺りに柔らかな頭が押し付けられる。
これは、タロンの頬毛だな。
じゃあ、その上にいるのはフランマか……気持ち良く、また眠りの国へ旅立った俺は、もうそこから先の記憶は無い。
ふいに目を覚ました俺は、顎の下で熟睡し過ぎて溶けているタロンを見て、笑って頬毛を突っついてやった。
「ええと、何時だ? 俺って、またしても寝過ごしたんじゃね?」
昨夜休んだ時は、まだ若干体がだるい感じがしていたんだが、気持ち良く目覚めた今はもうすっかり元気いっぱいだ。
「おはようご主人、やっと起きたわね」
顔を上げたニニが笑いながらそう言って、俺の頬を軽く舐めた。
「こらこら痛い痛い! ニニの舌はザラザラだから、顔は舐めちゃ駄目だって」
悲鳴をあげてニニの頭を押さえてそう言ってから、ふかふかの首回りをもみくちゃにしてやった。
物凄い音で鳴らすニニの喉の音を聞きながら、もう一度眠りの国へ旅立ちそうになって、慌てて顔を上げたよ。
俺の腕の中からずり落ちたタロンが、そのままニニの腹の上から毛の流れに沿って地面に転がり落ちる。
「うわあ! お前幾ら何でも熟睡し過ぎだぞ」
咄嗟に差し出した手で、何とか地面に激突する前に止める事が出来た。
「こら、起きろって」
抱いたまま揺すってやると、タロンは嫌がるように頭を抱えて丸くなったよ。
「おーきーろー!」
笑って耳元でそう言ってやったが全く反応が無くて、本気で死んでるんじゃ無いかと心配になってきた頃、ようやくタロンも起きて伸びをした。
「さてと、起きるか……ってか、何時だ? めっちゃ太陽が上にある気がするんだけどなあ……?」
テントの中はとても明るく、上を見るとテントの屋根は全部が陽の光に当たっているのが見えた。
「あはは、めっちゃ寝過ごしたみたいだぞ、これは」
急いでサクラに綺麗にしてもらった俺は、脱いでいた防具を手早く身につけていった。
「起きたか? 開けるぞ」
テントの外から声がかけられて、身支度を整えていた俺は顔を上げた。
「ああ、気持ち良く思いっきり寝過ごしたみたいだな。ごめんよ。朝は何か食ったか?」
最後の籠手をはめて剣を装着しながらそう言うと、テントの垂れ幕を巻き上げてくれたハスフェルは、笑って首を振った。
「まあ、昨日はかなり無茶をさせたからな。構わんからゆっくりしてろ。今日は休憩日にしたからな。ちなみに朝飯は、サクラがタマゴサンドとカツサンドを出してくれたから、飲み物は各自で用意してそれを頂いたぞ」
驚いてサクラを見ると、隣に現れたシャムエル様がドヤ顔になった。
「ベリー達に果物を出してから、ついでに彼らの分も出すように頼んだんだよ。あ、言っておくけどそれが出来るのは私だけだからね。例えば、ハスフェルが直接サクラちゃんに食べ物を出してって頼んでも、サクラちゃんは絶対に従わないよ」
一瞬、何を言ってるんだと思ったが納得した。
確かにそうだ。言ってみれば、それは俺の持ち物を他の誰かが勝手に出すようなものだもんな。そりゃあサクラは絶対に出さないよ。
でもまあ、シャムエル様は別格か。何しろ創造主様だもんな。
「じゃあ、まだ腹は減ってないか? 俺は何か食いたい」
出しっぱなしだった大きな机にサクラを抱き上げて乗せてやり、ちょっと考えて自分用にアイスコーヒーとミルクを出してオーレにする。それからタマゴサンドとサラダを一皿取り出して、そこに唐揚げも出した。腹が減ってるから、しっかり食う事にする。
「それなら、何か適当に出してくれるか? そろそろ腹が減ってきてる」
「どうする? またサンドイッチで良いか?」
頭の中の在庫に何があるか考えていると背後から、それでお願いしまーす。と賑やかな声が聞こえてきた。
って事で、俺のテントの外にも出してあった大きな机に、クラブハウスサンドとタマゴサンド、それからサラダと一緒に大量の唐揚げを出してやった。
お皿を持ってもふもふダンスを踊っているシャムエル様には、タマゴサンドの真ん中部分を切ったのと、唐揚げの小さいのをひとかけ、それからアイスオーレをいつもの盃に入れて渡してやると、大喜びで食べ始めた。
「うう、やっぱりこのタマゴサンドは最高だね」
鼻の先を黄色くしながら、ご機嫌でそんな事を言って笑っている。
俺も唐揚げを飲み込んでから、残り半分のタマゴサンドにかぶりつき頷いた。うん、確かにこれは美味いね。
食後のお茶を飲みながら、表で寛ぐハスフェル達を振り返る。
「ゆっくり休ませてもらったおかげで、もう元気だよ。それで、この後はどうするんだ?」
「もう出掛けても大丈夫か?」
減っていた腹もいっぱいになっているので頷くと、ハスフェル達は大喜びでいきなり片付け出した。
「じゃあ、すぐに移動しよう。今から行けば、夕方までには地下迷宮の入り口に行ける。今夜は外で休んで、明日の朝から入る事にしよう。いやあ、楽しみだ」
「ああ、全くだな」
ハスフェルとギイがそう言って頷き合っているのを聞き、最後のお茶を飲み干した俺も片付けようとして手を止めた。
「待った今、何だか不穏な言葉を聞いた気がするぞ?」
「何の事だ?」
椅子を畳んでいたハスフェルが振り返る。
「今、今地下迷宮って言わなかったか? 何だよそれ! 迷宮って、迷宮って何だよ!」
「いやまあ……とりあえず、何が出るかは行ってみてのお楽しみだ」
誤魔化すように笑って目を逸らしやがった。
俺、本当にそんな所に行っても大丈夫なんだろうか?
本気で泣きたくなったが、今更行かないとは言えずに、泣く泣く机を片付けたのだった。