牡丹鍋祭り
宿泊所にそれぞれ一泊だけ手続きをしてもらい、笑顔で見送ってくれるディアマントさんに手を振って、俺達は揃って宿泊所へ向かった。
ハスフェルとギイ、それから俺は庭付きの一階の部屋。馬を厩舎に預けているほかの神様達は二階と三階の一人用の個室に入った。
知らなかったけど、大体どこの宿泊所も二階が男性で、三階が女性用の階なんだってさ。
「あれ? じゃあマーサさんみたいな夫婦者は?」
当然のように俺の部屋に集まる神様軍団に酒を出しているハスフェルからそんな話を聞き、サクラにブラウンボアの肉を薄切りにしてもらっていた俺は疑問に思った。
「まあ、夫婦もんは基本的に宿屋に泊まるな」
「だな。大体ここは独りもんが泊まる場所だよ」
軽く呑んでいるギイとオンハルトの爺さんの会話に、無言で部屋を見渡した。
「まあそうだな、確かに全員独りもんだな。ん? だけど、何でだ?」
コンロを並べて、大鍋を火にかけながら呟くと、レオとエリゴールがにんまりと笑った。
「そりゃあお前さん。ここは壁が薄いからに決まってるじゃんか」
「だよな、街の宿屋はもっと壁が厚い」
その意味するところを考えた俺は、無言で、持っていた木製の皿で二人の頭をぶん殴った。
悶絶する二人を見て、全員が大笑いになる。
「下ネタ禁止!」
完全にからかわれているのが分かって、そう叫ぶと、沸いてきた大鍋にすりおろした生姜を少しだけ入れた。
この鍋に入っているのは、うどんの屋台をしていたおっさんにお願いして、魚の干物と海藻で取ったのだという出汁を売ってもらったものだ。
味は付いて無くて、正しく鰹と昆布の一番出汁だ。
味噌も、赤味噌っぽいのもあったので、それを買ってある。
そう、今日の夕食はズバリ、牡丹鍋だ。
サクラとアクアのお陰で、薄切り肉もバッチリだもんな。猪肉がある以上、やらないわけにはいかないだろう。まあ、牡丹鍋って冬に食べるイメージあるけど、そこは気にしない、気にしない。
沸いてきたら、味噌を溶いて入れる。
「白菜じゃないけど、まあなんとかなるだろう」
柔らかなキャベツもどきがあって、スープに入れても美味しいと聞いていたので、これなら出来るかと思っている。他には白ネギもどきとか、餅っぽいのも見つけた。キノコは色々あったのでこれも適当にどっさり投入。
「こうなると豆腐が欲しいよな。絶対何処かにあると思うから、これも探そう」
そんな事を考えながら、野菜が茹ってきたら薄切り肉を大量に投入。火力を強くして一気に肉に火を通せば完成だ。
「はいお待たせ。肉も野菜もまだまだあるから、無くなったらここから取って入れてくれよな」
たっぷり出来上がったので、大鍋から各自が持っている小鍋に取り分けてやる。
俺も自分用の携帯鍋に、どっさり取り分けた。
「ご苦労さん。まあ飲んでくれ」
差し出されたのは、氷の入った米の酒だ。
「良いねえ。牡丹鍋と大吟醸」
受け取り、一口飲んで嬉しくなった。
「なにこれ美味しい!」
「本当ね。肉の味が濃厚なのにスープが負けていないわ」
シルヴァとグレイはそう言ったきり黙々と肉を食っている。うん、気に入って貰えて俺も嬉しいよ。沢山あるから好きに食ってくれ。
「ちょっと生姜が効いてるのも、これまた良いな」
「濃い味噌が、肉にぴったりだ」
「確かに美味い。そして酒が進むぞ」
レオとエリゴールが早くもお代わりを山盛りに取りながらそう言っているし、オンハルトの爺さんも負けじと山盛りに取っている。食うの早いな、おい。
「取ったら、次の人用にそこの野菜と肉を入れておいてくれよな」
まだ一杯目を食べている俺がそう言うと、頷いたレオがせっせと野菜と肉を追加して、ちゃんと弱火にしていたコンロの火も強火にしてくれた。
「あ、じ、み! あ、じ、み!」
俺の頬に尻尾を振り回して叩きつけながら、シャムエル様がお皿を取り出している。
「これはそこには入らないだろう? 何かあったかな?」
小さなお椀があったので、それに一通り入れてやり、お皿にはご飯を一口だけ入れてやった。
「はいどうぞ。今日のメニューは牡丹鍋だよ」
「牡丹鍋?」
お椀を受け取りながらシャムエル様が首を傾げる。
「俺のいた世界では、これのことをそう呼んでいたんだよ。ほら、猪肉が牡丹っていう花みたいに見えるからそう呼んでいたんだよ」
サクラが切ってくれた薄切り肉を肉用に置いてあるお箸でつまんで何枚か丸く重ねて置いてやる。
「ああ、本当だ。赤い花みたいだね」
シャムエル様の言葉に、覗き込んだオンハルトの爺さんも感心したように笑っている。
「それに花の名前を付けるとは、お主のいた世界は、何とも雅な世界だったのだな」
「どうだろうな。誰が付けたのかは俺も知らないよ」
誤魔化すようにそう言うと、オンハルトの爺さんも笑って頷き、それでこの話は終わりになった。
「じゃあ牡丹鍋いただきます!」
そう言って豪快に猪肉を一口で口に入れたシャムエル様は、しばらくもごもごしていたが、飲み込んでからピョンピョンと何度も飛び跳ねた。
「美味しい! 味噌スープともよく合うね。うん、これは良いね! 美味しいよ!」
どうやらお気に召したようで、何度も美味しい美味しいと繰り返してあっと言う間に完食しちゃったよ。
「もうちょっとください! 今度はご飯と一緒に食べてみる!」
お椀を差し出されてしまい、仕方がないので、俺の鍋とお茶碗から適当にお代わりを入れてやったよ。
最近、シャムエル様の食べる量が増えているような気がするのだが……大丈夫なのか?
下手に太ったりしたら……うん、手触りが良くなるだけだから問題無いな。
まあ、あれは仮の身体だって言ってたもんな、
うん、さっぱり分からん。って事で、これもいつもの如く、明後日の方向に疑問は全部まとめてぶん投げておく事にしよう。
ちょいちょい吟醸酒を飲みながら、のんびりと猪肉を味わった。
俺がお代わりを取りに立った頃には、既に肉は4周目に突入していて、在庫が減った肉を見て、サクラがせっせと薄切り肉を追加してくれていたよ。
「ご飯も欲しいから、俺は食べますよっと」
サクラに出してもらったご飯を入れた木箱から、自分用のお茶碗にご飯をよそる。
そう、この木箱ってご飯専用の木箱なんだよ。完全におひつじゃん。超贅沢。
「ご飯食べるなら、ここにあるからな」
振り返ってそう言うと、既に俺の背後にはシルヴァとグレイが空の皿を手に並んでいた。
「この汁をご飯にかけると美味いぞ」
両手に持った鍋とお茶碗を見せてそう言うと、目を輝かせた二人は山盛りのご飯を皿によそっていた。
あれだけでも軽く二合ぐらいはありそうだ。うん、もうちょっと米も炊いておこう。
俺はもうお腹いっぱいだが、神様軍団はまだ食べるみたいだ。ちょっと追加で出汁と味噌を入れてやったよ。
後はのんびりと寛ぎつつ、まだまだ食べている神様軍団を横目に見て、俺は大吟醸をちびりちびりと飲んで過ごした。
「じゃあ、明日はこの辺りで緑と青のスライムをテイムして、そのままターポートかな?」
すっかり空になった大鍋をアクアに綺麗にしてもらって、手早く後片付けをしながら、明日の予定を確認する。
「そうだな。それなら対岸には転移の扉があるから、スライムを捕まえたら、そのままターポートへ向かえば良いんじゃないか? その後は、予定通りに転移の扉で、カルーシュ山脈にある例の地下洞窟へ向かうか」
「それで良いんじゃないか?」
ハスフェルの言葉に、ギイも頷いている。
「じゃあ、その予定で行くか。うう、例の地下洞窟って本当に危険は無いんだろうな?」
最後の皿をサクラに飲み込んでもらいながら俺がそう言うと、ハスフェルの奴、鼻で笑いやがった。
「未開の地下洞窟に、危険が無いわけがあるまい?」
ちょっと本気で行きたく無いけど、今更行かないとは言えない……。
「頼むから、安全に行こうぜ。俺は本当に危険なのは嫌だからな」
「まあ、この面子で早々危険なんて無いさ」
「でも、転移の術で逃げてきたじゃないか」
「あれは反則だ。あれと俺達が手加減無しの本気で戦えば、下手をしたらこの世界の枠組みが崩壊するぞ」
驚きに目を見開く俺に、ハスフェルは何故かドヤ顔になった。
「な、俺達が泡食って逃げてきた意味が分かっただろう? ちなみに、俺達が地下洞窟へ入っている間は、シュレムには転移の扉の前で待っていてもらうよ。あそこなら、万一の事があって戻っても、人に見られる心配は無いからな」
「おいおい、神様でさえも保険をかけていくような所に俺も行くのかよ……」
そう呟いてちょっと気が遠くなった俺は……間違ってないよな。
「それじゃあ今夜も、よろしくお願いします!」
ようやく解散になり、綺麗に全部片付いたので、防具を外して身軽になってそう言った俺は、いつものように大きなベッドを占領していたニニの腹毛に潜り込んだ。
反対側にマックスが寝そべり、背中側には巨大化したウサギコンビ、胸元にはタロンが頭から滑り込んできた。
「じゃあおやすみ。また明日な……」
軽い酔いもあって、そりゃあもう気持ち良く眠りの国へ墜落するみたいに旅立っていったよ。