宴会の後
大満足のバーベキューパーティーが終わり、俺達は後片付けを手伝ってから、宿泊所へ戻る為にマックス達が待っている厩舎へ向かった。
「本当に美味しかったです。ご馳走様でした」
一緒について来てくれたクーヘンに笑顔でそう言われて、俺も笑って頷いた。
「俺も楽しかったよ。ああそうそう。今日食べた色んな野生肉は、ネルケさんに塊りで渡してあるからさ。よかったら皆で食べてくれよな」
驚くクーヘンに、俺は笑って肩を竦めた。
「言ったろう? 各一頭ずつ捌いてもらっただけなのにまだまだすごい量なんだよ、ちょっとは減らす手伝いをしてくれって」
軽く言ってやると、苦笑いしてもう一度お礼を言われた。
そう、ネルケさんは、台所に置くタイプの食材用の収納袋を持っていたのだ。
聞くと時間停止では無いが、冷やした物でも入れておける優れものらしく、特に肉類の備蓄に向いているらしい。
準備をしている時にその話を聞き、それならばとグラスランドブラウンボアとブラウンブルの各部位を、それぞれ塊で渡しておいたのだ。
それからエルさんにお願いして、グラスランドチキンを丸々一羽、ギルドで捌いてもらって肉をネルケさんに渡してもらうように頼んでおいた。
全部合わせるとかなりの量があるけど、お兄さん一家も皆よく食べていたから、余る事は無かろう。
それに、彼女は料理上手との事だから、まあ、何とかしてくれるだろう。
「ああ、それからこれ、渡しておくから良かったら使ってくれよな」
出来るだけさり気なく、取り出した包みをクーヘンに手渡す。
「今度は何ですか?」
「たいしたもんじゃ無いよ。後で確認しておいてくれ」
不思議そうなクーヘンに、これまたさり気なく誤魔化しておく。
包みの中には、早駆け祭りの副賞でもらった、大量の各種チケットが入っている。あの司会者が教えてくれた内容って、チーム戦は一人にあれだけくれるって意味だったんだよな。
「俺が持ってても、絶対使いきれないし、そんなに使うあても無いからさ。じゃあよろしくな」
気付かれて返されたら大変なので、もう行こうと手を振ると、慌てたように呼び止められた。
「ああ、待ってください。明日の出発は何時の船なんですか?」
「ええと、確かちょっとゆっくりだった筈。なあハスフェル、明日の船って何時だっけ?」
「言っただろうが。忘れるなよ。朝の十点鐘だ」
「おう、そうだったな。ありがとう。って事だから朝の十点鐘だってさ」
この世界では、教会が時間の管理をしていて、どういう仕掛けかは分からないけど、時計みたいなものがあるらしい。で、毎正時にその数だけ鐘が鳴るのだ。この場合、だいたい午前10時くらいだ。
「分かりました。せっかくですから見送りに行かせてもらいます」
目を細めたクーヘンは、小さく溜息を吐いた。
「本当に、行ってしまわれるんですね。寂しくなります」
「俺も寂しいよ。でも、また来るからさ。クーヘンはしっかり頑張って店を発展させてくれよな。今度来る時、どれ位店が大きくなってるか、楽しみにしてるよ」
「ご期待に添えるように頑張ります」
顔を上げたクーヘンは、自信ありげにしっかりと頷いた。
笑って拳を付き合わせた。
「絆の共にあらん事を」
クーヘンの顔を見て、例の台詞を言ってみる。
「絆の共にあらん事を」
目を輝かせたクーヘンが、満面の笑みで応えてくれた。
お兄さん一家とマーサさんにも見送られて、エルさんとアルバンさんと一緒に店を出て宿泊所へ向かった。
「やあ、本当に美味かったよ。それで、明日は何時の船で出発なんだ?」
別れ際に、真顔のアルバンさんにそう聞かれた。
「ええと、朝10時……十点鐘の船です。アポンまでなんで、直ぐみたいですね」
前回と違い、今回は川の流れに沿って進むので、かなり早いらしい。来た時は船内で一泊したけど、今回は夕方には東アポンに着くんだってさ。
「そうか、残念だが冒険者をひと所に留めるのは、翼を持つ鳥に、空を飛ぶなと言うようなものだからな。また気が向いたら早駆け祭りに参加してくれ。もちろんそれ以外の時期でも、来てくれるならいつでも大歓迎だからな」
アルバンさんも名残惜しそうにそう言ってくれたので、俺は思わず右手を差し出した。笑顔でしっかりと握り返してくれる。
「絆の共にあらん事を」
例の台詞を言ったら、一瞬目を瞬いたアルバンさんは、破顔して俺の言葉を繰り返した。
「絆の共にあらん事を」
何となく、そのままエルさんも一緒に俺の部屋に集まる。
ハスフェルが机の上に酒の瓶を取り出したのを見て、俺は酒用の透明な氷を取り出して大きめに砕いた。
「君達には、本当に感謝しか無いよ。お陰で祭りは大成功だったし、ジェムだって安定供給が出来るようになった。王都の商人達も、皆喜んでいたよ」
グラスをゆっくりと回しながら、エルさんがしみじみとそんな事を言う。
「今生の別れって訳でなし、そんな顔するなよ」
からかうようなハスフェルの声に、エルさんは照れたように笑った。
「ああ、すまない。ちょっと感傷的になったみたいだよ」
誤魔化すようにそう言って、グラスを傾ける。
俺も自分の持つグラスを覗き込む。
最近の俺が飲んでいるのは、米の酒だ。透明で香りもとても良い、大吟醸の一級品だよ。
ゆっくりと口に含んで、果物みたいな香りを楽しんだ。
「あ、エルさん。まだ飲めますか?」
ふと思いついて、ハスフェルと話をするエルさんを見た。
「もちろん。こんなの飲んだうちに入らないよ」
振り返ったエルさんは、確かに言葉通りに顔色一つ変わっていない。
おお……ここにもいたよ、底無し。
にんまり笑った俺は、サクラが入った鞄から、大きな瓶を取り出して机に置いた。
以前、樹海の村でリューティスさんから貰った、例の樹海産の超強い火酒だ。
「そ、それはもしかして……?」
「はっきり言って、絶対にそのまま飲めない樹海産の火酒です。とんでも無く強いので、俺は水で死ぬほど割ってから飲んでますよ」
もう一つ、あの水で割ったのが入ったピッチャーも取り出して並べた。
「ぜひ飲ませてくれたまえ!」
目を輝かせて身を乗り出されて、俺は思わず仰け反った。
そこまで食いつく程の品か?
「ああ良いな、久し振りに俺も飲みたいから、少し入れてくれるか」
ハスフェルが、笑顔で空になったグラスを差し出す。
その隣ではギイを先頭に、大人しく座って飲んでいた神様軍団までが全員揃って満面の笑みで空のグラスを差し出している。
「言っておくけど、とんでも無く強いからな。飲み過ぎるなよ」
瓶をハスフェルに渡すと苦笑いしながらゆっくりとコルクの蓋を開けた。
「じゃあ少し頂くよ」
酒瓶を軽く上げて、自分のグラスに大きな氷の塊を落としてからそこに火酒を注いだ。エルさんにも同じようにオンザロックにする。瓶はギイに渡され、順番に全員がオンザロックを作る。戻ってきた瓶に無言でコルクの栓をした俺は、自分のグラスに氷を入れてから少しだけピッチャーに入れていた水で割ったあの酒を注いだ。
「この出会いと別れに」
厳かなエルさんの言葉に、俺達も唱和する。
「この出会いと別れに」
差し出したグラスに、ランプの光が反射してとても綺麗だった。
こっそり水筒から水を追加して薄めたけど、やっぱりきつい酒だよ。
美味しいと言って平然と飲むエルさんを始め、こちらも底無しな神様達がちょっと羨ましかったのは、内緒な。