ハイランドチキンは貴重品らしい
かなりのスピードで走り続け、俺達はようやく街道に突き当たった。
通行人を驚かさないように少し離れた場所を街道沿いに並走して、街の近くまで行ってから街道に入った。
だけど相変わらず俺達を見て、呆然と立ち竦む人、悲鳴を上げて走って逃げる人、武器を構える人など反応は様々だ。しかも、ほぼ好意的な反応が無いのにはちょっと凹む。
まあ、この大きさだから仕方ないんだけどね。
諦め気分で、街道の端をニニを先頭に一列になってゆっくり歩いていると、突然子供が駆け寄って来た。かなり小さいから、多分小学一年か二年ぐらいの歳だろう。
「すごい!大きいにゃんこだ!」
その男の子は、ニニのすぐ前まで走って来て、いきなり立ち止まったのだ。
咄嗟に、ニニとマックスがその場で立ち止まる。危ない危ない、もうちょっとでぶつかってはね飛ばすところだったよ。
血相を変えた母親が、慌てたように子供に駆け寄ろうとするが、近くで見たニニのデカさに、恐怖のあまり硬直してしまった。
「た、食べるなら私の方が大きいです。あの……お願いですから、どうかこの子はお助けください」
背後から子供に抱きつき、覆いかぶさるようにして庇いながら必死でそう呟いてる。
「あの、こいつら俺の従魔ですから人は襲いませんよ。大丈夫ですからそんなに怖がらないでやってください」
驚かさないように、マックスの背中から呼びかける。
「え? 今の声……何処から?」
母親が顔を上げたので、俺は手を振ってマックスの背からゆっくりと降りる。母親は呆然と俺を見たまま、また固まったよ。
「ニニ、この子にお前を触らせても良いよな?」
小さく話しかけると、嬉しそうに喉を鳴らして目を細める。
「ほら、良いってさ。大丈夫だから触ってごらん」
ニニの首を叩いてやり、目を輝かせて見ている子供に話しかける。
「良いの?」
今にも飛びつきそうなその子に頷きニニを見たら、少しでも小さく見えるように大人しく座っていた。優しいな、お前。
「大きいにゃんこ!」
すると、いきなりそう叫んでその子はニニの首に抱きついたのだ。
おお、やるなあ。さすがは好奇心旺盛な子供だよ。
「うわーい! すっごいふわふわ!」
ニニの胸元に顔を埋めて、大喜びだ。うんその気持ちはものすごく分かるよ。
飛びつかれて、満更でもなさそうなニニを見て笑っていると、まだ呆然としていた母親が凄い勢いで俺を見た。
「あの! 私も触らせてもらってもよろしいでしょうか!」
あれだけ怖がってたのに、気が変わるの早過ぎだろ。
思わず吹き出して頷いた。
「ええ、大丈夫ですよ。目や耳の辺りは、嫌がりますから触らないでくださいね」
そう言ってやると、彼女も手を伸ばしてニニの首元をそっと撫でた。
「うわあ、何てふわふわなの……」
親子揃って満面の笑みになった。
「またねー!」
大声で叫んで街道を行く子供に笑って手を振った。
あの親子は、街へ行商に来ているらしく、家は郊外の小さな村にあるそうだ。あんな子供でもお母さんを助けて働いてるんだ。偉いなあ。感心して小さくなる後ろ姿を見送った。
それから俺達は急いで街へ向かった。日が暮れると城門は閉められてしまうらしいからね。せっかくここまで帰って来たのに、目の前で城門を閉められたら、俺は泣くよ。
しかし、さっきの子供の一件で、周りの反応が微妙に変わった。皆、こっちをチラチラ見てはいるが、最初の時ほど怖がらなくなってるのだ。
ありがたい事なので、気にせず早足で街へ向かい。何とか城門の閉まる前に街へ入る事が出来た。
「おかえり。どうした? 昨日は戻らなかったんだな」
城門の兵士にそんなことを言われてしまい、思わず笑った。俺達有名人だね。
「うん。ちょっと遠出したら帰れなくてね。昨日は野宿したよ」
「そりゃあお疲れさん」
笑ってギルドカードを返してもらい、手を振って街へ入った。
夕焼けに染まる街並みは、とても綺麗だ。景色を見ながらゆっくりと歩き、まずは宿泊所に戻った。
「なあ。あの鶏、もう一度見せてくれるか?」
アクアに頼むと、突然鶏を吐き出し始めた。
「ええ? ちょっと待てって! 捕まえたのって一匹じゃ無かったのかよ!」
思わず叫んだ俺は、間違ってないよな?
何と数えてみたら、全部で十六匹も入ってました。うちの子達って実は狩りの名手だったりする?
不思議な事に大きさが違っていて、最初に見たのがどうやら一番大きかったらしく、シャムエル様によると、こいつは亜種らしい。それ以外は、普通の鶏の三倍ぐらいだった。
最初にあの大きいのを見ると、こっちが普通に小さく見えるけど、それって、判断基準が変になってるだけだからな!
「こんなにいっぱい、どうするんだよ?」
ドン引きする俺に、二匹は急にしょんぼりしてしまった。どうやら、褒めてもらえると思っていたらしい。
「ああ、違うって。別に嫌がってるんじゃないぞ。珍しいものらしいから、あんまり沢山出すと、変に思われるだろう?」
笑って二匹を順に抱きしめてやる。
「ありがとうな、捌いてもらったら早速食べてみるよ。美味いって聞いたから楽しみだ」
これは、気を使って言ったんじゃなくて本心だからな。
一旦、アクアに全部に飲み込んでもらい、念の為部屋も綺麗にしてもらう。野生動物だもんな、変な病気とかあったら怖いし。
片付けてギルドに行こうとして思わず立ち止まる。
「どうしたの?」
肩に乗ったシャムエル様が覗き込むので、俺は振り返ってシャムエル様を見た。
「そう言えば、収納の能力って見せない方が良いんだよな?」
「まあそうだね。以前も言ったけどレアな能力だからね。見せびらかすようなものじゃないよ」
「だったら、買い取りってどうやって持って行くべきだ? このデカいのを抱えて歩くのは不審者すぎじゃないか?」
「ええと、説明不足だったね。スライムが収納の能力を持ってるのは有り得ないんだ。でも、たまに人では収納の能力者がいるから、スライムを鞄に隠して君が荷物を出して見せれば、ギルドの人は君が収納の能力者だと思ってくれるよ。まあ、それが一番安全な方法かな?」
「成る程。じゃあ、また四次元鞄復活だな」
アクアに鞄の中に入ってもらい、その鞄を持って隣のギルドの建物へ向かう。今回も何故だか全員ついてきた。
俺達が建物に入ると、またざわめきが起こる。気にしない気にしない。
ええと、これも買取窓口でいいのかな?
並んでいたのは一人だけだったので、大人しく後ろに並んで待つ。
見ていると、前の二人組が売っていたのは極小さなジェムが数個で、前回会ったあの爺さんが出て来て鑑定していた。
精算を済ませて二人組が出て行ったので俺が窓口に行くと、あの爺さんが、俺の顔を見てすっ飛んで来た。
「今日は何を持って来てくれた? 見せてくれ。高く買うぞ」
分かったから机を叩くな。
「悪いけど、今日はジェムじゃ無くてデカい獲物なんだよ。ここで出すのはちょっと……」
「おお、そうか。ならこっちへどうぞ」
出すのをためらってると、爺さんは立ち上がって別の部屋へ案内してくれた。以前ジェムの鑑定をした部屋だ。
「ほれ、出してみなさい」
寄って来る爺さん達を見て、俺は苦笑いしながら鞄を下ろした。
「ええと、とりあえずこいつを見てください。肉は欲しいんですが、他は売れるなら売ります」
そう言って、ハイランドチキンの亜種と普通のを二匹、順番に鞄から引っ張り出した。
爺さん達の目が、揃って見開かれたまま固まった。
「お、お前さん、もしかして収納の能力者か?」
「まあそうです。ええと、出来ればその……内密にお願いします」
誤魔化すようにそう言うと、爺さん達は勝手に納得してくれた。
「当然だ。さすがは樹海出身者だな」
真顔になった爺さん達が、机の上に取り出したハイランドチキンに集まり大騒ぎしだした。
時々、妙な奇声が聞こえるのは、聞こえない振りをしておく。
「なあ、肉は譲ってくれんか?」
振り返って物凄く残念そうな顔でそんな事を言う爺さん達を見て、ちょっと笑っちまった。まあまだいっぱいあるし、じゃあ買い取りに出すか。
「そのデカい方は各部位を半分ずつ返してもらえば充分ですね。小さい方は一羽分ください。あとは買取に出します」
うん、大きい方は半分でもかなりの量になるだろうから、俺が食べるだけなら、それだけあれば充分だって。
「お売りいただけるんですか! ありがとうございます!」
目を輝かせた爺さんが迫って来て、思わず後ろに仰け反る。爺さん、近い近い!
しかし残念ながら、今から捌いてもらっても、食べられるのは明日以降らしい。
明日、肉を引き取る事を頼み、預かり票をもらって俺はギルドを出た。あ、そう言えば俺の手を血まみれにしたブラウンハードロックのジェムの整理をしてなかったな。戻ったら忘れずにやっておこう。
宿泊所に戻った俺は、部屋に元々置いてあるランタンに火を入れて明かりを確保してから、サクラに頼んで食材を色々と出してもらった。
アクアは鞄から出てもらう。収納の能力については、うまくいったようで何よりだ。
なんだかすごく疲れた一日だったから、今日もガッツリ肉を焼くぞ。
野菜もいくつか取り出し、適当に洗って千切りサラダを作る。ドレッシングが無いので、チーズを細かくちぎって適当に散らしておいた。まあ、これでなんとかなるだろう。
大きな皿に、サラダを適当に盛り合わせておき、フライパンでしっかり塩味を付けた肉を焼く。
肉が焼ければ、豪華な夕食の完成だ。
これはビールが欲しい、なんて事を考えながら分厚い肉を味わって食べた。うん、普段の生活の食べ物が美味いって、重要だよね。
食後には、いつものコーヒーを淹れてゆっくりと味わって飲んだ。ログインボーナスのチョコも、一つだけ取り出して食べる。
残りのコーヒーを飲みながらぼんやりと部屋を見渡した。うん、屋根のある場所ってやっぱり良いなあ。
「夜は、やっぱり屋根のある場所で寝たいね」
天井を見上げながら、思わずそんな事を呟いた。
寝る前に思い出して、アクアにブラウンハードロックのジェムを取り出してもらった。
ジェムってどうやら基本的にはどれも水晶みたいな六角柱で、良いもの程全体に大きくなるみたいだ。
ブラウンハードロックのジェムは、今まで見た中で一番大きなジェムで、長さは10センチを少し超えるぐらいってところだが、厚みが他とは全然違った。5センチ以上はあるな。
しかも数えてみたら、何と140個も有りました。それだけの数をハンマーでぶっ叩いたら、そりゃあ掌のマメも潰れるな。どんだけ働いたんだよ俺。
呆れて思わず机に突っ伏して笑ってしまった。腕が痛いのも当たり前だって。
「そう言えば、コンロのジェムはスライムのを一つ入れたきりだったな」
思い出して持っていたコンロを取り出して、中を覗くとほぼ空になっていた。あぶないあぶない。
出ているブラウンハードロックのジェムを入れたら、一個だけでいっぱいになったよ。
「これは、とりあえず50個売りに出してみるか」
今のところ資金は潤沢にあるので、慌てて全部売る必要もなかろう。
50個を取り出して布に包んで鞄に入れ、もう今日は寝ることにした。
「ニニ、マックス。今夜もよろしくな」
サクラに頼んで綺麗にしてもらってから、防具も靴も全部脱ぎ。ベッドで丸くなるニニの腹に飛び込んだ。そのすぐ隣にマックスがくっついて来て、またしても幸せパラダイス空間に閉じ込められる。
「ああそうだよ。このもふもふ、これが幸せの源なんだって……」
疲れていた俺は、あっという間に幸せパラダイス空間から夢の国へ旅立って行った。
明日も頑張ろうっと。