最後の手伝いと大宴会
その日は、俺達は倉庫にこもって延々と頼まれたジェムを割り続けた。
追加で持ってきたジェムも、ガンガン割っていく。
割ったジェムは、それぞれ決められた数通りに販売用の袋に入れていく。表面にクーヘンの紋章のスタンプが押されたこの袋も、女性達や子供達の間で、密かな人気になっているらしい。
何となく、分かる気がする。葉っぱに肉球模様って、何だか妙に可愛いんだよ。
この袋も、街の雑貨屋さんで作ってもらってるんだそうで、無くなってしまい、急遽追加で作ってもらったんだって。
この袋のように、どうやらクーヘンの店が繁盛する事により、それに付随して他の店にも様々な波及効果が現れているらしい。
例えば人通りが絶えないクーヘンの店の前の通りの先にある円形広場では、今までは椅子が置いてあるだけの寂しい広場だったのだが、人出が絶えないのを見て屋台が何軒か出始め、そうなると今度はそれを目当てにまた人が来る、と言った感じで新たな好循環が生まれているらしい。
それに、屋台のおかげで、俺がいなくなった後も昼食の心配はいらなくなったみたいだよ。
また、祭りが終わったにも関わらず、街や港は王都から来る人であふれているらしい。
普段なら祭りが終わった後は、一気に人がいなくなり、祭りの期間中との落差がいつも悩みのタネだったらしい。
しかし、今回はその落ち込みがあまり無いらしく、商人ギルドのアルバンさんは良い店が出来たと喜んでいるみたいだ。
昼食は、その円形広場へ交代で見に行き、好きな物を買い込んで休憩室で食べたよ。
パン屋が出ていたんだが、買って食べてみたところシャムエル様が美味しいと喜んだので、厚焼き卵を挟んだサンドイッチをがっつり買い込ませてもらった。
今まで、タマゴサンドってゆで卵を潰してマヨネーズで作っていたんだけど、ようは分厚いオムレツをそのまま挟んでも良いってことだよな。よし、今度作ってみよう。
昼休憩の後は、クーヘンと一緒に在庫の整理を手伝った。
マーサさんも来てくれて、冒険者時代の話なんかを聞きながらのんびり作業をしたよ。
オンハルトの爺さんは、新しく届いた追加の細工物の値段を見て嬉しそうに笑っていた。どうやら追加で持って来た品々の値段は、クーヘンとルーカスさんが相談して二人で付けたんだが、上手く付けられていたみたいだ。来週には、また王都から商人が来るそうだから、品物の準備は万全にしておかないとな。
夕方、サクラに鞄に入ってもらった俺は、レオと一緒に冒険者ギルドへ行き、ようやく超楽しみにしていた熟成肉を全部引き取って来た。
そのままクーヘンの店に戻って、ネルケさんと一緒に台所で夕食の仕込みを行った。
そして、店が閉店した後、いよいよお楽しみの夕食の時間になった。
最初はステーキを焼く予定だったのだが、せっかくだからとリード兄弟や冒険者ギルドと商業ギルドのギルドマスター達にも声掛けをして、皆で裏庭で盛大にバーベキューパーティーをする事にしたのだ。
裏庭には、早めに来てくれたリード兄弟特製の即席の巨大な肉焼き台が作られ、中に置かれた初めて見る巨大なコンロには、ブラウングラスホッパーのジェムが入れられた。
聞いてみると、業務用の大きな移動式のコンロらしく、こんな風な野外でのパーティの際や、お祭りの時の大人数の料理を作ったりするのに使うものらしい。これは何と、アルバンさんの個人の持ち物なんだって。おお、すげえ火力だな。おい。
「これで、好きに焼いてもらえますね。それにしても本当によろしいんですか? グラスランドブラウンボアやグラスランドブラウンブルなんて、すごい高級品だし滅多に手に入らない野生肉ですよ?」
「大丈夫だって。物凄い量があるから、減らすのを手伝ってくれって」
笑う俺に、クーヘンも嬉しそうに笑う。
「じゃあ、お言葉に甘えて遠慮無く頂きます。あ、飲み物は用意しましたから、どうぞお好きに飲んでください」
焼き台の左右には、大きな机が並べられていて、丸椅子も人数分以上に並べられている。
その横の地面に直接置かれた大きな箱にはぎっしりと氷が敷き詰められていて、瓶に入った飲み物やワインが冷やされていた。
皆に手伝ってもらって、サクラとアクアに切ってもらった大量の肉を乗せたお皿を運んでくる。それ以外には、グラスランドチキンとハイランドチキンの胸肉も取り出して一緒に並べておいた。
肉を焼くのは、各自好きにやるので、今回は俺も一緒に食べられる。
白ビールで乾杯した後は、とにかく皆して肉を焼きまくった。
レオとオンハルトの爺さんが肉焼きの番をしてくれたおかげで、俺は手伝う事が無くなり、今回は始めから終わりまで思いっきり好きなだけ食べられたよ。……とは言え、食べた量は、他の奴らの半分ほどだったと思うけどね。あはは。
初めて食べたけど、熟成肉ってめっちゃ美味かった。本当に笑いが出るくらいに美味かったよ。
それに、特製の生姜風味の玉ねぎソースに絡ませたグラスランドブラウンボアの味付き肉が大好評で、あっと言う間に無くなり急遽追加を作ったりもした。
シャムエル様もご機嫌で、焼けたお肉をパンに挟んで幾つも食べていたよ。
話題は尽きず、皆笑顔で豪華な夕食を楽しんだ。
「ほう、工房都市を目指しておられるのか」
アルバンさんに、ここを出た後何処へ行く予定なのかと聞かれた俺は、アポンとターポート辺りにちょっと寄り道してから、最終的には工房都市バイゼンを目指しているのだと話した。
「ヘラクレスオオカブトの角をお持ちとは、さすがですね。それで剣を作るのならば、確かに工房都市で依頼するのが一番でしょう。作ってくれる武器職人に、当てはあるのですか?」
「ええ、以前知り合ったドワーフの革職人から紹介してもらいました。なので、バイゼンに着いたら訪ねてみるつもりです」
「ならば大丈夫ですね。もしも必要なら商業ギルドを紹介しますので、そこから職人ギルドと繋ぎを取って職人を紹介してくれますよ。一応、念の為ギルドへの紹介状を書いておきましょう。後ほど宿泊所へ届けて差し上げます」
おお、こんな所にまた別の繋ぎを取ってくれる人がいたよ。
「そうですね。折角ですからお願いします。紹介していただいた革職人の方は、もう工房都市を出てかなり経っていると言っていましたからね、もしかしたらその武器職人の方も、今はもう工房都市にはおられない可能性もありますからね」
「まあ、必要ならお使い下さい。使わなくても、別に気になさる必要は有りませんからね」
笑ってアルバンさんはそう言うと、手にしていた残りの黒ビールを一気に飲み干した。
おお、あれだけ飲んでまだ飲めるんだ、アルバンさんも底無し決定だな。
もう満腹になっている俺は、さっきから、こっそりサクラに出してもらった万能薬入りのお茶を飲んでるよ。
この大食漢アーンド底無し連中と同じペースで食べたり飲んだりしたら、明日寝込む事は確実だからね。
そんな事になったら、せっかく出発するつもりなのに行けなくなるじゃないか。
大丈夫、肉は逃げない。今日、相当食べたとは言え、捌いてもらった野生肉の総重量の一割も減っていないんだもんな。
「あ、アポンに行くのならマギラスさんの店に寄ってもらって、野生肉の料理法とか聞いてみよう。なんなら教えてもらうのと交換に、野生肉をまとめて進呈してこよう」
ふと思い付いたそれは、かなり良い考えだと思う。マギラスさんなら、もっと色々な調理方法を知っているだろうからな。
「よしよし、これは後でハスフェルに相談だな」
呟いた俺は、机に座ってまだビールを飲んでいるシャムエル様のもふもふな尻尾を突っついてやった。