クーヘンからの贈り物
それからしばらく、午前中は朝市に行ったり料理の仕込みをしたりして、クーヘンの店に昼を差し入れてそのまま狩りに出る、と言う日が続いた。
まあ、体がなまってる自覚があったので、俺も諦めてジェム集めに参加しました。
一応、神様達も俺のレベルに合わせてくれたみたいで、どれも今まで戦った事のあるジェムモンスターばかりで、レッドハードロックとか、ピルバグとか、レッドクロコダイルとか、色は違うけど最初の頃に戦った覚えのあるジェムモンスターだったよ。
あ、巨大ダンゴムシのピルバグは、スライムや鳥と同じで世界中にいるので、地域別の色の名前が付いていないらしい。
ピルバグ狩りには、俺よりもマックスとニニが大喜びで暴れまくってたよ。そうそう……お前ら、ボール遊びが大好きだったもんな。
そんな感じで、料理の作り置きも、もう当分の間大丈夫だろうと思える量が確保され、果物の在庫も相当量が確保された。
それから、ホテルハンプールのデリバリーもまとめて再注文して、ホテル自慢の絶品料理も大量に確保された。
無事にオープンしたクーヘンの店は、開店前の長蛇の列こそ無くなったが、毎日大勢の人であふれている。どうやらすっかりこの街に定着したみたいで、クライン族の作るちょっとした細工物は、街の女性達の憧れの品になっているらしい。
特に、シンプルな模様の細工だけの石の付いていない指輪と、革紐を使った大振りなペンダントが人気らしく、これは毎回、品物を追加する端から売れているんだそうだ。
ここで売っている指輪を嵌めるのが、街の女性のステータスになっているって言うんだから、ブームって凄えな。
そして、王都の商人達に主に販売している単価の高い見事な細工品。
クーヘンは強気の値段設定を最後まで心配していたらしいのだが、結果として大成功だった。
王都へ納品したそれらの細工物は、予定していた数があっという間にはけてしまい、大量の追加注文が来て、慌てて郷から追加の品物を持って来てもらった程なんだって。
それから、ジェムの売れ行きは俺達の予想以上だった。
特に人気だったのが、予め割って袋に詰めた日常使いのジェムの数々で、もう、閉店後の追加のジェム割り作業は、日々の日課になっているらしい。ご苦労様だね。
これらのジェムが大人気になったのは、ハンプールの街の住民達だけで無く、噂を聞きつけた冒険者達や、王都から船に乗って大量のジェムを買い付けに来る人が大勢いたお陰らしい。
これらの日常使いの安価なジェムはもちろん、恐竜のジェムや樹海産のジェムも飛ぶように売れているんだそうだ。まあ、あの金庫が空っぽになる事は無いだろうけど、最後に追加のジェムを大量にまた預けさせて貰ったよ。
今のところ、売り上げと在庫に大きな誤差は生じていないらしく、それを聞いて、ちょっと安心したのは内緒な。
そうこうしているうちに、明日はお待ちかねの熟成肉の引き取りの日になった。
で、相談の結果、もうそろそろ出発しても良かろうって話になり、肉を引き取った日の夜は、クーヘンの家のすっかり綺麗になった台所を借りて、野生肉のステーキを味わい尽くす事にした。
それでその翌日、まずはスライム集めの為に船で東アポンへ出発する事にした。
ううん……当初の目的地だった筈の工房都市バイゼンが、どんどん遠ざかってる気がするのは、俺の気のせいじゃないよな?
「じゃあこれは、出発する時に全部まとめてクーヘンに進呈しようと思うんだけど、構わないよな?」
その日の夕食の後俺が取り出したのは、早駆け祭りで貰った副賞のホテルハンプールのレストランチケットの残りだ。何枚かは一緒に食事に行って使ったが、貰った分全部は到底使い切れていない。
それから、豪華客船エスメラルダの乗船券とお食事券もだ。
一応確認したが、俺達が持っているあの乗船券で当然ながらこの船も乗れるので、チケットは、俺とハスフェルは貰った意味無しなんだよな。
「ホテルハンプールの宿泊券は置いておけば良い。使用期限は無いらしいから、またここへ来た時にでも泊まってみればいいんじゃないか? それ以外は、まあ進呈しても構わないだろうな。それなら俺のレストランチケットを置いておくから、行く事があれば俺のを使おう」
って事でこれも相談の結果、俺のレストランチケットの残りとギイの持っているレストランチケット、それから俺とハスフェルのエスメラルダの乗船券とレストランチケットをまとめて全部、クーヘンに進呈する事にした。
まあ、王都への商談で行く事だってこれから先あるだろうから、乗船券は喜んでもらえるだろう。レストランチケットだって、接待とかで使えるかもしれないもんな。
翌日、いつもの時間にモーニングコールチーム総出で起こされた俺は、大きく伸びをして思いの外長居した部屋を見渡した。
高い天井と大きなベッド。案外広い庭は、俺が出かけない日は、ベリーとフランマ、それから従魔達の憩いの場になっていた。
「安くて良い宿だったよな」
小さく呟いて立ち上がった俺は、水場で顔を洗って、いつものようにスライム達を水槽に放り込んでやった。嬉しそうに水浴びしている従魔達を見ながら、昨夜、サクラが綺麗にしてくれた防具を手に取り、手早く身支度を整える。
『おはよう、もう起きてるか?』
丁度終わったタイミングで、ハスフェルからの念話の声が届く。
『ああ、おはよう。もう用意は終わってるよ』
『じゃあ先ずは屋台で朝食にしよう』
『おう、了解』
庭に出ていたベリー達にも声を掛けて、従魔達も全員揃って部屋を後にした。
「おはよう。じゃあ行くか」
ハスフェルの声に、俺も並んで広場へ向かった。
各自好きに買い込んで、広場の端で食べるのも、いつもの光景になった。街の人達もすっかり慣れてくれて、もう声を上げて逃げられる事もない。
「良い街だったよな」
小さく欠伸をして、半分に切ったタマゴサンドをシャムエル様に差し出して齧らせてやる。
外では立ったままなので、小さなお皿を出す場所が無い。なので、毎回こんな感じで横から齧ってもらっているのだ。
「ここのタマゴサンド、相変わらず美味しいね。在庫は大丈夫?」
「任せろ、毎日買い込みましたからね」
胸を張ってそう言ってやると、シャムエル様は大喜びしていた。
シャムエル様は、基本何でも食べるけど、サンドイッチではタマゴサンドが一番のお気に入りみたいだ。
って事で、タマゴサンドは絶対に品切れしないように、在庫数には気をつけてるんだからな。
各自好きに食べ終えると、そのままクーヘンの店へ向かう。
明日出発する事はもう知らせてある。それで今日は最後のご奉公? で、在庫用のジェムを割る作業を手伝う予定なのだ。
いつものように従魔達と馬達を厩舎で待たせておき、俺達は揃って裏口から店に入った。
「ああ、おはようございます。如何ですか? 昨夜沢山届きましたよ」
笑顔で振り返ったクーヘンの前には、細やかな木彫り細工や銀細工のペンダントがいくつも並んでいた。
歓声を上げて駆け寄るグレイとシルヴァを見て、男性陣は皆苦笑いしている。
彼女達の右中指には、綺麗な金細工の指輪が嵌ってる。もちろん、ここで買ったものだ。
お気に入りらしいので、贈った身としては嬉しいよな。
「へえ、格好良いのがあるじゃん」
俺が手に取ったのは、革ひもの付いたペンダントトップで、ドラゴンの頭部が、正面から見た形で立体的に作られている品だった。瞳には真っ赤なごく小さな石が嵌め込まれている。値段が付いていないから分からないけど、色も銀色一色だし、ドラゴンだし、何となく、これなら俺でも身に付けられそうな気がした。
「あ、それは……」
俺が手にしたそれを見たクーヘンが、慌てたように口を開き掛けて黙った。
「あ、ごめん、注文品とかだった?」
それなら無理だ。慌てて持っていたペンダントをトレーに戻す。
しかし、クーヘンは笑って首を振り、そのペンダントを手にした。
「良かったら、これを貰ってやって頂けませんか。こんな物ではお礼にもなりませんが、これは私が作った品なんです」
ドラゴンのペンダントを渡されて、思わずマジマジと見詰める。
「すっげえな。クーヘン、これを作っちゃうんだ」
そもそも、銀細工の竜をどうやればこんな見事に作れるのか、俺にはさっぱり分からない。
「良いのか? 売り物なんだろう?」
「いえ、これは元々貴方に貰ってもらおうと思って出して来た物なんです。それからこれもどうぞ。これは数がありますので、皆様もお取りください」
そう言って取り出したのは二つ折りになった携帯用のナイフだ。柄の部分は何かの角っぽい。どれも綺麗に作られていて、使いやすそうだ。
それから、クーヘンは、ハスフェルとギイの二人にもペンダントを贈っていた。
複雑に絡み合った縄の模様が銀細工で作られている一品だ。
「ほうこれは見事だ。良いのか?」
笑顔で頷くクーヘンにお礼を言って、ナイフはベルトの小物入れに入れておき、ペンダントはその場で身につけた。
革紐は長さが後ろで調節出来るようになっていた。少し短めにして、胸当ての中に入れておく。
「あ、良いのを貰ったんだね。綺麗な想いが詰まってるよ」
目を細めて嬉しそうに笑うシャムエル様にそう言われて、俺は改めてそのペンダントを見た。
「綺麗な想い?」
「そう。作り手の想いだよ。良いんじゃない?とっても綺麗な良い品だよ」
何となく気になっただけだったんだけど、改めて見てすっかり気に入ったね。
「ありがとうな。大事にするよ」
「万一無くしても、気にしないでください。我々の間では、贈られた装飾品が無くなる時は、厄災を持って行ってくれた時だと言われているんです。もしも無くしたら、いつでも言ってください。すぐに新しいのを贈って差し上げますからね」
笑顔でそう言われて、目を瞬いた。
「成る程ね。身を守るお守りな訳か」
シャムエル様が嬉しそうにドラゴンのペンダントを叩くのを、俺は笑って眺めていたのだった。