久々のジェムモンスター狩り
到着したクーヘンの店は、昨日ほどでは無いがやっぱり行列が出来ていた。
しかし、何と表には移動式のポールが用意されていて、そのポール同士はロープで繋がれている。店の前から奥の円形広場へ誘導する様に並べられている。
お客様が並んで貰う際の目印になっているのだ。皆、それを見て素直に列に並んでいる。おお、見事だよ。
ってか、あんな便利なものがあるのなら、昨日出して欲しかったよ。
そして横の通路では、今日もチョコが出てきてパフォーマンスをしていた。
しかもチョコの足元と背中には、レッドクロージャガーのシュタルクと、レッドグラスサーバルキャットのグランツが小さな姿になって、昨日のタロンの様に、足元に擦り寄ったりや背中に飛び乗ったりして三匹仲良く遊んでいるのだ。
行列に並んでいる人達は、皆笑顔でそんな従魔達を楽しそうに眺めていた。
「あはは。昨日は何となく思い付きで出てもらったけど、もしかしてあいつらも楽しんでる?」
「そうみたいだね。クーヘンの役に立てるって言って皆喜んでいたよ」
肩に座ったシャムエル様に言われて、チョコ達に笑って手を振ってから横を通って裏から店の中に入った。
どうやら、昨日来てくれた人達に加えて、まだ後数名応援に来てくれているみたいで、店の中も、昨日程の切羽詰まった感じは無かったよ。
「お疲れさん。昼飯の差し入れに来たよ」
声を掛けてやると、会計をしてるクーヘンが嬉しそうに振り返った。
「ありがとうございます。休憩室に置いておいて頂けますか」
それだけ言って、もう次の人の籠を受け取り計算を始めている。
「了解、頑張ってな」
昨日よりもマシだとは言え、店の中は大勢の人であふれている。入場制限はまだしている様だが、特に混乱も起きていないみたいでホッとしたよ。
裏庭で待ってくれている神様軍団に手を振って、休憩室の扉を開く。机の上には、今日もギルドマスターからの差し入れの、飲み物の瓶が入った箱が置かれていた。
その横に、差し入れのサンドイッチの入った箱を並べて置く。ちょっと考えて、山盛りのフライドポテトの皿をひと皿と、唐揚げの入った皿も並べておく事にした。
思ったよりもギルドの応援要員の人がいたので、万一足りなくなったら大変だからだ。
「まあ、これだけあれば、なんとか足りるだろう」
小さくそう呟いて、木箱にメモを挟んで残しておいた。
「お疲れ様です。しっかり食べてください。ケンより。っと。よし、これで良いな」
「あ、そうしておけば、誰からの差し入れか、ギルドの人にも分かるね」
肩の上で俺のする事を見ていたシャムエル様が、感心した様に笑っている。
「そうだな。まあ、早駆け祭りのお陰で、俺の名前はすっかり有名になっちゃったみたいだしな」
「人気者だね」
面白そうにそう言って笑うシャムエル様を突っついて、俺は肩を竦めた。
「ちょっと面白そうだったから、走ってみたかっただけなんだけどなあ」
「格好良かったよ」
シャムエル様にそう言われて、俺は小さく笑ってふかふかの尻尾を突っついた。
「お陰で、この触り心地抜群のふかふかの尻尾を堪能させてもらったからな」
「もう駄目。尻尾はお触り禁止です」
「ええ、良いじゃ無いかちょっとぐらい。減るもんで無し」
「当たり前だよ。大事な尻尾が減ったら、それこそ、どうしてくれるって話だよ」
何故かドヤ顔のシャムエル様に、俺はもう一度笑ってわざと尻尾を突っついてやった。
空気に殴られてひっくり返る俺を、ハスフェル達が気の毒な奴を見る様な目で眺めていた。
全員揃って街を出た俺達は、ハスフェルの案内で街道を離れて森の中へ入って行った。
「じゃあ、先に行って来るね」
ニニの声に、猫族軍団が一斉に巨大化して後を追って走って行った。最近では、街を出てすぐに猫族軍団の首輪を外す様にしている。毎回スライム達につけたり外したりしてもらうのも大変そうだからな。
「それで今日はどこへ行くんだ?」
隣を走るハスフェルに聞くと、彼は笑って少し先にある林を指差した。
「あの林の奥に、ゴールドバタフライの群生地があるんだよ。お前さん、蝶は大丈夫なんだろう? 工房都市へ行くのなら、喜ばれるから出来るだけ持って行ってやれ」
おお、ゴールドバタフライなら大丈夫だな。
牙のあるのとか、鉤爪のある奴なんかは絶対嫌だと思っていたから、知っているジェムモンスターだと言われて、俺は安心した。
馬の走る速さに合わせて林の中を駆け抜けると、その先に広がっていたのは、見覚えのある巨大なスミレみたいな花だったよ。
「ああ、こんなだったな。確か、あの花の蜜を吸いに出て来るんだよな」
「そうだ、ヒトヨスミレは真冬以外は定期的に咲く。ただし、不定期な上に咲くのはその名の通り一日だけだ。ゴールドバタフライは、どうやってかそのヒトヨスミレの咲く時が分かるらしくてな。ヒトヨスミレが咲くと、ゴールドバタフライが一斉に羽化するんだ」
「成る程ね。蛹の状態で待機して、ヒトヨスミレが咲く時期に合わせて一斉に羽化する訳か。じゃあ、頑張って集めさせてもらうよ」
すでにアクアの中に、とんでもない数があると思うんだが、まあせっかく来たんだからちょっとは働いておこう。
静かにマックスの背から降りて、ゆっくりと花に近づいて行った。
ハスフェル達も、それぞれの従魔達から降りて、レオ達は乗っていた馬を林の木々に繋いでいる。
「そっか、従魔達と違って、馬は繋いでおかないとな」
それを見て、何だか新鮮で笑っちゃったよ。
「まあ、慣れているから逃げる事は無いけど、逆に狩りをしている時に、乱入されると困るでしょう。せっかくの羽根を壊されたりしたら勿体ないからね」
レオの言葉に、納得した。確かにそれは駄目だな。
「お、そろそろ来るぞ」
のんびり話をしていると、オンハルトの爺さんが奥の林を見ながら大きな声でそう言った。
花畑に散った全員が身構える。マックス達従魔チームも、今回はやる気満々で展開している。
林の方から、バサバサと音を立てそうな勢いで、物凄い数のゴールドバタフライが飛び出してきて、俺は久し振りに抜いた剣をしっかりと握って振りかざした。
近づいて来るゴールドバタフライを一気に叩き斬る。
羽根が落ちて来るので、当たらない様に避けて次のゴールドバタフライ目掛けて剣を振り上げる。
もうそこからは、ただひたすらに蝶が近付く度に、必死になって剣を振り回した。
何となく、ちょっと腕が鈍っている様な気がして、密かに焦った俺だった。
うん、確かにたまには狩りにも行かないと駄目だな、こりゃ。
「いやあ、頑張ったよな。俺」
ようやく目に見えて蝶達の数が減ってきて、そろそろ終わりにしようと一旦剣を収めた。
それから足元に散らばる巨大な羽とジェムを眺めて、大きく伸びをしてからすっかり強張った肩を回した。
今回も、集めたジェムと羽根の半分は俺が貰い、半分をクーヘンにあげるんだって。もう、アクアとサクラの中にあるジェムの総数を考えて、ちょっと気が遠くなったよ。
集めてくれるのは本当に有難いんだけど、幾ら何でも貰いすぎだと思う。
これ、どうやったら減らせるんだろうね。