今日はここまで!
「ごちそうさまでした!」
大満足でホテルハンプールを後にした俺達は、支配人さんに見送られて帰路に就いた。
途中、商人ギルドの前でギルドマスター達と別れて、そのまま一旦店に戻った。
もう正直言ってヘトヘトで、今すぐにでも爆睡できる自信があるよ。
だけど、とりあえず今日の後始末はしておかないとね。
「とにかく、在庫の確認と整理をしないと、このままだと明日の営業に影響するって」
振り返った俺の言葉に、クーヘン達はこれ以上ないくらいに凹んでいるように見えた。
さっきのホテルで食事をしていた時は、ご機嫌で乾杯なんかしていたのに、一体どうしたんだ?
心配になって覗き込むと、クーヘンとお兄さん一家は突然揃って俺達に向かって深々と頭を下げた。そりゃあもう、地面にめり込まんばかりの勢いだったよ。
「おいおい、突然どうしたんだよ」
驚いた俺が慌てたようにそう言うと、クーヘンは頭を下げたまま情けなさそうにため息を吐いた。
「もう、穴があったら入りたい気分です。店を開けるまでは偉そうな事言っておいて、いざ人が大勢来て下さったら、全くどうしたら良いのか分からずただただアタフタするだけでした。この場にケンがいてくれなければ、どうなっていたかと考えたら……」
後ろでもごもご言ってるお兄さん一家も似たような感じだ。
「それにしても、ギルドマスターも感心していましたが、本当に素晴らしい的確な指示でしたね。あれほどの人手を捌くような経験をされた事が有るのですか?」
「いやぁ……」
不思議そうに聞かれてしまい、俺は何と答えるべきか困ってしまった。
その通り。実は経験なら腐る程ある。
何しろ俺が務めていた会社は、恐らくどこの家庭にも絶対に複数個はうちの商品が有るだろう程の、大手の電機メーカーだったんだよ。
そこの営業部の末端にいた俺は、入社直後に何度も大手量販店の新店のオープニングセールに駆り出されました!なので、無駄に場数だけは踏んでるんだよ。
元いた世界の事を不意に思い出して、ちょっと泣きそうになる。誤魔化すように鼻をすすり、後ろを向いてわざと大きなくしゃみをした。
「まあ、これでも色々と経験してるんだよ。ちょっと色々ズレてるけどね」
誤魔化すようにそう言って肩を竦める。もうこの話はここまでだって。
その後は手分けして改めて在庫の確認をして、さっきの続きのジェムを割る作業を続けた。
俺達がせっせと割るジェムを、女性陣が確認しながら袋に詰めていく。
それが終われば、後は単品のジェムも在庫から取り出して、カウンター奥の棚に入れていった。
「本当に遅くまでありがとうございました。明日は、開店前の様子次第で、朝からギルドの方が応援に来て下さるそうです。なので、明日は皆様は、どうぞゆっくりお休みになってください」
「大丈夫か?」
「はい、今日で色々と分かりましたので、明日はもっと上手くやります」
そう言われてしまっては、確かに手出ししすぎるのも悪かろう。
「分かった、じゃあ明日はゆっくりさせてもらうよ。昼はまた、何か差し入れしてやるからさ」
「ああ、それは有り難いです。では楽しみにしていますね」
笑顔で手を叩きあった俺達は、これで撤収する事にした。
外の厩舎では、皆が固まって団子になって爆睡していた。
シャムエル様曰く、チョコの背後で巨大化した猫族軍団も、時々姿を見せて大歓声を浴びていたらしい。
怖がらせないように、裏庭のあたりで転がったり伸びをしたり、時には爪を研いだりして、とにかくお客様が退屈しないようにしてくれていたらしい。
もう、揃ってなんて良い子達なんだよ。
「そっか、ありがとうな」
順番に起きてきた子達を抱きしめてやる。
大きく喉を鳴らすその音を聞きながら、俺達はもうその場で寝そうなくらいに疲れ切っていたよ。
何とか気力を振り絞って、全員揃って宿泊所へ戻った。
「おかえり、初日は大盛況だったらしいね。昼過ぎに一度店を覗きに行ったんだけど、お邪魔かと思って中には入らなかったんだ。明日はどうだろうね?」
宿泊所の前で、丁度エルさんと会ったらそんな事を言われた。
「いやあ、どうなるでしょうね? だけどもう俺達、今すぐここで倒れて熟睡出来るくらいにへとへとっすよ」
苦笑いする俺の言葉に、エルさんも笑っていた。
「じゃあ、もう邪魔はしないから、どうぞごゆっくり」
そう言って手を振って、笑いながらギルドの建物に戻って行った。
その後ろ姿を見送り大きく深呼吸をした俺達は、もうその日は解散して各自の部屋に戻った。
「ああ、疲れた。ええと、お前らは腹は減ってないか?」
ニニの首に抱きついてそう尋ねると、皆揃って大丈夫だと言ってくれた。
「お疲れ様でした。大盛況でしたね」
姿を表したベリーに笑いながらそう言われて、胸当てを外していた俺はそのままベッドに倒れこんだ。
「いやあ、久々にヘトヘトになるまで働いたよ。そうそう、毎日こんな感じだったんだよ……」
久し振りの心地よい疲労にベッドに転がったままぼんやりしていると、アクアとサクラが二人掛かりでせっせと籠手や脛当てを外してくれた。
「ご主人、綺麗にするねー」
いつもの如く、そう言ったサクラがニュルンと広がって俺を一瞬だけ包み込む。
元に戻った時には、汗ばんでいた服や首筋も綺麗さっぱり、汗をかいてベトベトになっていた髪の毛もサラサラになったよ。
「ありがとうな。今日はもう疲れて動けないから、このまま寝るよ……ニニとマックス……おねがい、します……」
半寝ぼけでそう呟くと、喉を鳴らしながらニニが隣に転がるのが分かり、俺はもふもふの腹毛に子猫のように潜り込んだ。
ああ、癒されるよ。この柔らかな腹毛の海……。
マックスのがっしりした毛が腿の辺りに当たり、巨大化したラパンとコニーのウサギコンビが俺の背中側に潜り込む。
「ほら、触ってもいいわよ」
姿を表したフランマが腕の中に潜り込み、尻尾で俺の手を叩いた。
「フランマの尻尾キター!」
半寝ぼけで尻尾を掴んだ俺は、そのまま気持ち良く眠りの国へ垂直落下していったのだった。
いやあ、本当に疲れた。
今日はここまで! これにて終了です!