ひたすら料理と手伝いの日々
その日の夕食は、マーサさんオススメの宅配の店から、野菜やお肉がたっぷり乗った分厚くて四角いピザみたいなのが大量に届いた。
なんでも向こうの店でまとめて頼み、お裾分けだと言って届けてくれたものらしい。
もちろん有り難く頂いたけど、絶対に量がおかしい。
ここは俺とレオの二人だけしかいないって分かってるはずなんだけど……届いたのは、どう見てもLサイズの四角いピザもどきが五種類……軽く見積もっても二十人分は有るぞ、これ。
お裾分けでこれって、あいつら一体どれだけ頼んだんだよ。
積み上がったピザもどきの入った木箱を見て、さすがのレオも苦笑いしている。
「ま、残ったら備蓄分として箱ごとサクラに収納しておいてもらうよ。しかしこの量は別にしても、どれも美味そうだぞ。冷めないうちに頂こうぜ」
ちょっと考えて、作り置きのサラダと、野菜スープを少しだけ取り出して温めて出しておく事にした。
綺麗に切り目が入っていて取り分けられたので、俺は一欠片ずつもらった。10センチ四方くらいの正方形になっていたよ。
土台のやや硬めのパンみたいなのも、上に乗ってる燻製肉や照り焼きっぽい鶏肉なんかも、どれもめっちゃ美味しかったよ。
チリソース見たいな、辛味のあるソースのもあって、ちょっと驚いた。
実は俺、激辛料理とか、もの凄く辛いカレーとかはあんまり得意じゃ無い。ってか正直言って苦手だ。
だけどまあ、これくらいなら大丈夫だ。そっか、チリソースがあるのなら手に入れておきたい。サンドイッチに入れたりしたら、また変わった味になりそうだもんな。
結局、俺は五種類一欠片ずつ食べて、これにサラダとスープが有ればもう充分過ぎるくらいだったね。
レオは、俺よりはかなり食べていたけど、さすがにこれ全部は無理だって言って、途中でギブアップだったよ。まあ当然だな。
「もう無理、美味しいけどもう無理です。ご馳走様!」
笑ったレオがそう言うので、残りはまとめてサクラに持っていてもらう事にした。
「いつでも言ってねー」
そう言って、得意そうに箱ごと飲み込むサクラを笑って撫でてやる。
食後はレオが飲んでみたいと言うので、例のスピリタスレベルに凶悪な樹海産の火酒を出してやった。
それから、俺が作った完全に透明な氷にレオは大喜びだった。
「すごいね、こんなに綺麗な氷が出来るんだ」
感心したように、そう言ってグラスの中の氷を見つめる。
「ちょっと練習したよ。だけど、酒を飲む時に綺麗な氷があればなんか嬉しいだろう?」
「さすがだね。じゃあいただきます」
嬉しそうにそのまま氷の上に火酒を注いだ。そう、レオは、驚いた事にオンザロックにしてそのまま飲んでいるのだ。ううん、さすがは神様だね。ハスフェルと良い勝負するぞ。
もちろん俺が飲んだのは、以前作って酷い目にあった水で薄くしたのを更に更に水で割ったものだ。
はっきり言って、火酒は多分、一滴ぐらいしか入ってないんじゃ無いかと思うレベルだが、それでも俺には充分だったね。ってか前も思ったけど、ここまで薄く水で割って、それでも風味も香りもそれからアルコールも残ってる時点でこれもおかしいって。
「じゃあ明日も狩りに行かなくて良いみたいだから、引き続き手伝いよろしくな」
「了解。なんでも言ってよね」
最後にもう一度乾杯して、その日はお開きにした。
ハスフェル達が帰ってこないと思っていたら、向こうは完全に宴会状態になっていたらしく、結局、皆で雑魚寝したらしい。
シルヴァとグレイは、ネルケさんと娘のスノーと四人で深夜まで女子会トークに花が咲いたんだって。まあ、皆楽しそうで何よりだよ。
翌朝、いつものモーニングコールチーム総出で起こされた俺は、若干痛む頭を押さえてなんとか起き上がった。
「あれだけ薄めても、まだ残るのかよ……樹海産の火酒、恐るべし……」
そう呟いて、またニニの腹毛に撃沈する。
「ごーしゅーじーんー!」
「起ーきーてー!」
タロンとプティラの声が遠くに聞こえる。だけど、起きるのは無理だって……。
「うん……ちょっと待って……」
数秒間の沈黙の後、首筋を思いっきりジョリジョリの舌で舐められて飛び上がった。
おい、いきなりだな。しかも、今の舌、なんかいつもよりデカかったぞ!
転がって振り返った俺が見たのは、巨大化したソレイユが俺を見て目を細めて声の無いにゃーをしたところだった。
「あはは。びっくりした。さすがにそのサイズに舐められるとビビるな」
苦笑いして抱き付いてやると、嬉しそうに喉を鳴らし始めた。
ああ、癒されるよ、このサイズのもふもふは……。
「寝るなって!」
シャムエル様にぶっ叩かれて、声も無く撃沈したのだった。
いつもより少し遅くなったその日も一日中、レオとスライム達に手伝ってもらってひたすら料理をしまくったよ。
まず午前中に、ハイランドチキンとグラスランドチキンで、塩焼きとバター焼き、照り焼きも大量に作ったよ。
それから今日の差し入れは、大きなバーガー用のバンズに、レタスとマヨネーズ、それからグラスランドチキンを挟んだ、照り焼きチキンサンドを大量生産して、それの半分を差し入れにする事にした。
「ええと、どうしようかな。持っていかないと駄目じゃん」
どうやって店に届けるのか考えていたら、まるで待ち構えていたかのようなタイミングでノックされた。
『開けて〜!』
『私達よ』
シルヴァとグレイの元気な念話が届き、顔を見合わせた俺とレオは思わず同時に吹き出したね。
「アクア、開けてやって」
俺の声に、ニュルンと触手を伸ばしたアクアが、器用に鍵を開けてくれる。
「差し入れよー!」
「今日のおやつはこれに決まりー!」
声を揃えて二人が何やら良い匂いのするカゴを差し出してくれた。
「ありがとうな。で、何が入ってるんだ?」
甘い香りに誘われて覗き込むと、何とそこに入っていたのは、紛う事なきシュークリームだった。
「ホテルハンプールの新作お菓子なんだって。中に入ってる玉子のクリームがめっちゃ美味しいのよ」
「それでこっちにもお裾分けなの」
二人の説明に、俺達も笑顔になる。
「ありがとうな。これはおやつに頂く事にするよ。代わりってわけじゃ無いけど、せっかくだから持って行ってくれるか」
大皿に並べたチキンバーガーを見て、二人が歓声を上げる。
「ありがとう。昨日のもすっごく美味しかったわ」
「美味しそー! ありがとうね、ケン。何か買うものとかあったら、いつでも言ってね、すぐ飛んで来るからね」
満面の笑みの美女二人に左右から嬉々としてお礼を言われて、ちょっと鼻の下が伸びたのは……内緒な。
差し入れのシュークリームは激ウマだったので、これも頼んで大量に作ってもらう事にしたんだが、後で頼もうと思っていたら、何と、ホテルハンプールの支配人さんが直々にこれを持って来てくれたらしく、その際にハスフェルと相談して、以前俺が書いていたメニューで料理の注文をしてくれたらしい。
届けられた注文書を見て、笑い転げたよ。しかも、ちゃんとあのビーフシチューは、巨大寸胴鍋まで買って頼んでくれたって言うんだから、もう最高だったよ。
結局、それから五日間かけて大量の料理の仕込みが終わり、その後は、肉の熟成が出来るまで交代で狩りに行くチームと、クーヘンの店を手伝うチームに分かれて過ごした。
実は、初めて作ったローストビーフは、残念ながら焼き過ぎてしまいただの焼いた肉になってしまったよ。火が通り過ぎて、せっかくの肉が固くなっちゃったんだ。
案外火加減が難しい事が分かり、その後、三度目の正直で上手く出来た時には、レオと二人して台所で飛び上がって大喜びだったよ。
よし、もうこれで火加減のコツはマスターしたぞ。
その夜に披露したローストビーフは、皆から大好評だった。
だけど、オーブンだと一度に作れる量が限られるので、後半はフライパンで焼く方法もチャレンジしたよ。これも少し難しかったけど、もう完璧!
結果ローストビーフも大量に仕込みました。
これ、熟成肉が手に入ったら是非やろう。絶対美味しいと思うぞ。
それから、皆で手分けして割った大量のジェムは、種類毎に箱に入れられ地下の倉庫の戸棚に綺麗に保管された。
高額のジェムは、クーヘンが管理する例の金庫に、そのまま販売する低価格からそこそこの価格のジェムは、ハスフェルが準備した引き出しに、改めて整理して入れられた。俺達が渡したジェムは、低単価の三分の一くらいが取り出されて、割って店の在庫用の棚に並べられている。
後で聞いたんだが、割った時点で売れた事にしたらしく、初回の支払いで俺が驚く事になるのだった。
そして、いよいよ明日はクーヘンの店の開店の日になった。
今日は、商人ギルドの人達や、以前紹介された王都の商人さん達を招いてプレオープンみたいな事をしているらしい。
聞くと、既に恐竜のジェムや、例の結晶化したジェム辺りは予約だけでも相当数が売れているらしい。
それを聞いた神様軍団が、早速追加のジェムを集めるとか言い出して、俺とクーヘンで止めるのに必死だったのは、もう笑い話にしかならないよな。
街の人達も新しい店に興味津々らしいから、俺達も明日が楽しみだよ!