レースで貰ったレストランチケットを使いに行く
夕食は、早駆け祭りでもらったチケットを使ってみようと言う事になり、一旦店を片付けて、全員従魔と馬に乗りクーヘンの案内でホテルハンプールに向かった。
途中の道ではやっぱりあちこちから声を掛けられるが、祭りの時ほどの大騒ぎじゃない。
クーヘンに親しげに声をかける人が多いのを見て、俺達は密かに安心していた。
街の人達にしてみれば、流れ者の冒険者よりも、この街に定住して店を始めるクーヘンに親しみを感じるのは当然だろう。良い事なので、この際だから、街の人との対応はクーヘンに任せる事にした。
丸投げじゃない。あくまで適材適所だよ。
この街で商売をしていくのなら、人脈を築いておくのは絶対に無駄にならないからね。
暮れ始めた空の下、のんびり街歩きを楽しみ、ようやく目的地のホテルハンプールに到着した。
「ここってレースの後の祝勝会で来たあのホテルだよな。改めて見るとめっちゃ豪華なホテルじゃん。こんな格好で来て良かったのかな?」
マックスの背中で、俺は思わず自分の姿を見て小さく笑った。
だって、俺はいつもの革製の胸当てや籠手などの防具を身に付けている。中に着ている服だって、サクラに毎日綺麗にしてはもらってるが、完全に着たきり。だけど俺だけじゃなく、神様軍団もクーヘン達も全員揃ってめっちゃ普段着だよ。大丈夫かね?
「でもまあ、考えたら表彰式もこれで来たんだからな。玄関先で追い返される事はないよな、多分」
「大丈夫だよ。早駆け祭りの勝者を追い返すような店は、この街にはありはしないって」
からかうようなマーサさんの言葉に、俺は安心してマックスから降りた。
「あ、なあ。祝勝会で食べた生ハムと燻製肉、売ってもらえないか後で聞いてみてくれよ」
ギイが、デネブの背から降りながらそんな事を言って笑っている。
「確かにあの生ハムは美味かった。よし、後で聞いてみよう。塊で売ってくれたら最高なんだけどな」
無言で拍手してるハスフェルとギイの背後で、神様達も目を輝かせている。
「生ハムか、あれはワインに合うんだよな」
「果物に合わせても美味しいわよ」
「私はたっぷりサラダに乗せて食べたーい」
腕を組んだオンハルトの爺さんの言葉に、グレイとシルヴァもあれが良いこれが良いと好き勝手に言って笑っている。
「確かに、生ハムメロンとか、めっちゃ美味いもんな。よし、譲ってもらえたら、色々考えよう」
「サンドイッチに挟んでも美味そうだな」
「確かに美味そうだ。じゃあ何か考えておくよ」
「期待してます」
シルヴァに満面の笑みで言われて、俺も笑顔で頷いた。
「おう、任せろ」
精一杯のドヤ顔だったが、それを見ていたハスフェルとギイに鼻で笑われたよ。
「ようこそいらっしゃいませ。当ホテル支配人のステファンと申します。皆さまお泊まりでしょうか?」
扉の前で、ドアボーイのお兄さんがマックスや馬達を係りの人に預けているのを見ながらそんな話をしていると、中から出てきた壮年の男性が笑顔で声を掛けてきてくれた。
「いえ、夕食を頂きたくて。ええと、こんな大人数ですけど大丈夫ですか?」
「もちろんでございます。ではどうぞこちらへ」
笑顔で中を示されて、
俺は背後を振り返った。
「じゃあ飯食ってくるから大人しく待っててくれよな」
係りの人の横に大人しく座るマックスの首元を叩いてそう言い、隣に並ぶニニの首にも抱きついてやる。
「お任せ下さい。責任を持ってお預かり致します」
満面の笑みの係りの人に言われて、お願いして俺達はホテルの中に入っていった。
ううん。こんな格好で来て、やっぱり何だか申し訳なくなるレベルだよ。
煌びやかなエントランスを通り抜け、俺達一行はレストランの個室に案内された。とは言ってもこの人数だ。めちゃ広くて豪華な部屋だったけどな。
横長の大きな机の上には、席ごとに本日のメニューらしきものが置かれていて、スタッフの人の説明によると、食べたい物を此処から選んで言うと、持ってきてくれるらしい。
成る程。注文式のバイキングみたいなもんだな。他にも何人ものスタッフが来てくれて、席に座った俺達の背後に控える。
だいたい俺達二、三人に一人、くらいの割合でスタッフさんが居る。どんだけVIP待遇なんだよ
例えば、お兄さん一家に二人、クーヘンとマーサさんに一人、俺とハスフェルとギイの背後には、それぞれ一人ずつ控えている。神様軍団の背後にも二人いて、そのうちの一人は女性という念の入れようだ。
背後の人に注文したら持ってきてくれるらしいのだが、此処で問題が発生した。
俺の知識では、ぎっしりと書かれた料理の名前がさっぱりわからないのだ。
ううん、困ったぞ。
これは多分あれだ。この世界に来た一番最初の頃にシャムエル様から聞いた、此処での知識は、俺の元の知識に合わせたって言ってたあれの所為だな。
だって、こんな豪華なホテルで自分の金で食事なんかした事無いって。
営業の接待でなら食べた事はあるが、あれは俺が仕切ったんじゃなくて、俺の上司が仕切ってくれて、俺は運転手役で同行させてもらった程度だ。
バイト先の定食屋やトンカツ屋に、ホテルで出るような料理は無い。
つまり、元の世界でも五つ星のレストランで食事をしようとしたら、同じ事が起こった訳だな。
あ、なんかちょっと涙で目が霞んできたかも。
小さなため息を吐いて、改めてメニューを見てみる。
ハンウイック産……の……。夏野菜の……。
駄目だ。単語そのものがさっぱり分からん。
戸惑う俺を見て、隣に座ったハスフェルが助け舟を出してくれた。
「ちょっとお伺いしますが、料理は一人前で出てくるんですか?」
背後を手招きしてスタッフを呼び、確認する。
「はい、その予定です」
背後のスタッフさんの答えに、ハスフェルは神様軍団を見た。
「せっかくだから、まとめて取って、好きに分けないか」
「そうだな、面倒だし、そうしてくれるなら助かるよ」
エリゴールの言葉に、オンハルトの爺さんも笑って頷いている。ギイとハスフェルも笑っているところを見ると、彼らも同じ気持ちだったらしい。
後で聞いたら、単にいちいち頼むのが面倒だって思っただけだったらしいけどさ。
うう……なんか悔しい。
「あ、じゃあ、注文は任せてね。レオと私達が責任を持ってお料理を選んであげるわ」
「なら酒は俺が選んでやろう」
オンハルトの爺さんがそう言い、笑った俺達も同意したので、スタッフさん達は四人の所に集まった。
「食べたい料理があったら教えてね」
シルヴァの声に俺は手を上げた。
「俺、生ハムが食べたい。ここで食べた生ハム、めっちゃ美味かったもんな。あ、それと白ビールお願いします!」
白ビールに、同意する声が聞こえて振り返ると、クライン族一同は全員手を上げていた。
「白ビールだな。了解だ」
オンハルトの爺さんも笑っている。
俺のリクエストに、メニューを確認した彼女が手で丸を作ってくれた。よしよし、メニューにあるみたいだ。
それを見て小さく笑ったハスフェルが、少し離れて控えていた支配人のステファンさんを合図して呼んだ。
「今の話に出ていた、先日の祝勝会で食べた生ハムと燻製肉が美味くて気に入ったんですが、あれは分けていただく事は可能ですか?」
「生ハムと燻製肉、それを持ち帰りなさりたいと?」
「ええ、時間停止の収納持ちですので、腐る心配はありません、出来れば生ハムは原木で分けていただきたいんですが出来ますか?」
遠慮がちなハスフェルの言葉に、ステファンさんは満面の笑みになった。
「もちろんでございます。当ホテルの売店で持ち帰り用にご用意させていただいております。お選びになりますか?」
「いや、お任せしますので。大きなやつをお願いします。燻製肉は? これは切った方が良いよな?」
「だな、それもたっぷりお願いします」
ギイが嬉しそうにそう言ってくれたので、帰りに持ち帰り用の生ハムの原木と、一緒に受け取る事になった。
「じゃあこれでお願い。足りなければまたお願いするわ」
嬉しそうなシルヴァの声が聞こえる。オンハルトの爺さんも、お酒を色々頼んでくれたみたいだ。
どうやら、かなり大量に注文したらしい。
大喜びの彼女達とレオだったが、スタッフさん達の密かな慌てようを見て、俺はちょっと食材の在庫が心配になったよ。まさか、無くなるような事はないだろうけれど、彼らが本気で食べたら、冷蔵庫の中の食材を全部食い尽くすかもしれない。
心の中で、顔も知らない料理長に密かに謝った俺だったよ。