今後の予定を考える
「ごちそうさまでした!」
「今日も美味しかったわ」
満面の笑みのグレイとシルヴァがそう言い、ルーカスさん一家も空になったお皿を片付けながら嬉しそうに何度もお礼を言ってくれた。
「大したものは作ってないって」
笑いながら、サクラに空いたお皿を片付けてもらう。
おお、出した揚げ物完食だよ。
比較対象が無いから分からないけど、やっぱりコイツら揃いも揃って食う量がおかしいって。
「さて、この後はどうするかね」
片付けた机の上もサクラが綺麗にしてくれたので、出していた机と椅子を全部片付けた。
その時、不意に思い出して俺はクーヘンを見た。
「え? どうかしましたか?」
視線を感じたクーヘンが、不思議そうに俺を見上げる。
「なあちょっと質問なんだけど、ドロップってどこでテイムしたんだ?」
胸元からのぞいているスライムのドロップを見ながら質問すると、クーヘンはちょっと考えて、休憩室の壁に貼ってあった地図を見た。
「ゴウル川の河口にターポートという港街があります。確か、ドロップをテイムしたのはそこから少し西に行った辺りの森だったと思いますよ。詳しい場所は分かりませんが、多分この辺りです」
慌てて俺が出した地図を覗き込み、ある場所を指差してくれた。
「ターポート。へえ、こんな街があるんだ」
クーヘンが指差しているのは地図の真ん中下側部分で、ゴウル川の河口西側にある港街らしい。
「海の先って何かあるのか?」
地図の下側部分は海のようだが、島国とかは無いのか?
海の部分を指差しながら質問すると、クーヘンは苦笑いして首を振った。
「海岸線沿いに、いくつか小さな島がありますが、人は住んでいませんね。船は岸沿いに西へ進んで支流のダリア川の河口にあるハンウイックとを往復しているんですよ。外海には悪魔が出ますので。船で行くことは出来ません。悪魔に沈められてしまいますよ」
そう言って、西側にある支流のダリア川の河口にある街を指差した。
「あ、悪魔? なにそれ、怖い!」
驚く俺を見て、クーヘンは慌てたように首を振った。
「別に、海にモンスターがいるわけではありませんよ。船乗り達が悪魔と呼ぶそれは、東から西に時折吹き抜ける強風と、不定期に起こる大きな渦潮の事です。どちらも突然起こり、例えば、渦潮に船が巻き込まれると、どれ程大きく頑丈な船であってももう一巻の終わりです。東から西に吹き抜ける強風も同じで、時にマストが折れる程の急激な強風が起こるんです。ですが、それらが起こるのは海岸線からかなり離れた小島の更に南側の外海部分なんです。なので、船は基本的に海岸線からあまり離れずに近い場所を定期的に往復しているんですよ」
『へえ、そんな事になっているんだ』
その言葉に、横目で肩に座っているシャムエル様を見ながら念話でそう話し掛けてやると、シャムエル様は慌てたように何度も頷いた。
『外海は危険がいっぱいだよ。ってか、海の先にはなにも無いよ。作ってません! だから、それ以上先には行かないようにしてあるの。基本的に、必ず海から岸に向かって風を吹かせているから、そもそも自力で外海へ出るのは容易じゃ無いんだよ。それなのに、年に数人程度だけど、無理して外海に行く奴が現れるんだよね。だから、グレイとシルヴァに頼んで、殺さない程度に酷い目にあわせて無理矢理岸へ戻してもらってるの』
成る程。好奇心猫をも殺す。を、地で行く奴がこの世界にもいるわけだな。まあ、怖いから俺は絶対行かないけど。
『グレイとシルヴァに頼んでるって……ああそっか。確か、水と風の神様だって言ってたもんな』
『もちろん、彼女達が直接やってるわけじゃあ無いんだけどね。配下の精霊や幻獣達にやらせているんだよ』
『うん、その話は聞いても分からんからいい事にするよ』
『ええ、付き合い悪いよ。聞いてくれたらそこは詳しく教えてあげるのに』
『謹んでお断りします』
笑ってシャムエル様のふかふかな尻尾を突っついてやると、悲鳴を上げて飛び上がり、小さな手で俺の耳を引っ張りだした。
「痛い痛い! コラやめろって!」
耳たぶの端をちっこい手でちょっとだけ掴まれて、俺も悲鳴を上げた。
「なにをやってるんだお前らは」
呆れたような声でそう言い、ハスフェルが手を伸ばしてシャムエル様をひょいと掴んだ。
「ああこら、駄目だよ。手荒に扱うなって」
慌てて奪い返し、俺の肩に乗せてやる。
『ありがとう。私とケンは、相思相愛だもんねー!』
笑ったシャムエル様が俺の首元に擦り寄ってくる。
「おう、そこはやめてくれ。くすぐったい」
笑って首を手で押さえると、その手の甲を今度は尻尾で叩かれた。
『何が相思相愛だよ。単に戯れて遊んでるだけだろうが』
笑ったハスフェルの念話が届き、シャムエル様と俺は思わず同時に吹き出したのだった。
「そっか、オレンジの子がいるのはターポートの辺りなのね。それなら、川沿いに移動すれば途中でアポンで降りてレスタム方面へ行けば緑と青の子は見つかるわね。で、もう一度川を下れば最後がターポートでオレンジの子よ!」
「わあい、いよいよ七色揃うわよ」
グレイとシルヴァはそんな事を言って大喜びしている。もう忘れたかと思ってたけど、やっぱり本気で七色集めるんだな。
「確かに、それが良さそうだ。じゃあ、今後の予定はそれで行くか」
「で、戻って来て、いよいよ地下洞窟だな」
レオとエリゴールまでがそんな事を言って頷き合っている。
「待て待て、お前ら何勝手に予定立ててるんだよ。預けた肉の熟成期間があるんだから、まだ遠出は禁止! 第一、肝心のクーヘンの店の開店を見届けないでどうするんだよ。それにもうちょい食料を仕込んでおかないと、寄り道した上にこの人数で地下洞窟へ行くには心許ないよ。果物もかなり減ってるから、ここでまとめて買い出しもしておきたいしな」
「そうなのか。それはすまん。じゃあ、出発はケンの準備が整ってからだな」
「美味い食事は大事だよ。充分仕込んでいてくれ。何なら買い出しは協賛するぞ」
「私も出すー!」
「私も、私も出すわ」
レオの言葉に、グレイとシルヴァが手を上げてそう言い、他の皆も、俺も協賛金くらい出すとか言い出したよ。
「いや、既にもらってるジェムだけで、街中の全部の店を買い占めても釣りが出るくらいに仕入れ予算はあるから、そこは心配しなくて良いよ」
「まあ確かに。ちょっと集めすぎたからなあ」
オンハルトの爺さんの言葉に、俺と神様軍団は大爆笑になったのだった。
しかし、すっかり全員分の食事を作るのが当然になってる。
まあ、毎回美味いって言って残さず平らげてお礼を言ってくれるし、作るのは楽しいし好きだからそれは別に構わないんだけど、此の所作り置きの減る早さがおかしい。
もうちょっと仕込んでおかないと、俺が困るんだよ。
旅先で疲れている時に、全員分の大量の料理をその場でするなんて絶対無理だって。
「じゃあ、熟成肉が仕上がるまでは、時々近場で従魔達の為の狩りに行きつつ、買い出しと料理をするか」
小さくため息を吐いて、今後の予定を考える。
「そうだな、料理はすまんがよろしく頼むよ。何か手伝える事があれば言ってくれよな」
ハスフェルの言葉に、振り返った全員が頷いている。
「ケンの料理って、簡単に作ってるみたいに見えるけど、どれも手が掛かってて本当に美味しいよね」
「私、あのBLTサンドイッチがめっちゃ美味しかった」
「ああ、確かにあれは美味かったな」
グレイとシルヴァの会話に、レオも横で一緒に頷いている。
「次は、グラスランドチキンで、クラブハウスサンドイッチを作ってやるよ」
「お願いします!」
全員から叫ばれて、もう笑うしかなかった。
だって、少し離れて会話を聞いていた、クーヘンとルーカスさん一家までが、一緒になって叫んでいたんだもんな。