金庫と引き出しの設置完了!
「さて、これで設置は完了だな」
引き出しにも、ハスフェルとギイ、それからオンハルトの爺さんが上から押さえるみたいにして何かしていたが、どうやら終わったようで、顔を上げたハスフェルは笑顔でクーヘンを手招きした。
「クーヘン、それでは俺達からの贈り物の説明をさせてもらうよ」
そう言って、一旦言葉を区切ったハスフェルは、クーヘンの隣にいるマーサさんを見た。
「この五万倍の収納力を持つ扉付きの引き出しは、使用者を登録して限定する事が出来ます。つまり、今回の場合はクーヘンにしか開けられません。元冒険者である貴女なら、その意味はお分かりですね」
優しく、言い聞かせるようにそう言ったハスフェルの言葉に、マーサさんは絶句して金庫を見つめた。
「神からの贈り物……まさか、まさか本当に有るなんて……」
フラフラと金庫に歩み寄ったマーサさんは、何度も何度も金庫の扉を確認するかのように撫でた。
「一体これを何処で……いえ、失礼しました。これは聞くべき事ではありませんでしたね。忘れてください」
深々と一礼したマーサさんは、顔を上げて真っ直ぐにハスフェルを見たその顔は、晴れやかに笑っていた。
「素晴らしい贈り物を本当にありがとうございます。我々クライン族はどうしても身体が小さい為に御し易いと見られ、言い掛かりや嫌がらせをされる事が普段から多いのです。店舗で在庫を持って商売する以上、それはすなわち強盗であり襲撃になります。もちろん、そんな事は論外ですから安全面での配慮は絶対に必要です。私は買える限りの収納袋を買って、高価なジェムはそこに入れてこの地下に置き、扉の鍵は、クーヘンともう一人の兄の二人が同時に回さないと開かない二重鍵にしようと提案し、クーヘンも同じ意見でした。なので実はリード兄弟に相談して二重鍵を探してもらっている真っ最中だったんです」
「二重鍵? 鍵穴が二つある鍵って事か?」
疑問を小さく呟いた俺の言葉に、ギイが教えてくれた。
「二重鍵と言うのは、両開きの真ん中部分だけでなく、壁と左右の扉の蝶番部分にも連動した鍵が付いていてな、まず二人が蝶番部分の鍵を同時に回して仮解除し、それから扉の真ん中にある鍵を開くんだよ。その鍵も言った通り鍵穴が二つあって、二人同時に開けなければ開かない仕組みさ。この世界では、一番厳重な鍵として使われている」
「ああ、確かにそりゃあ開けるの大変そうだ」
納得して扉を見たが、まだその鍵は設置されていない。
「二重鍵はそれ自体が犯罪への抑止力もありますから、手に入ったら是非設置してください」
ハスフェルがそう言ってもう一つの引き出しを見た。
「こちらは、普通の収納箱ですから誰でも引き出しは開けられますよ。収納力は百倍です。まあ、何処に何を入れるかまでは我々は関与しませんから、店を切り盛りするクーヘン達が使いやすいようにすれば良いと思いますよ」
マーサさんと並んで話を聞いていたクーヘンは何度も頷き深々と頭を下げたのだった。
「ねえ、話は終わった? 早く細工物を見たいんだけど、ここでする?」
シルヴァの声に、なんとなくしんみりしていた雰囲気は一瞬で消えてしまった。
「ああ、お待たせして申し訳ありません。構わなければここでお見せしてもよろしいですか? 上の店はまだ整理中で散らかっていますからね」
気分を変えるように、笑顔でそう答えたマーサさんに、クーヘンは笑って首を振った。
「一階の作業部屋は片付いてますのでそこにいてください。兄さんを呼んできます」
お兄さん一家は、屋台で朝食を食べた後に合流して一緒に帰ってきていたのだが、そのまま上の階の掃除に行ってしまっていたのだ。
そう言って、階段を駆け上がって行くクーヘンを見送ったマーサさんは、振り返って満面の笑みになった。
「では一階へどうぞ。一旦ここは閉めて誰も入れないように封印の術をかけておきます」
「ほう、封印の術を使えるんですか」
ギイの声に、マーサさんは胸を張った。
「この部屋くらいなら、簡単に封印出来ますよ。若い頃は、手に入れたお宝はそうやって宿の部屋に隠したりしましたよ」
「素晴らしい。ではお願いします」
その声に、見ていた神様軍団が頷き次々と金庫と引き出しに駆け寄って来て上から叩き、何か小さく呟いてから平然と部屋を出て行った。
「今、何やったの?」
思わず肩に座るシャムエル様に聞いてみたら驚くような事を言われた。
「彼らも、預けたジェムを守る金庫と引き出しに守護の術を掛けてくれたんだよ。後で、私がこの家自体にも掛けておいてあげる。そうすれば厄災の類は間違いなくここを避けてくれるからね」
それを聞いて絶句した俺に、シャムエル様は楽しそうに笑った。
「開店準備ってなんだかワクワクするよね。せっかくだから成功してほしいもん。これくらいの陰からの協力なら出来るからね」
「そっか、ありがとうな。実を言うとちょっと心配だったから、本当に心強いよ」
笑った俺は、最後に部屋を出ようとして付いたままの幾つものランタンを見た。
「あ、マーサさん待ってください。このランタンはどうしたら良いんですか?」
地下室だから当然この部屋には窓は無く。俺達が地下に来た時にクーヘンがあちこちに置かれていたランタンにあっと言う間に火を入れてくれたので、全くストレス無く地下にいる事さえ忘れそうな明るさで過ごせたのだ。
「ああ大丈夫だよ、部屋を封印した時点で火の術は終了するから、勝手に明かりは消えるよ」
当たり前のようにそう教えてくれたので、安心して部屋を出て一階へ上がった。
マーサさんは全員出た地下室の扉を閉め、扉に手を当てて何か呟いていたが、すぐに顔を上げた。
「なんだい、待っててくれたのかい。お待たせしちゃって悪かったね。それじゃあ行こう」
階段を上がってくるマーサさんと一緒に、俺達は一階の店の奥にある作業部屋に向かった。
一階のその作業部屋は、確かに綺麗に片付いていた。
奥には大きな木箱が置かれた棚が幾つも並んでいるが、部屋の手前側には広くなっていて、その真ん中にダイニングテーブルよりも大きな机が置かれていた。
成る程、ここで店に出す商品に値段をつけたり整理したりするんだろう。
しかし、その机と椅子を見た俺は、思わず二度見した。
「おお、小さい……」
だって、それはクライン族の為の机と椅子だったので、背の高い俺やさらに大柄な神様軍団が座るには、正直言ってかなり難しい大きさだったのだ。
神様軍団もそれを見て苦笑いしている。
「じゃあ、俺達用には俺の机を出すよ。椅子は各自出してくれよな」
苦笑いして鞄に入ってるサクラから、いつもの机と椅子を取り出して並べた。
頷いた神様軍団も、それぞれ自分の椅子を取り出して並べていた。
その時、ノックの音がして、クーヘンがお兄さんのルーカスさんとその息子のヘイル君が入って来た。
「ああ、大きい方の机を出そうと思っていたのに、申し訳ありません、出してくださったんですね」
クーヘンの声に、俺は笑って立ち上がった。
二人はそれぞれ台車を押して来ていて、そこには平たい木箱が積み上げられていた。
ハスフェル達も手伝ってくれて、一緒に台車に山積みにした幾つもの平たい箱を下ろしていった。
「あ、これってばんじゅうじゃんか」
手渡されて机に置いたその箱は、俺もパン屋で買って使っているあの木箱と同じものだったのだ。
ばんじゅうとは、パン屋や食品店でよく使われている平たくて四角い運送用の箱で、横のところに持つ為の穴が開いているあれだ。何故そんな名前なのかは知らない。
もちろんこれも木製で、その横面には見覚えのあるクーヘンの紋章が焼印で押されていて、気付いた瞬間、俺は堪える間も無く吹き出したのだった。
肉球マーク、ここでも良い仕事してるよ。