朝の一コマ
ぺしぺしぺし……。
ふみふみふみ……。
カリカリカリ……。
「うん、起きる……」
ニニの腹毛に埋もれた俺は、半分寝たまま無意識に答えていた。
しかし、起き上がれずそのまままた眠りの国へ旅立って行く。
ぺしぺしぺしぺしぺし……。
ふみふみふみふみふみ……。
カリカリカリカリカリ……。
「うん、おはよう……」
ザリザリザリザリ!
ジョリジョリジョリジョリ!
「うわあ! ごめんって! 起きます起きます!」
猫族二匹の攻撃に文字通り飛び起きた俺は、揃って得意気に俺を見ているモーニングコールチームを振り返った。
「あはは、起こしてくれてありがとうな」
順番に撫でてやり、大きな欠伸をしてから起き上がる。
水場で顔を洗い、サクラに綺麗にしてもらってからスライム達を二段目の水槽に放り込んでやった。
ファルコとプテラも、水槽から流れ落ちる水で大喜びで水浴びをしている。
「程々にな」
部屋に戻って身支度を整えていると、ハスフェルから念話が届いた。
『おはよう。もう起きてるか?』
『ああ、今顔を洗って身支度を整えた所だよ。どうする? 部屋で食うか?』
『いや、もう街は普通に戻ってるから、久し振りに屋台で食おうか』
『ああ、いいね。じゃあ行くとしよう』
ベリーに果物の入った箱を出してやり、タロンにはグラスランドチキンのムネ肉を少し切って出してやった。
嬉しそうなタロンに声の無いニャーをされて俺が悶絶していると、ソレイユとフォールの猫族軍団までタロンの横をすり抜けて俺の足にすり寄って来た。
「何? お前らも食うか?」
「その肉、ちょっとだけでいいから食べたい!」
「今の体なら、それ程いらないから一切れでいいわ」
元は、この子達が獲って来てくれた獲物だからな。
「そっか。じゃあこれな、はいどうぞ」
タロンよりも少し大きくムネ肉を切って出してやると、二匹は嬉しそうに喉を鳴らして食べ始めた。
この時の俺は知らなかったんだよ。
アクアの持っている獲物の数が、実はとんでも無い事になっているのを。
以前、獲って来てくれた獲物の在庫を確認した時、アクアに俺はこう聞いたんだよ。
俺がもらって良い獲物って何があるんだ? とね。
なので、アクアは従魔達から、これはご主人の分だと言われた数だけを教えてくれていたのだ。
そう、俺が聞いた獲物の数は、持ってる総数ではなく、あくまで俺がもらって良い数。
つまり、それ以外に肉食チーム用に、大量のグラスランドチキンとブラウンブルとブラウンボア。それ以外にも大きな兎、ジリス、それからマガモなどの水鳥が、どれも相当数入っていた事を……。
ノックの音がしたので、従魔達と一緒に廊下へ出る。
「あれ? クーヘンは?」
そこにいたのは、いつもの従魔達を連れたハスフェルとギイ、それから、スライム達を連れた神様軍団だったのだ。
「クーヘンは、昨夜はマーサさんの所に泊まったらしい。帰って来てなかったぞ」
「そうなんだ。じゃあ後でグラスランドチキンで、クラブハウスサンドでも作って持って行ってやるか」
そう呟いた俺の声を聞きつけたシルヴァが満面の笑みで振り返った。
「はい! それ私も食べたいです!」
「私も私も!」
「俺も!」
全員が手を上げて俺を見ている。
「分かったから手を下ろせ。心配しなくても、作ったら食わせてやるよ」
「ありがとう、ケン!大好きー!」
喜んで飛び跳ねてるシルヴァにそう言われて、俺は心臓が跳ね上がった。
あ、不整脈不整脈……。
「じゃあ、グラスランドチキンの料理は楽しみに置いておくとしよう。だが、まずは朝飯を食いに行こう。腹が減ったよ」
オンハルトの爺さんの言葉に、皆も笑って頷いている。
うん、しかしこの無駄に高い顔面偏差値の持ち主達が、大人数で一緒に広場へ行くのは自殺行為のような気がするなあ……。
遠い目になった俺は、間違ってないよな?
「そう言えば、あのスライム達って能力は授けたのか?」
なんとか話を変えて、肩に座っているシャムエル様に聞いてみる。
「収納と洗浄の能力は全員にあげたよ。彼らも収納は持ってるけど、予備があると安心でしょう?」
「安心……なのかねえ? まあ、俺にはどうやってるのかさっぱり分からないけどな。まあ、皆可愛がってもらってるみたいで良かったよ」
シルヴァとグレイは、それぞれリンゴくらいの大きさになったスライム達を二匹ずつ両肩に乗せている。乗せられたスライム達は、何となく得意気にしている。
時折、嬉しそうに何か話しかけて細い指で突っついている。
う、羨ましくなんてない……。
神様軍団は、女性二人とオンハルトの爺さん。レオとエリゴールに分かれて、少し離れて知らん顔で歩いているのだ。
これならまあ、それほど目立たないだろう。女性二人は思いっきり目立ってるのは、これはもう仕方ないよな。
俺はマックスの背から降りて横を歩き、そのすぐ背後をニニが付いて来ている。
俺から少し離れたところを歩くハスフェルとギイも、それぞれ従魔を引き寄せてすぐ隣を歩いている。
時折横から声を掛けられて、おめでとうと言われて握手を求められる事もあったが、祭りの前のような大騒ぎにはならなかったよ。
到着した広場は、もうすっかり普通に戻ってる。
串焼きの肉と、分厚いタマゴサンドを買って、マイカップにコーヒーを入れてもらう。
端に寄って食べていたら、向こうからチョコの頭が見えたのだ。
「おはよう」
声を掛けて手を振ってやると、人混みが割れてクーヘンとチョコがこっちを向いた。
「おはようございます。今、お食事ですか?」
そう行って笑うクーヘンとマーサさんの手にも、串焼きが三本ずつ握り締められている。
相変わらず、朝から食うねえ。
周りの邪魔にならないように、チョコはマックスのすぐ横に座って丸くなった。
しばらくは黙ってそれぞれ買って来たものを平らげる。
俺の肩でお皿を持って待ち構えるシャムエル様には、タマゴサンドの真ん中を少し切って分けてやったよ。
「それで、準備は順調か?」
最後の串焼きの肉を飲み込み、隣で食べているクーヘンを見た。
「ええ、もうそろそろ住めそうなので、ギルドの宿泊所を引き払います。あと数日あれば、開店出来そうなので、そろそろ告知をしても良いかと思っています」
「そうなんだ。いよいよだな。それと気になってたんだけど、肝心のクライン族の細工物ってどんな風なんだ? 良かったら後で見せてくれよ」
「もちろんです。どうぞ見てください。兄さんが、職人仲間達からたくさん預かって来てくれましたからね。ジェムの問い合わせが多いんですが、細工物の方も、王都の商人から見せてもらいたいとの問い合わせがもう何件も来ているんです。早駆け祭りでの宣伝効果は抜群だったみたいですね」
笑ってチョコを撫でるクーヘンは、本当に嬉しそうだ。
俺達は、並んでコーヒーを飲みながら、のんびりとそんな話をしていた。
「あ、そうだ。昨日ギルドに頼んでいたグラスランドチキンの肉、もらって来たんだけど、どうする? 誰か料理出来るならこのまま渡すし、そうじゃないなら、何か作って差し入れるけど?」
俺の言葉に、クーヘンだけでなく、その隣で食べていたマーサさんまでが同時に振り返った。
なにその同調率。怖いって。
「良いんですか。じゃあなんでも構いませんので、是非是非調理してください!」
目を輝かせて答えるクーヘンに頷き掛けた俺は、不意に思った。
「あれ? 義理のお姉さん、ネルケさんだっけ、彼女は料理はしないのか?」
なんとなく、料理上手なイメージだったんだが、違うんだろうか?
「いえ、もちろん義姉さんも料理は作りますよ。とても美味しいです。ですが台所は工事の真っ最中なんですよ。水を通してみて初めて分かったんですが、水場の下の段の水槽に大きなヒビが入って割れていて、調べてもらった結果、これを修理するのは無理だって事が分かり、一から水槽を作り直してもらっているんですよ。なので、当然水は止められていますから、まだ数日は、台所には入れないんですよ」
おお、水場の水槽が割れてたらそりゃあ無理だな。
「大変だな。じゃあ後で何か作って人数分差し入れてやるよ、クーヘンとマーサさん、それからお兄さん家族の四人分だな」
「そんなに良いんですか?」
目を見開くクーヘンに、俺は笑って肩を竦めた。
「だって、一緒に開店準備で働いているのに、二人だけ食べるって反則だろう?」
「ありがとうございます。皆も喜びます」
嬉しそうにそう言ったクーヘンの背中を叩き、俺達は立ち上がった。
「このまま店に行くのか?」
「ええ、兄達もその先の屋台で食べて居るはずですから、合流して一緒に店に戻ります。ケンは? 今日も狩りですか?」
「いや、今日は俺達も店に行くよ。ちょっと渡したい物があるんでな」
ハスフェルの声に、振り返ったクーヘンは笑顔で頷いた。
「了解です。では一緒にいきましょう」
その時思い出してクーヘンの肩を叩いた。
「なあ、レースの時に、あの馬鹿どもをテントで捕まえてくれたハスフェル達の友人なんだけど、あの後合流して、一緒に行動してるんだよ。それに今、彼らもギルドの宿泊所に泊まってるんだ。後で一緒に店の品物を見せてやっても構わないか? 信用出来る人物である事は保証するからさ」
「ケンがそう言ってくれるほどの方々なら大歓迎です。どうぞお連れください」
「ありがとうな。じゃあ行こうか」
「ええ、もうすっかり店らしくなりましたよ」
笑顔のクーヘンにそう言われて、俺も笑顔になるのだった。
人の店だけど、新規オープンに関われるって何だか楽しいぞ。
なんとなく嬉しくなった俺は、マックスの首を叩いて掻いてやりクーヘンの店に向かったのだった。