スライム集め
馬達の足の速さに合わせて、ゆっくりと林が点在するなだらかな草原を走って行く。
「曇りだと、あんまり暑くなくていいな」
「確かにそうね。カンカン照りだとお肌が焼けちゃうわ」
「曇りでも、紫外線は多いって聞くけどなあ」
シルヴァの言葉に俺が呟くと、美女コンビがものすごい勢いで振り返った。
「今なんて言ったの?」
「紫外線って何?」
マックスの両隣に二人が近寄ってきて、凄い食いつきっぷりだ。
「えっと……赤外線とか紫外線って考えは、この世界には無いのかな?」
「聞いた事ないわ」
首を振る二人を見て、俺は空を見上げる。
「ええと、この世界では虹って出る?」
「雨上がりとかに出る、七色の丸いあれ?」
シルヴァが腕で丸くアーチを描いてみせる。
「そうそう、ええとその虹の色って、赤、橙、黄色、緑、青、藍、紫の7色だよね?」
またしても、真剣に頷く二人。
「人間の目には見えないけれど、その赤の外側と、紫の外側にもあるんだよ。ずっと光は続いているんだ。だから、赤外線と紫外線って言葉になってる。そもそも色っていうのは、光の波長だって考えられていて、赤の外側の光は熱を伝える性質があったはず。それで、紫の外側にある光は、確か強いエネルギーを持っていて皮膚を焼いたりするんだ。だから俺のいた世界では、日焼け防止に紫外線を遮断するクリームなんかがあって、夏には、皆はそれを塗ってたね」
「何それ、欲しい!」
「ねえケン、作ってよ」
「ごめん。さすがにそれは、作り方を知りません」
悲鳴を上げて顔を覆う二人を見て、男性陣は苦笑いしている。
「今の身体は一時的なものなんだから、そこまで拘らなくても良かろう?」
オンハルトの爺さんの言葉に、二人は同時に顔を上げた。
「そういう問題じゃ無いの。常に綺麗に保つって事は、重要な問題なんだからね!」
「おおう、そりゃあすまんな」
ビビったオンハルトの爺さんの答えに、皆が小さく笑っている。
「この世界では、そういうのって無いのか?」
肩に座って話を聞いていたシャムエル様に質問する。
「なんとなく分かった気がするから、今度何か考えてみるよ。日焼け止めか。そんなの、考えた事もなかったや」
「だけど、よく考えたら俺は、この世界に来てから全く日に焼けてないぞ。毎日籠手を外して寝てるけど、色が変わってないもんな。この世界には、紫外線とかって無いのか?」
「どうだろうね? ケンのいた世界は、一番物質が安定していて色んな事が安定している世界だったからさ。そこを参考にしてこの世界を整えたんだよ。だから、基本的な作りは同じの筈だよ」
ほお、成る程、さっぱり分からん。
って事で、これも明後日も方向にまとめてぶん投げておこう。
そんな話をしながら走っていると、ハスフェルの乗るシリウスが不意に止まった。
「あの辺りがスライムの巣がある場所だ。行ってみるか?」
ハスフェルの指差す林の端っこに、背の高い細長い葉っぱが茂みになっている場所があった。うん、いかにもスライムが潜んでいそうな茂みだ。
「おう、了解。じゃあ、捕まえるとしますか」
全員が止まり、それぞれの従魔や馬から降りる。
「ええと、俺がテイムするから順番にな」
皆大人しく、少し離れたところで待っている。
それを見て頷いた俺は剣を鞘ごと外して手に持ち、ゆっくりと茂みに向かう。
剣の先でゆっくりと茂みを掻き分けていると、あちこちでガサガサと逃げる音がする。
「そこだな!」
茂みを叩くと、スライムが飛び出してきた。
「よっしゃー!」
叫んで、バットでボールを打つ時みたいにして思いっきりぶん殴る。
勢いよくヒットして、茂みに突っ込んでいった。
「何処ですか? スライムちゃん」
剣の先で茂みを掻き分けて探すと、ボールみたいに、草の隙間から足元に転がってきた。
左手で掴んで持ち上げる。
あれ。こいつ赤いぞ。
「俺の仲間になるか?」
目の高さまで持ってきて、言い聞かせるようにしてそう言う。
「はい、よろしくですー!」
子供みたいな可愛い声で答えた赤いスライムは、一気に輝きを増しバスケットボールよりも大きくなった。
「ええと、名前は?」
しかし皆キョトンとした顔で俺を見ているだけだ。
ええ、俺が考えるのか?
「じゃあ、お前の名前はアインス。よろしくな、だけどお前は凄い人の所に行くんだぞ。可愛がってもらえよ」
右手の手袋を外して、額に当てながらそう言ってやる。
「わーい、名前もらった!」
また光った後、一回り小さくなった赤いアインスは、嬉しそうに伸び上がって周りを見た。
「一番は誰?」
「はい!」
間髪入れずにシルヴァが手を上げた。
「じゃあこの子はシルヴァの子な。アインスだよ。よろしくな」
「おいで、アインスちゃん」
差し出した手に、スライムを乗せてやる。
「ご主人ですか?」
「そうよ。シルヴァっていうの、よろしくね」
「はーい、よろしくです、ご主人!」
また伸び上がったアインスがそう言って、シルヴァの腕の中でポヨンポヨンと伸びたり縮んだりしている。
「何これ、可愛いー!」
叫んだシルヴァがスライムを思いっきり抱きしめている。
う、う、羨ましくなんて無いやい!
視線を茂みに戻して、気分を変えるために大きく深呼吸をしてから、また茂みをかき分ける。
すぐに飛び出してきたスライムを、またしても思いっきりぶん殴ってやった。
捕まえた今度の子は綺麗な黄色だった。テイムした後、右手を額に当てて名前を決めてやる。
「お前の名前はツヴァイ。よろしくな。お前は凄い人のところへ行くんだぞ。可愛がってもらえよ。ええと、この子は誰の……うん、そうだね、はいどうぞ、名前はツヴァイだよ」
満面の笑みで両手を差し出すグレイに、スライムのツヴァイを渡してやる。
大喜びのグレイにツヴァイもテンションマックスで伸び縮みしている。で、またしても抱きしめられてる。
う、う、う、羨ましくなんて……。
まさか、スライムに嫉妬する日が来ようとは、人生何が起こるか分からんもんだなあ。
密かにため息を吐いた俺は、ちょっと遠い目になったよ。
その後、レオとエリゴール、オンハルトの爺さんにもそれぞれスライムをテイムしてやった。
名前は順番に、ドライ、フィア、フュンフ。まんまドイツ語で1、2、3、4、5だよ。
安直と言うなかれ。星の名前なんて、そんなに沢山知らないって。
ドライは薄紫、フィアは濃い青、フュンフは黄緑色。そこまで集めて気が付いた。一匹も同じ色がいないのだ。
ちなみに、クーヘンのドロップはオレンジ、ハスフェルのミストはグリーン、ギイのリゲルはやや薄い青だ。
「レインボースライムかよ」
さっきの話で出た色が、全部あるのに気付いて小さく吹き出した。
「七色揃えたら絶対可愛いわよね!お願い!」
その声を聞いたシルヴァとグレイが、二人揃って俺の前で手を握りしめて口元に当ててそんな事を言い出した。
何だよそれ。
そんな可愛い顔をしても……駄目だ。俺には断れない。
「そんなにスライムばっかり捕まえてどうするんだよ」
せめてもの抵抗に、現実的な事を突っ込んでみる。
「ええ、だって可愛いじゃない。ねえ」
「そうよね、確かに七色いたら絶対可愛いわ」
可愛い、それだけでスライムを七匹集めろって……。
男性陣が、それを聞いて笑いながらそれぞれのスライム達を並べる。アインスとツヴァイも横に並んだ。
あ、確かにこれは全色揃ったら可愛いかも……。
結局、全色その日には揃わず。街へ戻って肉を確保したら、また別の場所にスライム集めに出かける事になったよ。
まあ、良いけどね。
これがジャガーやサーバルを何匹も集めろって話だったら、絶対無理だって叫ぶけど、相手はスライムだもんな。俺でも簡単に捕まえられるからさ。
うん、まさかね。七色揃えたらあんな事になるなんて……。
その時の俺達は、そんな事とは露知らず、半分ほど集まったスライム達を皆で笑いながら撫でたり揉んだりして遊んでいたのだった。