テントの設置とクーヘンに渡すもの
「いっちば〜ん!」
目的の草原が見えた途端、全員揃って一気に走り出し、シャムエル様が、とんがったあの木まで!と叫んで、いきなり競争になった。
今回、一気に加速して一着で飛び込んだのはギイの乗るブラックラプトルのデネブだった。少し遅れて俺の乗るマックスとハスフェルの乗るシリウスが横並びで同着。
喜ぶギイを前に、俺達二人は従魔に突っ伏して悔しがっていた。
「ああ、これは悔しい。後でもうひと勝負しよう」
負け続きのハスフェルがそう言い、マックスの背から降りた俺は、小さく笑ってマックスの大きな頭に抱きついた。
「やっぱり負けたら悔しいな、一勝一敗。よし、次は勝つぞ」
「はい、頑張ります」
悔しそうにしながらも、尻尾をブンブン振り回すマックスにちょっと笑ったよ。
犬の尻尾は、笑えるくらい嘘をつけないな。
今夜はキャンプするので、ここにテントを張る。
手早く、サクラとアクアに手伝って貰いながらテントを張っていて思い出した。
「あ、修理をお願いしたテント。預けたままで引き取りに行ってないぞ」
隣で同じく大きなテントを張っていたハスフェルも、手を止めて振り返った。
「確かにそうだな。祭りが終わったら引き取りに行こうと思ってすっかり忘れていたよ。明日帰ったら忘れないうちに取りに行かないとな」
「だな、騒ぎ続きですっかり忘れていたよ」
反対側では、ギイもそう言って笑っている。
「そう言えば、テントの修理をお願いしたマシューさんだっけ? 確か一周に出るって言ってたよな。順位はどうだったんだろう?」
「それなら確か、四位だったはずだ。一周と二周は三位までしか表彰台に登れないからな。さぞ悔しがってるんじゃないか」
「そうだったんだ。あの馬鹿の弟分達に気を取られて全然見てなかったよ」
小さく笑ってそう言うと、ギイも笑って頷いていた。
「そう言えば、エルから聞いたんだが、あの馬鹿のその後の話、聞くか?」
「聞きたくないけど、聞かないと余計に気になりそうだな。じゃあ、テントを張り終わったら先にその話をするか」
アクアに最後の固定用の釘を打ち込んでもらい、立ち上がった俺は嫌そうに肩を竦めて振り返った。
苦笑いしている二人のテントも、すっかり出来上がっている。
「お待たせ。じゃあ、狩りに行ってきてくれていいぞ」
マックス達の鞍を外してやり、ニニの首も撫でる。
「順番はどうするんだ?」
「先に行ってきてくれて良いわよ」
テントの横の草地に寝転がりながら、ニニが顔を上げてそう言って大きな欠伸をする。
おお、凄え牙だな。
「じゃあ、先に行かせて貰いますね」
マックスの嬉しそうな声に、同じく鞍を外したシリウスとブラックラプトルのデネブが続く。ファルコとミニラプトルのプティラもそれぞれ翼を広げて上空へ舞い上がった。
マックスの背から降りた草食組は、勝手に草原へ出て行ってあちこち動き回っている。多分草を食べているんだろう。
猫族軍団は、それぞれ大きくなって気持ち良さそうに転がって寛いでいる。
「じゃあ俺達はテントにいるからな」
ニニに声を掛けてテントに入る。振り向きもせずに尻尾で返事されたよ。
それを見て、ハスフェルとギイも、俺の後に続いてテントに入って来た。
サクラに机と椅子を大小取り出してもらって、手早く組み立てる。
「それで、聞くよ。あの後どうなったって?」
アイスコーヒーのピッチャーを出してやりながら尋ねると、ハスフェルはこれ以上ないくらいの大きなため息を吐いた。
「まず、あの馬鹿共だが……逮捕されたぞ」
「逮捕? ええと、罪名は?」
「最初はお前の従魔達を襲った暴行の現行犯だけだったんだけど、調べたら、恐喝やら窃盗やら余罪が出るわ出るわらしいぞ。それと、もう一つの大問題が借金の踏み倒し。要するに、レースの賞金や広告宣伝費、支援者からの金を当てにして、かなりの金額を前借りしていたらしい。当然、今回は七位と八位だから賞金なんて出ない。銅貨の一枚も無い訳だ。そうなると、ここぞとばかりにそれを見た借金取りが押し掛けたらしい。彼らの家であるヴァーレ商会の別館は、昨日の祭りが終わってから大変な騒ぎだったらしいぞ」
「何だよそれ」
驚きのあまり、もうちょっとで用意したばかりのアイスコーヒーをこぼすところだったよ。
「何って言葉通りさ。元々彼を贔屓にしていた大手の商人がいたんだが、其奴が裏で、かなり目に余るような行為を色々とやらかしているらしい。軍が一斉に取り調べに入ったらしいぞ」
この世界では、軍が警察と消防の仕事もしてるって聞いた。要は治安維持と安全確保は全て軍の管轄だって事だ。
「ヴァーレ商会も、終わりだな」
ハスフェルの説明に、ギイが笑いながらそう言ってグラスを上げた。
「大掃除が出来て、喜んでる奴は多いんじゃないか?」
「そうだな。良いじゃないか。クーヘンが商売する街の大掃除が出来たんだからな」
平然とそう言ってる二人を見て、俺は小さくため息を吐いた。
「因果応報って言葉の意味を、あの馬鹿共は思い知った訳だな。せめて、己の行いを反省して更生してくれることを祈っておくよ」
「なんだ、随分と優しいんだな」
からかうようにハスフェルに言われて、俺は黙って首を振った。
「別に優しい訳じゃない。こっちの時間を割いて腹を立てるような価値もない奴だって思うだけだよ。なんて言ったらいいのか分からないけど、心底馬鹿だなって思うよ。いい歳した大人がさ」
「全くだ。同意しか無いよ」
ハスフェルの言葉にギイも無言で頷いていた。
それから俺達は、黙ってコーヒーを飲み後片付けをした。
「さてと、ジェムの整理はどうやってするかな。そもそも、これ、どうやってクーヘンに渡せば良いんだ? 俺も収納袋を買って、そこに入れれば良かったのかな?」
ジェムの在庫に何があるかは、アクアとサクラに聞けばわかるが、実際の品物をどうやって渡せば良いのか分からなかったのだ。
アクアとサクラを見ながら無意識にそう呟くと、ギイが俺の肩を叩いて何か取り出した。
地面に置かれたそれは、上面の一辺が60センチくらいの正方形、高さは1メートル半は余裕であるやや縦長の箱だった。手前側部分が二枚の扉になっていて、観音開きで開くようになっている。
そこを開くと、中は一番上が深さ10センチくらい、二段目と三段目が20センチ、そして四段目と五段目が50センチくらいのかなり深い、合計五段の引き出しになっていたのだ。
「へえ、外から見た形は食器棚かと思ったんだけど、作りを見ると大型の金庫みたいだな。でも中は引き出しなんだ」
後ろから眺めながら感心したように小さな声で呟くと、顔を上げたハスフェルが笑いながら頷いた。
「これは、五万倍の収納力を持つ『神からの贈り物』と呼ばれる特別製の金庫だよ。今回は、まずはここに入るだけジェムを入れて金庫ごとクーヘンに渡すつもりだ。この金庫の扉は、使用者を限定して使うことが出来る、なので、使用者以外だと、そもそも扉が開かない。金庫ごと移動出来ないように、俺の術を使って置く場所に固定も出来るんだ」
あまりの凄い数字に一瞬反応出来なかった。
だけど、冷静に考えて五万倍というとんでもない数字に、正直言って気が遠くなった。
「へえ、そりゃあ凄えな、それなら安心だな……はあ、今なんつった? 収納力が五万倍?」
……叫んだ俺は、間違ってないよな?