寝坊と真昼の情事?
翌朝、俺は久し振りに起こされずに目を覚ました。
ただし、窓の外はすっかり日が高くなっていたのだけれど、
「おはよう……あれ? 何でこんなに日が高いんだ?」
乗っかっていたニニの腹から起き出した俺は、大きな欠伸をしつつ窓の外を見て首を傾げた。
「おはよう。まあ、もう昼近いけどね」
ニニの頭に乗ったシャムエル様にそんな事を言われて、俺は慌てて立ち上がった。
「うわあ、もしかして起こしてくれてた? 全然気付かなかったよ。ハスフェル達はどうしたか知ってるか? 飯、食ってないんじゃないのか?」
水場へ行きながら慌てる俺を見て、シャムエル様は笑っている。
「二人ともお疲れみたいで、まだぐっすりだよ。どうする? そろそろ起こした方がいい?」
「あれれ、もしかして俺が一番早起き?」
「今の時間に起きるのを早起きと言うのならね」
大真面目なシャムエル様に、俺は堪えきれずにしゃがみ込んで笑った。
「じゃあ、顔洗ってくるから起こしてやってくれよ。ギルドに寄って狩りに行くなら、もうそろそろ飯食って出ないとな」
「了解、じゃあ行ってくるね」
手を振って消えるシャムエル様を見送り、俺は笑いながらとにかく顔を洗ってサクラに綺麗にしてもらった。
身支度を整えている間だけでも、スライム達を水桶に放り込んでおいてやる。
嬉しそうに水桶の底を動き回る肉球模様を見てから部屋に戻った俺は、まず自分の身支度を整えた。
すっかり手慣れた装備を順番に身につけて剣帯を装着する。
『おはよう。すっかり寝過ごしたよ。すぐそっちへ行くから何か食わせてくれ』
『おはよう。寝過ごしたみたいでびっくりしたよ。顔洗ったらそっちへ行くからな』
二人から慌てたような念話が届き、返事をする前に一方的に切れてしまった。
「あいつらでも寝過ごすんだ。へえ、面白い」
思わずそう呟いて小さく笑い、水場から出てきたスライム達を撫でてやった。
『おっはよー! やっと起きたわね。この寝坊助さん!』
その時突然、頭の中に賑やかな念話が届いて俺は飛び上がった。
「ええと、どちら様?」
思わず声に出して周りを必死で見回す。
『ケンったら酷い! また私達をのけ者にしてるしー!』
「ああ、その声はシルヴァだね」
脱力して椅子に座る。
『はーい、そうでーす。皆して起きるのを待ってたんだからね! それで、今日はどこへ行くの?』
ワクワクしてる顔が目に浮かぶような声で聞かれて、笑っちゃったよ。
「とにかく今から飯を食って、それからギルドに顔を出して、ついでにクーヘンの所にも顔を出してから従魔達の食事の為に狩りに行きます。俺たちは、外になるけどクーヘンの店に渡すジェムの整理をする予定です」
地下洞窟に行きたいとか言われたら大変なので、先に言っておく。
『何だあ、地下洞窟に行くんじゃないの?』
「それは全部の用事が済んで、街を出てからです!」
『残念。でも、せっかくだから私達も一緒に行くわ。じゃあ、街の外で合流しましょうね。それじゃあまた後でね』
言いたいことだけ言って、あっという間に気配は切れてしまった。
「何と言うか、フリーダム過ぎるよ、神様軍団」
「おはよう。気持ち良く寝過ごしたよ」
「全くだな。確かに気持ち良く寝過ごしたよ」
照れたように笑いながら、金銀コンビがアクアが開けた扉から入ってくる。
「おはよう。確かに、俺も気持ち良く寝過ごしたな」
顔を見合わせて笑い合い席に着く。
作り置きのサンドイッチを色々取り出して並べ、コーヒーもアイスとホットを出しておく。
俺はアイス。ハスフェルはホットでギイもアイスを取った。二人は朝からカツサンドとタマゴサンド、それからクラブハウスサンドを取った。相変わらず二人とも朝から食う量がおかしい。
シャムエル様がタマゴサンドを指差して飛び跳ねているので、タマゴサンドと半分に切ったベーグルサンドを取る。
いつもの小皿に、タマゴサンドとベーグルサンドをそれぞれ少しずつ切り分けてやり、盃にアイスコーヒーも入れてやる。
「あ、ベリー、果物は?」
自分の分を食べようとして思い出し、庭にいる揺らぎを見て声を掛けてやると、姿を現したベリーとフランマが部屋に入って来た。
「欲しい欲しい!」
飛び跳ねるフランマの声にベリーも頷いているので、いくつか箱ごと果物を出してやる。
「今日は、この後狩りに出掛けるけど、どうする?」
「もちろん付いて行きますよ」
にっこり笑ってそう言われて、笑って手を打ち合わせて席に戻った。
「タロンは? 鶏肉いるか?」
しかし、膝に乗って来たタロンは喉を鳴らしながら首を振った。
「皆と一緒に狩りに行かせてもらうから、今日は良いわ。ハイランドチキンを捌いたら貰うね」
「了解。今から俺は飯を食うから降りて下さい」
背中を撫でてやり、降りてもらう。
しかし、タロンはそのまま俺の足元に転がって、靴を枕に収まってしまった。
「食い終わるまでだぞ」
靴の先を少しだけ動かしてやると、前脚で押さえ付けられた。
「駄目、じっとしてなさい」
それを聞いたハスフェルとギイが、サンドイッチを食いながら器用に吹き出している。
二人揃って、慌ててコーヒーを飲み、口元を押さえて笑い出した。
「完全に下僕化してるぞ。おい」
「全くだな」
顔を見合わせて笑っている二人に、俺は目を瞬いた。
「え、そんなの当然だろう?」
その瞬間、二人揃ってまたしても吹き出した。
「お前、それは自慢気に言う事か?」
「ハスフェル、分かってないなあ。尽くす事の喜びってもんが世の中にはあるんだよ」
大真面目に答えてやり、今度は三人同時に吹き出した。
「いや、だって。こんな可愛い子に何かされたら、そりゃあ尽くすよなあ」
また膝に飛び上がって来たタロンを撫でてやりながらそう言うと、いきなり後ろからニニに頭突きされた。
「この浮気者〜!」
しかし、咎めるその声は笑っている。
「違う、これは浮気じゃない。全部俺の大事な家族だよ。あ、そう意味ではニニが最初の家族だな」
笑ってそう言い、大きな鼻先にキスしてやると、嬉しそうに大きな音で喉を鳴らし始めた。
「私も!」
「私も!」
「ああ、狡いです!私もー!」
ソレイユとフォールが叫んで俺の両脇に首を突っ込み、遅れてすっ飛んできたフランマが、行くところが無くて俺の足の間に頭を突っ込んで来た。
なに、このもふもふパラダイス猫団子状態は。
「な、皆大事な家族だもんな」
順番に頭を撫でてキスしてやる。
気が済んだようで、また足元にそれぞれ転がって身繕いを始めた。
タロンも何度か頬擦りしてから膝から降りてくれた。
「さて、なかなか食べられないぞ。腹が減ってるんだって」
そう言ってタマゴサンドにかぶりついた時、ハスフェルとギイが笑いながら顔を寄せて何か言っている。
「ハーレムだな」
「確かにあれは、紛う事なきハーレムだな」
「いやあ、羨ましい限りだな」
「モテモテだな」
「ただし、同族が一人もいないってのがなんだけどなあ」
「確かになあ」
そんな事を言いながら笑って頷き合っている二人を見て、俺は机の下で足を伸ばして脛を爪先で蹴ってやった。
無言で悶絶する二人を無視して、平然と残りのタマゴサンドを口に放り込んだ。
「タマゴサンドが一番人気なんだな。在庫が思ったより減ってるぞ。また作っとかないとな」
アイスコーヒーを飲みながら、そう呟くと、先に食べ終えてコーヒーを飲み終えたシャムエル様が慌てたように顔を上げた。
「ええ、タマゴサンドは切らしちゃ駄目です!」
「はいはい、後で追加を作っておくよ」
笑いながらシャムエル様を見て、俺はある事を思い出した。思わず言おうとして、残りのベーグルサンドを見つめる。
「うん、まずは食っちまおう」
そう呟いて、とりあえず残りのベーグルサンドを平らげた。
「なあ、シャムエル様。ちょっと話があるんだけど、今いいか?」
サンドイッチの残りを片付け、ホットコーヒーを少しだけマイカップに入れた俺は、机に座って食後の身繕いをしているシャムエル様に向き直った。
「え?どうしたの? 改まって」
不思議そうに俺を見るシャムエル様に、俺は顔を寄せた。
「レース中にさ、約束したよな? よもや忘れたとは言わせないぞ」
広げた両手を顔の横に上げてわぎわぎしながら、俺はニンマリと笑う。
「ええと、なんのことだかわかりません」
棒読みで目を逸らすシャムエル様を、わざとゆっくり伸ばした両手で捕まえる。
「神様に、二言は無いよな?」
「うう……言ったね。確かに約束したよ。さあどうぞ! 好きにもふりたまえ!」
「では遠慮無く!」
笑った俺は抱き上げたシャムエル様の腹にまず顔を埋め、心ゆくまでもふり倒した。
それから、俺の愛するもふもふの尻尾を、こちらも心ゆくまで撫でまくったよ。
「ああ、まって……そこは、駄目……」
尻尾の先を握りながら擽ってやると、足をピクピクさせながらシャムエル様が悶えている。
「約束だもんなあ。好きにして良いって。俺は遠慮しないぜ」
どこの悪役だよって台詞を笑いながら吐き、倍くらいのサイズになった尻尾を、気がすむまでもふり倒させてもらいました。
「まあ、こんなもんで勘弁してやろう」
笑いながら大満足で顔を上げると、シャムエル様は態とらしく机の上に倒れた。
「もう、ケンったら、凄いテクニシャンなんだから」
尻尾を立てて振り返って言ったその台詞に、俺達全員、堪える間も無く揃って吹き出し部屋は大爆笑になったのだった。