祝勝会と販売用のジェム
「いや、本当に申し訳ない。外部からの侵入には、今回は相当気を使っていたんですけれども、まさか本人が刃物を持ち出すとは。止めてくれた皆さんとニニちゃんに、心から感謝しますよ」
刃物を持ち出して従魔達を襲おうとしたあの馬鹿二人は、現行犯で警備兵に連行されていった。
かなりの時間が過ぎた頃、レオとエリゴール、そしてギイと一緒にエルさんがテントに戻って来て、開口一番そう言って深々と頭を下げた。
「もう帰っても良い?」
「一応、この後ホテルハンプールで祝賀会と慰労会が有るんだけど……」
ああ、まあ有るよな。あれだけ街中大騒ぎだったんだし。
「もしかして、俺達は……?」
「当然、主賓扱い」
うう、やっぱそうなるか。
「ご馳走は有る?」
「山程! 好きなだけ食べて下さい!」
断言するエルさんの顔には、お願いだから帰らないで!と書いてあるのが見える気がした。
「……了解、もうなんでも良いからここを出ましょう。俺は腹が減ったよ」
その答えにホッとしたように笑って、外で待っていた警備兵達を紹介してくれた。
テントの外は少し暗くなってきていて案外時間が経っていたんだと気付かされた。街の道路のあちこちには、そろそろ街灯が灯り始めている。
来た時とは違い、警備の職員ではなく警備兵達に付き添われて、俺達はホテルハンプールへ向かった。
当然だが外はまだまだものすごい人出で、従魔達に乗った俺達を見つけた人達が大騒ぎし始めて、完全に優勝パレード状態だったよ。
はい。またしても俺のメンタルはゴリゴリ削られました。もう多分、俺のライフは限りなくゼロに近いっす。
到着したホテルハンプールは、言ってみれば五つ星クラス。
外観も内装も、庶民には一生縁がなさそうなレベルの超セレブなホテルだったよ。
従魔達はどうするのかと思ったら、当然のように出て来た動物専門の係員に責任を持ってお預かりしますので、どうぞご安心を。と、満面の笑みで言われた。
若干、不安もあったがベリーとフランマが一緒に見ていてくれると言ってくれたので、ここは信じてお願いしたよ。
後で聞いたら、すっげえ綺麗な厩舎で、レースに出たマックス達四匹だけじゃなく、ニニを筆頭に小さい姿の猫族軍団、草食チームやスライム達に至るまで、全員にブラシと水浴び、そしてめっちゃ美味い生肉や茹でた肉、野菜、果物まで、山盛り用意してあったんだって。
俺達は、通された大広間のあまりの豪華さと料理の豪華さに、ただただ圧倒されていた。
根っからの庶民なもんで、慣れない場所に行くと落ち着かないんだよ。
しかし、ご馳走は確かに山程有ったのだが、次から次へとお祝いを言いに人々が押し寄せて来て律儀に対応していたら、前半は全く、全然、一口たりとも食べられませんでした……号泣。
本気で空腹のあまり倒れそうになった頃、やっと人が切れ始め、ようやく俺は食べ物にありつけたのだった。
その頃になると、料理も二巡目に突入していて、案外作りたての熱々を食べられたのはちょっと嬉しかったね。
「この生ハム、超美味え。買って帰りたいくらいに美味え」
「確かに美味い。良いじゃないか。頼んだらきっと売ってくれるぞ、生ハムなら塊で買って帰ろう」
俺が生ハムを食べながら美味い美味いと言ってたら、ハスフェルが真顔でそんな事を言い出した。
「それならこの燻製肉も頼むよ、俺はこっちが好きだな」
ギイまでが、横から真顔でそんな事言ってる。
だけど確かに良い案だ。資金は豊富にあるんだから、まあ、ダメ元で後で聞いてみよう。
そんな話をしながら、ハスフェルやギイと一緒に綺麗に並んだ肉料理を中心に好きなだけ取り、嬉々として食っていて振り返った。
クーヘンは、まだほとんど料理も食べられず、しかし嬉しそうに挨拶に来る人達と笑顔で話をしている、クーヘンの隣には、商人ギルドのギルドマスターのアルバンさんか、冒険者ギルドのギルドマスターのエルさんのどちらかが必ず付いている。
どうやら、流れの冒険者である俺達と違って、クーヘンは、この街に家を買ってこれから商売するって事を聞きつけたらしく、皆、彼の店の話を聞きたがっているようなのだ。
おかげで俺達は解放されてご馳走にありついている。
「これって考えたら、これ以上無いくらいのすごい宣伝効果だよな。早駆け祭りの花形、三周戦の個人四位、チーム戦一位! だもんな。そりゃあ、この街で商売するって聞いたら挨拶に行くって」
まだまだ並んでいる挨拶の人達を見て、苦笑いした俺は、生ハムを口に放り込んだ。
「ケン。申し訳ありませんが、ちょっとジェムをいくつか出してもらえますか?」
振り返ったクーヘンに突然そんな事を言われて、燻製肉を食っていた俺は無言で慌てた。
それはまずいって、スライム達は今ここにいません!
慌てる俺を見たハスフェルが、無言でいくつか取り出して渡してくれた。
「うう、ありがとう」
小さな声でお礼を言って、駆け寄って来たクーヘンにそれを渡す。
「ええと、これがブラウングラスホッパーのジェム、こっちはブラックディノニクス、トリケラトプス、の亜種……」
説明して気が遠くなった。
見本に出すなら、もうちょい大人しいジェムにしろよ、ハスフェル……。
「あ! なあ、これもあるぞ」
わざわざ聞こえるようにそう言ってハスフェルが取り出したのは、ティラノサウルスのジェムだ。そしてもう一つは、あの結晶化したダークグリーンオオサンショウウオのジェムだった。
なんて言うか、改めて見るとデカいなあ……。
「そ、それはまさか……」
クーヘンと話をしていた人達が、振り返ったきり声も無く俺達を見つめている。
「すごい! ここまで結晶化したジェムは始めて見ます。しかもこの大きさ! 素晴らしい……これは何処で手に入れたんですか?」
「いや待て。これは、こっ……こっちは絶対王者のティラノサウルスのジェム! まさか、まさかこれも売り物になさるのですか?」
さっき聞いてきた人とはまた別の人が、身を乗り出すようにして覗き込みながら、真顔で質問してきた。
「の、予定ですけれど?」
「ええ、販売リストに入る予定ですよ」
とんでも無い事を、わざと平然と答えるハスフェルとクーヘン。うわあ、役者だねえ。
横で感心して見ていると、尋ねたその人は目を輝かせて身を乗り出した。
「では開店なさると同時に店に走らせて頂きます。予約はさせて頂けるのでしょうか?」
真顔のその人の問いに、クーヘンは困ったようにアルバンさんを見た。
「もちろん可能ですよ。数は相当数ございますので、もしよろしければ一度店へお越しください。まだ内装工事中ですが、奥の商談室はもう使えますので入って頂けます。在庫のジェムは整理中ですが、出来ている所までのリストは見て頂けますよ」
「あ、それなら、欲しいジェムのリストを貰ってくれよ。多分、俺達が持ってるジェムで、ほぼ全部あると思うから」
「はあ? え、ちょっと待ってください。あの後、まだ増えたんですか?」
驚くクーヘンに、そう言えば神様軍団のおかげで倍増どころでは無く、更に増えたジェムの話をしていなかった事を思い出した。
「増えたよー。しかもとんでもない種類と数で。実は俺もまだ全部は把握してないんだ」
苦笑いしながら耳打ちしてやると、驚いたように顔を上げて俺を見るのでとりあえず笑って誤魔化した。
「分かりました。どうやらその口振りだと、恐らく種類と在庫数は相当の数が有るようですね」
「うん、多分だけど、無い物を探す方がまだ早いと思うよ」
「それはまた……豪快ですね」
「まあ、その辺りの事情も落ち着いたら話すよ」
「そうですね、こっちでも色々ありましたから」
顔を見合わせて、乾いた笑いをこぼす俺達だった。