走って走ってどうなった?
「さあ、皆様お待たせ致しました! 早駆け祭りの最後を飾る、三周戦です! 賭け券のご購入はお済みですか? 間も無く販売が終了致します。泣いても笑ってもこれが最後! 三周戦の勝者は誰になるのか? 間も無く始まります! 選手が出て来ますよ! スタートラインに注目ですよ〜!」
参加選手達が続々とここに集まってくる中、相変わらず絶好調の司会者の声が響く。
俺達の姿を見た会場からは、またしても大歓声が上がる。それだけで無く、あちこちから贔屓の選手や騎獣、騎馬の名を呼ぶ声が聞こえた。
マックスや俺の名前を呼んでくれている人達も相当数いて、実は俺とマックスのテンションはかなり上がったよ。
俺達が今いる場所は、スタート地点の内側部分。
あの馬鹿達以外はもう全員揃っている。
スタートラインに出るまで、ここで待つように言われて、俺達は大人しく待っていた。だけど、何だか待ってる時間が妙に長い気がする。
時計が無いので、後どれくらい待つのかも分からないけど、まあ、待ってればそのうち始まるだろう、くらいに俺達はのんびり考えていた。
だけど、後から聞いた話ではこれも奴らの策略だったらしく、開始時間が少し遅れていたにも関わらず、俺達四人にだけ何の案内も無く、しかも定刻通りに先にスタート地点に案内されたらしい。
案内係の係員を買収してたんだって。そんな事までして勝ちたいとは、みっともないし情けないよなあ。
結果として待ち時間があったので、何と無く観客を眺めていると頭の中にハスフェルの声が聞こえた。
『なあ、右を見てみろよ。クーヘンのお兄さん家族だろ。あれ』
ハスフェルの言葉に右を向くと、手書きと思しき旗を振り回している小柄な一団があった。隣にはマーサさんの姿も見える。
「頑張れクーヘン! それ行けクーヘン! 阻め十連勝! 絶対勝って! おお、こりゃあ凄いや」
流暢な文字で書かれた言葉を読んで感心したように呟くと、隣にいたクーヘンが恥ずかしそうに顔を覆った。
「あれが兄の家族ですよ。皆で手製の応援旗を持って来てくれるとは聞いてましたが、まさかのスタート地点真横とはね。って事は、ゴール地点ですよね。せめて恥ずかしくないレースを見せないとね」
「おう、頑張れ! 負けないけどな」
「私だって、負けるつもりは毛頭ありませんよ」
顔を見合わせた俺達は手を伸ばして拳をぶつける振りをした。さすがにマックスとチョコの上からでは手は届きませんでした。
ようやく時間になったようで、ギリギリになって最後にあの馬鹿達が拍手とブーイングの中を現れる。
そこでもう一度改めて参加選手と馬達の紹介があり、あの小っ恥ずかしい紹介をもう一度聞かされました。
頼むから、俺のメンタルこれ以上削るのやめてくれるか?
実はこのレース最大の敵は、あの馬鹿共じゃなくて司会者かもしれないって気になって来たよ。
大歓声は止む事がなく、もう、皆の興奮は最高潮に達していた。
そろそろ時間になったのか、係員が出て来てスタートラインに案内し始めた。
最初に俺達が呼ばれて並んだのは、スタートラインの書かれた道路の一番外側。内側とはかなり距離があるから、はっきり言って駆けっこでは非常に不利な位置だ。
そして、当然だがあの馬鹿二人は一番内側。
だけど、これは想定内だ。
エルさんからも聞いている。この位置決めは、申し込み順なんだって。
だからギリギリに参加申し込みをした俺達が一番最後尾な訳で、まあこうなって当然なのだ。
内側から、あの馬鹿達が俺達を得意げに見ている。
しかし、俺達全員平然としているのが気にくわないらしく、口を歪めてまた何やら俺達を罵って来た。
当然ガン無視。
まだなんか吠えててうるさいから、振り返った俺は鼻で笑って言ってやった。
「うるさいなあ。弱い犬ほど良く吠えるってな」
ちゃんと聞こえたみたいで二人が真っ赤になり、その隣にいたウッディさんは、堪えきれずに吹き出している。
「お、覚えてろよ!」
お約束の言葉を叫ぶあいつらを見て、俺達は顔を見合わせて態とらしく肩を竦めた。
「さあ、ついに時間となりました! 皆様、スタートラインにご注目を! 始まりますよ!」
一際大きな大歓声が響き渡る中、係員が手にした旗を振り上げる。スタートの準備をしろって合図だ。
それを見た全員が、前のめりになって身構えた。
俺も、体を低くして手綱をしっかりと握りしめた。
大興奮状態のマックスの尻尾は、背後を見なくても分かるくらいにブンブンと振り回されている。
絶対、砂埃が立ってるレベルだぞ。隣では、ハスフェルの乗るシリウスも似たような状態だった。
大きく息を吸った直後、ものすごい銅鑼の音が響き渡り、俺達は弾かれたようにスタートしたのだった。
昨夜、食事の後に四人で打ち合わせをした。
俺達の騎獣が本気で最初っから全力疾走したら、本当に秒殺レベルだって事は、外での駆けっこで証明された。
なので、最初の二周は俺達は先頭には行かず周りの速さに合わせて流して走る事にしたのだ。
まあ、見ている人達をハラハラさせるかもしれないけど、興行的には絶対そっちの方が楽しそうだ。
それで、最終周の三周目の半分を過ぎたら、其処からは好きにしようって事になった。
要するに、最後の半周が手加減無しの本気の全力疾走って訳だ。他の馬達は絶対について来られないレベルの速さになる事は確実。
そんな訳で、俺達がついたのは先頭集団からわずかに遅れた二番手集団だ。
ハスフェル、俺、ギイ、クーヘン。そしてウッディ教授が二番手集団に食らいついている。おお、やるじゃん。プロフェッサーウッディ!
それを見た司会者が、大喜びで叫んでいる。
「おおっと、スタートダッシュに失敗したのは魔獣達アーンド恐竜チームだ。どうしたどうした? 一番人気が泣くぞ! それとは違い。当然のように先頭を確保した常勝コンビ! これはもう順位決定か?」
「三周戦の一周目で順位が決まって堪るかよ」
笑った俺の呟きに、何故だかハスフェルとギイが吹き出した。
この大歓声の中でも聞こえてるのかよ、お前らの耳は!
「頑張れ頑張れ!私はケンが一番に賭けたんだからね」
突然現れて、マックスの頭に乗ったシャムエル様がそんな事を言う。
「おいおい、ペットの持ち込みは禁止じゃねえのかよ。そんなので失格になったらどうしてくれるんだ?」
笑いながら小さな声でそう言ってやると、シャムエル様は走るマックスの頭の上で器用に胸を張った。
「大丈夫だよ。今の私は、他の人達には見えてないからね」
「相変わらず、器用な事だな」
笑ってそう言うと、嬉しそうに目を細めて前を向いた。
「おお、そのもふもふ尻尾をもふりたい衝動に駆られるから、危険な尻尾は今見せないでください!」
手を伸ばしそうになるのを我慢しながらそう言ってやると、振り返ったシャムエル様は得意げに尻尾を振り回した。
「じゃあ、ケンが一番になったら、好きなだけもふらせてあげるよ。どう?」
「よっしゃ! その言葉、忘れるなよ!」
叫んだら、またしてもハスフェルとギイが吹き出してる。
べつに良いだろう? もふもふは俺の元気の素なんだからさ。
順位は膠着状態のまま二周目に突入する。本部前を通過した時には、またしても物凄い大歓声が沸き起こってた。
『しっかり頑張らんか!』
『お前さん達に賭けてるんだぞ!』
『そうよそうよ! 遊んでないで真剣に走りなさい!』
脳内に響いた神様達の声に、走りながら思わず俺達三人はまた吹き出した。
『全くあいつらは。これは興行なんだよ。大人しく応援してろ!』
ハスフェルの返す念話が聞こえて、もう一度俺は笑ったよ。全く、何やってるんだろうな。
そして、順位は変わらず三周目に突入した。少し速度が上がったが、然程の事は無い。
「大丈夫か? マックス」
声を掛けてやると、答える代わりにマックスが少し速度を上げる。
目に入って来たのは赤煉瓦で作られた大きな橋だ。本流のゴウル川から引きこまれた小さな水路が、街道沿いに流れているのだが、そこに掛かる綺麗なアーチ型の橋、通称赤橋が残り半周の目印なのだ。
「行くぞ!」
更に体を低くして、マックスに半ばしがみつく様にして伏せる。
ほぼ同時に、俺達四人が一気に加速した。
その時、先頭にいたのはあの馬鹿以外にあと二人。
その二人が突然集団から離れて横に広がった。つまり、俺達の進路を塞ぐ形だ。
しかも、その二頭はいきなり転んだのだ。
普通なら、全力疾走し掛けたところで突然目の前を走る奴が転んだら、当然後続はそこに突っ込んでぶち当たり大撃破……の予定だったんだろうが、残念ながら奴らの思惑通りにはいかなかった。
「ああっと、走る火の玉デュクロ選手と加速の王子レンベック選手揃って転倒。危ない!後続が突っ込む!」
転倒した連絡を受けたんだろう司会者の、悲鳴の様な解説が響き渡る。
外環の裏側まで声が聞こえてるって、すごい装置だな。
変な所に感心しながら、俺は必死でマックスにしがみついていた。
目の前で二人の選手が乗った馬達が転んだのを見た瞬間、俺達の従魔は一斉に同じ行動を取った。
つまり、即座に跳ねたのだ。
大跳躍だ。
誰一人、目の前で転んだ選手にも馬にも当たらず、大跳躍した俺達はあの馬鹿二人の前まで跳んだ。
当然だが、俺達は元から円のかなり外側を走っているから、内側ギリギリを走る奴らの進路妨害にはならない。
「後続は大丈夫か?」
後続組が心配でそう叫んだら、マックスの頭にいるシャムエル様が背後を見ながら教えてくれた。
「馬達はすぐに起きたよ。選手も自力で逃げたから大丈夫だね」
シャムエル様の答えにホッとして。手綱を握り直した。
もう、あの馬鹿達二人は遥か後方だ。
当然だよ、従魔と恐竜の全力疾走について来られる馬はいない。
「なんとなんと、ここで順位に変動だ。もの凄い跳躍を見せた従魔達アーンド恐竜達! ついに来た! 一番手は銀髪の戦神ハスフェルの乗るシリウス! その後ろには魔獣使いのケンとマーックス! そのすぐ背後を金髪の戦神ギイの乗るデネブが続く! 遅れずに、小さな戦士クライン族のクーヘンの乗るチョコレートも続いているぞ! どうしたどうした。大きく遅れたカスティの乗るストームと、ポルタの乗るサンダー! ここまでか! 十連勝は夢と消えるのか!」
「いけー!マックス!」
叫んだ俺にマックスが更に加速する。
「来たぞ来たぞ来たぞ ! さあ、一位は誰だ!」
当然、四人全員が一気に加速して、もつれ合うみたいにして塊のまま、ゴールラインと本部前を俺達はもの凄いスピードで一気に通過して行った。
何か叫んでる司会者の声が聞こえたが、周りを見る余裕はその時の俺には無かった。
ごめんよ。さすがにこの速さで急に止まるのは危険だって。
結局すぐに止まれなくて、かなり本部前からオーバーランしてようやく俺達は止まった。
「おお、やったね! おめでとう!」
マックスの頭に座って俺を見るシャムエル様に言われて、俺は自分の胸を見た。
いつもの見慣れた皮の胸当てを身に付けている。そこには、綺麗な緑色のラインがあった。マックスの鼻先も緑色に染まっている。
他の三人には何も無い。
ええと、これが付いてるって事は……??