二日目の朝
ぺしぺしぺし……。
ふみふみふみ……。
カリカリカリ……。
「うん、待って……おきるよ……」
半分寝ぼけながら無意識で答える。
ぺしぺしぺしぺし……。
ふみふみふみふみ……。
カリカリカリカリ……。
さっきよりも少し力が入ったカリカリの後、目を覚ました俺は、腕立ての要領で一気に起き上がった。
よし、今日はソレイユとフォールの肉食獣コンビの目覚ましは回避したぞ!
首元に、何やらフニャっとしたものが当たり振り返ると、レッドクロージャガーのフォールが、起き上がった俺に当たって吹っ飛んで転がったところだった。
本当に、コロンって感じで仰向けに転がったよ。
「あはは、ごめんごめん。大丈夫か?」
「ご主人! まだ私達が起こしてないのに起きちゃ駄目です!」
抱き起こしてやると、フォールが笑いながらそんな無茶振りをする。
「もう起きたもんなー!」
笑ってそう言うと、抱き上げた小さなフォールの腹に顔を埋めてやる。
「ニニやタロンほどじゃないけど、フォールももふもふ〜!」
遊んでいると、額を舐められて飛び上がった。
「痛い痛い!」
叫んで起き上がると、今度はソレイユが俺の顎に頭突きしてきた。
「そんな事する子は、おにぎりの刑」
笑って、捕まえたソレイユの顔を両手で握ってもふってやる。
ご機嫌で喉を鳴らす二匹だけでなく、見ていたタロンが俺の腕の間に乱入して来て、更には起き上がったニニまでもが大きな頭で俺に頭突きをして来たもんだから、勢い余って、俺は抱いていたソレイユごとベッドの向こうに転がった。
しかし、そこには巨大化したラパンとコニーのもふもふ兎コンビがいて、見事にベッドから落っこちた俺達を受け止めてくれた。
「ご主人確保ー!」
「かくほー!」
「おお、有難うな。今怪我でもしてレースに参加出来なかったら笑いものだぞ」
苦笑いしながら腹筋だけで体を起こす。
俺の頭の上には、いつの間にか飛んできたモモンガのアヴィもしがみ付いている。
「こらこら、爪を立てては駄目だぞっと」
アヴィを掴んで、こちらもおにぎりの刑に処する。
「きゃーごめんなさい助けてください」
棒読みで助けを求めるアヴィに、俺たちは揃って大笑いした。
「お前は朝から何をやってるんだ。全く」
不意に聞こえた呆れたような声に驚いて振り返ると、アクアが開けた扉からハスフェルとギイ、クーヘンの三人が、苦笑いしながら覗き込んでいたのだった。
「何度声をかけても返事が無いし、心配になってミストからアクアに連絡して開けてもらったんだぞ。念話で呼んでも返事が無かったし……」
「あはは、ごめんごめん。全然気付きませんでした」
誤魔化すように笑って立ち上がり、とにかく顔を洗いに水場へ向かった。
付いて来たサクラに綺麗にしてもらい、アクアと一緒に水槽に放り込んでやった。ミストとリゲル、ドロップも飛んできたので、一緒に水槽に放り込んでやる。ミニラプトル二匹とファルコも飛んで来て羽を広げてご機嫌で水浴びをしていた。
お前らも、水、好きだもんな。皆綺麗好きで、俺は嬉しいよ。
手早く身支度を整えて振り返ると、三人はもう椅子に座ってそれぞれ好きに寛いでいた。
「とりあえず、作り置きのサンドイッチで良いな」
適当に取り出して色々並べてやる。アイスコーヒーのピッチャーとミルク、ロックアイスも並べておき、自分用にはベーグルサンドを取り出しておく。ベリー達には果物を、タロンを含めた猫族軍団はまだ大丈夫だと言うので何も出さずに置いておき、水を飲みに行ってもらった。
シャムエル様には、ベーグルサンドとアイスコーヒーを、いつものお皿と盃に用意して渡す。
「なあ、昨日聞こうと思って忘れてたんだけどさ」
不意に思い出した俺は、口の中のものを飲み込んでからクーヘンの肩を叩いた。
「ええ、どうしたんですか?」
「自分の分の賭け券って、買ったか?」
「もちろんです。四人分、全員の単勝で買いましたよ。それからチーム戦もね」
「俺、まだ買ってない。俺も、四人分全員の単勝と、チーム戦も俺達2チーム分! 買いたい!」
「あ、確かに。あとで行こうと思っていたのに、すっかり忘れていたな」
「確かに、すっかり忘れてたな」
苦笑いするハスフェルとギイの言葉に、クーヘンは笑って胸を叩いた。
「じゃあ、食事が終わってから、私が変化の術で姿を変えて買いに行って来てあげます。ケンは、四人分全員の単勝と各チーム戦。ハスフェルとギイはどうしますか?」
結局、相談の結果、三人共買いたい内容は同じだったので、お金を預けてまとめてクーヘンに買いに行ってもらう事になった。
よし、これで初めての自分の名前の入った賭け券もゲットだぜ。
賭け券の束を抱えて帰って来てくれたクーヘンから、それぞれお願いした数を受け取り、そのあとは、なんとなくそのままダラダラと昼食まで過ごした。
嵐の前の静けさってやつだね。これは……。
冷しゃぶサラダが食べたいと言うハスフェルのリクエストで、昼は冷しゃぶサラダ、蒸し鶏添えになった。ソースは、料理人マギラスさん直伝の、青じそもどきドレッシングだ。
試しに作ってみたらめっちゃ美味しかったので、大量に作り置きしてある。
ヘルシーだけど、三人の食う量がおかしいので、色々と台無しにしてる気がするのは……俺だけだろうか?
並盛り、やや鶏肉多めの俺の皿を見て、ちょっと考えたのは内緒だ。
食後のお茶を飲んで休憩していると、エルさんが護衛の職員さん達と一緒に迎えに来た。早っ!
「じゃあ行くとするか」
またしても、全員揃ってゾロゾロと出て行くと、当然のように大歓声に出迎えられた。
このお祭り騒ぎも今日で終わりだ。
我慢我慢……。
マックスの背に乗って、本部まで、またしても大注目の中をしずしずと行進する羽目になった。
本部に到着した時には、俺だけでなく、ハスフェルやギイの口からもため息が出ていたから、あいつらもさすがに疲れてるみたいだ。
「レース開始前に迎えに来るから、休んでいてくれて良いよ」
エルさんはそう言っていなくなってしまった。
テントの前には、護衛担当の体格の良い職員さん達が、何人も立ってくれている。ご苦労様!
「さすがにこれだけ警戒していれば、あいつらも手出しは出来なかったみたいだな」
俺の言葉に、ハスフェルが苦笑いしている。
「レオ達から聞いたんだが、昨夜あいつらは泊まっている宿の一階にある居酒屋で大荒れ状態だったらしいぞ。俺達の事を口汚く罵って、怖いもの知らずにも程がある。土下座させてやるから楽しみにしてろと吠えていたそうだぞ」
「……ああ、確かにそんな話しだったよな。すっかり忘れていたよ」
あいつらと、初めて会った時の事を思い出して、遠い目になる俺だった。
「頼むぞ、万一にでも負けるなんて無いよな」
マックスの首を抱いてそう言ってやると、マックスは不満そうに尻尾をバンバンと地面に叩きつけた。
「ご主人、私の事を信じてないんですか? 私達が、あんなのに負けるわけ有りませんよ」
「あはは、だよな。そうだよな。頼りにしてるぞ。よろしくな」
もう一度改めてがっしりとした太い首に抱きつき、むくむくの毛並みを堪能したのだった。
「三周戦参加の皆様にお知らせします。そろそろご準備をお願いします」
職員さんの声が聞こえて、俺達も一斉に立ち上がった。
「勝っても負けても、恨みっこ無しだぞ」
「もちろん。負けても泣くなよ」
「絶対負けませんよ」
「おう、じゃあ展開は打ち合わせ通りでな。あとはその場の成り行きだな」
「ニニちゃん達の事は、私に任せてください。どうぞ、悔いの無いレースを」
ベリーの声に送られて、拳をぶつけ合った俺達は揃ってそれぞれの騎獣と一緒にテントの外に出て行った。
沸き上がる拍手と大歓声。
手を上げて応えながら、職員に先導されてスタート地点へ向かった。
さて、いよいよお祭り騒ぎの最後を飾る、一発勝負のレースの始まりだぞ!