お祭り騒ぎの始まり
「じゃあ、君達はここに座ってくれるかい」
エルさんに連れてこられた場所は、有料観覧席の真ん中上側、要するに一番良い席だ。なんとなく歩いて来た時の順でそのまま座ったから、ギイ、ハスフェル、俺の順だ。
「あいつらは? 見に来てないのか?」
客席で鉢合わせしたら嫌だな……と思って周りを見ながら心配して呟いたら、前列に座っていた二周レースの参加者達が教えてくれた。
「心配ないよ。あいつらは参加者紹介が終わった後は、レース直前まで一切表には出てこないからな」
その言葉に、その隣に座った人も笑って頷いている。
「そっか、それなら平和に観覧出来そうだな」
「全くだ」
横に並んだハスフェルと、のんびりとそんな話をしていると、反対側から肩を叩かれた。
驚いて振り返ると、空いていた隣の席に、ウッディさんが座って笑って手を振っている。
「その意見には、全面的に同意するな」
大真面目なウッディさんの言葉に俺達だけでなく、周りにいた人達までが吹き出して、皆で大笑いになった。
観覧席正面の、外環と街へと続く広い道との交差点に当たる広場が、祭りのメイン会場だ。
そこでは、曲芸団の人が全部で五人、直径1メートル以上はありそうな大玉に乗りながら見事なジャグリングをしている。会場の拍手を受けて、球に乗ったまま一礼して退場していくのを見ていると、ウッディさんが教えてくれた。
「最初の子供レースは、十人ずつ2レース。それぞれのレースで勝った子達に、盾と副賞のお菓子の詰め合わせが贈られるんだ。たかがお菓子と思うなかれ。有名菓子店の特製豪華詰め合わせだから、子供達はもう必死なんだよ」
「へえ、子供レースの景品は高級菓子なんだ。そりゃあ良いな」
そんな話をしながらのんびりと会場を眺めていると、観覧席の前の広い外環を挟んだ反対側に見える人混みの中に、何やら妙に目立つ三人組を発見した。
シルヴァとグレイの美女コンビの手には、何やらソフトクリームっぽい物があるのだが、飾られているクリームだかアイスだかの量がおかしい。
大盛り盛り盛りなんてレベルじゃない。
例えるなら、白いタワーだ。あれが倒れないのもある意味作り手のすごい技術だろう。手にした匙でそのタワーを崩さずに食べる二人は満面の笑みで、本当に楽しそうだ。
そんなシルヴァとグレイの横にいるのはオンハルトの爺さんだ。何と言うか……そう、完全に保護者状態。
彼女達を口説きたかったら、俺を倒してからにしろ!って感じで、視線だけで、彼女達の周りを囲んでいる男達を無言で威嚇している。
彼女達は、絶対気付いてるだろうに、そんなの全くこれっぽっちも気付いてません! とばかりにガン無視で、手にした白いタワーに夢中だ。
面白くなって見ていると、ハスフェルに膝を突かれた。
「まあ、そっとしておいてやれ。ああ見えて、オンハルトは世話好きなんだよ。彼女達も楽しんでるから、心配するな」
「いやあ、心配はしてないけど、面白そうだなって思ってさ」
「……確かに、面白そうだ」
苦笑いしてギイと二人して頷いている。
有料観覧席にいると言うレオとエリゴールは、見回してみたが残念ながら見つけられなかった。
そうこうしてる間に、一番最初のレースに参加する小さな子供達が、係員の人達と一緒に一斉に移動し始めた。
今座っている観覧席の正面から見て左側奥に、広い道全部を横切る大きな太いラインが見える。
「あの場所が、一周以上のレースはスタート地点であり、ゴールにもなる。それより短い半周以下のレースの場合は、スタートラインの場所が変わるんだよ」
「つまり、走る距離によって違う訳だな?」
「そうそう。まあ子供レースはスタートラインもすぐそこだよ」
確かに、観覧席から少し離れた場所に馬や犬と一緒に子供達が並んでいる。
「100メートルくらいか、いや、もうちょっとあるかな?」
子供だけで走るならもっと短いだろうけど、まあ馬やロバ、犬が走るのならそれぐらいは必要なんだろう。
しばらくすると、会場の騒めきが静かになって来た。
観覧席正面奥にある、先程俺達が紹介された舞台に、あの司会者が上がって来た。
「それでは皆様、お待たせ致しました! 早駆け祭り、最初のレースは、十歳以下の子供達による早駆けです。さて、今回の子供達は、どんな活躍を見せてくれるんでしょうか。どうか皆様、参加する子供達に温かい拍手をお願い致します」
司会者の大声が響き渡り、沸き起こる拍手の中を、最初のレースの子達がスタートラインに沿って一列に並ぶ。
それぞれ仔馬やロバや犬に乗り、身構えているのだが……一番端には、あの大きな猫を連れた子がいる。
彼女も一応、猫の背中に跨っているのだが、どう見ても両足は地面に付いているのだ。
しかし、会場からは笑いが起こっただけで誰もそれを咎めない。
「要は、レースが始まった時に跨ってりゃあ良いのさ。去年、それで彼女が猫と一緒に出て、拍手喝采を浴びたんだよ」
納得して見ていると、スタートラインの横に置かれた大きな銅鑼みたいなのが打ち鳴らされた。
大きな音が、会場中に響き渡った瞬間、ロバと仔馬に乗った子達が走り出した。とは言え、何と言うか……トコトコって擬音が聞こえて来そうな程度の速さだ。
「さあ始まりました! 最初の早駆け! 今回もニャンコと一緒に参加してるチサ選手は大丈夫でしょうか? さあ皆頑張れ! どの子も頑張れ!」
相変わらず、暑苦しい解説の司会者の声が響き渡る。
そして話題の猫に乗った彼女はと言うと、何と、猫と一緒に跨った体勢のまま走っているのだ。
しかも、猫は完全に『仕方がないなあ』って感じで、付き合ってくれてる感満載だ。
だけど、脚を開いたままの姿勢でなんて長く走れる訳もなく、当然蹴躓いた彼女は前に倒れる。しかし、猫は倒れ込んできた彼女を背中に乗せたまま、引きずるようにして平然と、速足くらいの速さでそのまま歩いている。
「ああっと、チサ選手転倒! しかし、猫のミーシャはそのまま平然と走ってるぞ。これは凄い。頑張れミーシャ!」
それを見た観客から笑いが起こる。
足を戻して跨るのをやめた彼女も、猫の隣を、少し屈むようにして猫の首にしがみついたまま、笑って一緒に走り始めた。猫は尻尾を立ててご機嫌だ。
それを見た会場が拍手と笑いに包まれる。
前を走っていた子も、仔馬からずり落ちたり、犬から落ちて置いていかれたりと、色々な事が起こっている。その度に暑苦しい解説が響き渡り、大歓声が沸き起こっていた。
「とにかく、自分で走ってもいいから、乗っていた動物と一緒じゃないとゴールにならないんだ。だから、落ちて置いていかれたら大変なんだよ」
ウッディさんの解説に、納得して笑って頷く。
目の前では、落馬した後起き上がって泣きながらロバや仔馬を追って走る子。転がったまま自分の相棒の仔馬や犬を必死で呼ぶ子など、はっきり言ってもうカオス状態。
やっと、仔馬に乗った先頭の子がゴールして拍手が起こる。
猫と少女のコンビはまだ頑張っている。
女の子の方は、ロバから落ちて転がって泣いている男の子の横を避けて走り抜け、猫の方は、その泣いている男の子を踏み越えてそのまま真っ直ぐに走ってようやくゴールした。
「ああ、猫に踏まれたのはグラシュ選手だ、大丈夫か?これは地味に痛い攻撃です」
その解説に、また笑いが起こる。
ゴールして当然のように止まった猫は、その場で大きく伸びをしていて、それを見た客席から一際大きな拍手と笑いが起こる。
係員が駆け寄り、途中で転がったまま泣いている子を回収して、ようやく最初のレースが終わった。
なんと言う長閑なレース。これはあれだ、幼稚園の運動会の駆けっこ状態に近いな。
次のレースでは、開始早々嫌がって走らない犬を、必死で引っ張りながら一緒にゴールした子に大きな拍手が贈られていた。
『あの猫、ただの猫なのにすごく賢いね。驚いた。あんな子もいるんだ』
念話で届いたシャムエル様の言葉に、思わず俺の肩に座っているシャムエル様を振り返った。
『てっきり誰かのテイムした従魔なのかと思ってたんだけど、本当に猫なんだ、あれ』
側から見たら、ペットのリスに話し掛ける変な奴になりそうだったので、念話で聞き返す。
『猫だね。紛う事無き猫だね』
『へえ、そりゃあ凄い。第一、猫がこの大歓声の中で平然としてるだけでも凄いよな』
感心して、ゴール地点で笑顔で猫を抱いている彼女を見た。
早速表彰式が始まり、一位から三位までの子達が壇上にあがる。大歓声の中、盾と大きなお菓子の箱を貰って、皆満面の笑みになっていた。
舞台には上がらないけど、一番にならなかった子達にも小さな袋が渡されているから、完走すれば何か貰えるのだろう。
小さな袋と猫を抱えた女の子が、舞台から降りて来た子達と一緒に奥に下がるのを見送った。
『あ、彼女にはテイマーの素質があるね。猫は懐いてるだけだけど、多分、彼女が大きくなったら良いテイマーになりそうだね。うん、これは将来が楽しみだね』
「へえ、それは凄いな。テイマー仲間が増えるのは大歓迎だよ」
思わず口に出してそう答えてしまい、慌てて誤魔化すように咳をした。
次のレースは年長の子達だから、確かに先程とは速さが違った。
参加している子達には体格にかなりの差はあるが、馬に乗って仕舞えば関係ない。一気にレースらしくなり、全部で3戦あったのだがどれも大いに盛り上がっていた。
そして噂の混合戦と呼ばれる半周のレースだ。これは、解説によると何と全員一緒に走るらしい。
「ここからはスタート地点は見られないんだが、毎年そっちを見てる奴によると、笑いが絶えないらしい。それを見たいがために、裏側に場所取りする奴らもいるんだぞ」
ウッディさんの言葉に、俺はちょっと考えた。
「混合戦って、確か年配の人とか、かなりふくよかな人とかもいたよな。しかも中型犬くらいのを連れた人もいたし……」
「さっきの猫を連れた子と一緒さ。最初は跨ってスタートして、途中からは犬と一緒に走るんだよ。ところが毎年、これが皆早くてね。まあ見てな。ちなみに、走ってゴールする奴らは駆けっこ組って呼ばれてるぞ」
あ、やっぱり駆けっこなんだ
笑っていると、大歓声が聞こえてきて、馬に乗った団体が駆けてくるのが見えた。
「おお、さすがに速いな」
感心して見ていると、団体は塊のままもつれ合うようにして一気にゴールした。
「なあ、あれって……誰が一番とか見えるのか?」
「大丈夫だ。風の術を使えるやつの中に、順位が確認出来る術師がいるんだって。面白いぞ。色の付いた風をゴール地点に送り、最初にそれを切った奴の身体や乗っている馬の身体に色が付くんだ。それで確認するんだよ」
シャムエル様を見ると頷いているので、それで分かるみたいだ。へえ、面白い。
しばらく間があって、犬を連れた駆けっこ組の先頭集団が雪崩れ込んできた。これは体格の良い人達が中心で、案外年配の人もいる。聞いていた通り、確かに速い!
まあそうだな。半周って事は三キロ弱。マラソンに比べたら全然短い距離だもんな。
ちょっと毎日頑張って走ってる人にすれば、これは良い距離だろう。それからまたしばらくして、最後尾の団体がまた駆け込んできた。こちらはまあよく頑張ったね、って感じだ。
だけど皆笑顔で、一緒に走った犬達を撫でたり抱っこしたりしている。お互いを労っているのを見ると、どうやら犬飼い仲間のお祭りみたいだ。
成る程、まとめて一緒に走ってるけど、これはある意味、3レース同時開催状態なんだな。
舞台で表彰されるのは、確かに最初の人達だけだけど、それが終わった後で、舞台の前では、犬仲間達による、題して勝手に表彰式が開始されていて、会場は笑いに包まれていたのだった。
こちらは、飼い主と犬の両方に花冠が贈られていたよ。