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テントの中での一幕

「はあ、とんでもない目にあったよ。なにあの紹介。盛り過ぎだよ」

 ようやく大歓声の響き渡る舞台から降りる事が出来て、俺は心底ホッとしていた。

「まあ、これは文字通りのお祭り騒ぎだからな。多少は大目に見てやれ」

 振り返ったハスフェルにからかうようにそう言われて、俺は腹の底から大きなため息を吐いた。

「ちょっと、走ってみたかっただけなんだけどなあ」

「まだそんな事言ってるのか。あの狂乱ぶりを見たろう? ビビってるんじゃねえよ。明日は、奴らをもっと喜ばせてやるぞ」

「おう! やってやるぜ」

 ギイにそう言われて拳をぶつけ合った俺達は、一旦テントに戻ろうとした。

「あ、私はマーサさん達のところに顔を出してから戻りますので、先にテントに戻っていてください」

 そう言ったクーヘンが、積み上がった箱の陰に身を隠し、一瞬で人間のおっさんの姿になって出てきた。

「チョコは、皆と一緒にテントに戻っててくれよな」

 人の姿に変わったクーヘンは、そう言って手綱を俺に渡しチョコの鼻先をそっと撫でると、そのまま一人で本部を出て行ってしまった。

 だけど、誰も彼を見ない。相変わらず凄えな、クーヘンの変化の術。




「ああ、おかえり。大騒ぎだったみたいだな。それぞれの名紹介、中々笑わせてもらったよ」

 チョコの手綱も一緒に握り、一旦テントに戻って来た。

 すると驚いた事に、テントの中では小人のシュレムが机に座って手を振っていたのだ。

「おお、来ていたのか。皆は?」

 それを見て、当然のようにハスフェルがそう言う。

 まあ、一瞬で消えたりまた現れたりする奴だからね。どうやって入ったのかなんて、聞くのも野暮なんだろう。

「有料観客席に座ってる奴らと、屋台巡りをしてる奴らがいるよ」

「うわあ、俺も行きたい! 屋台巡り」

 シュレムの言葉に、俺は思わず叫んだ。

「きっとそう言うだろうと思って、買い出し組から其方達に差し入れだ。安全は確認してあるから安心しろ」

 そう言って、どこからともなく何枚ものお皿が取り出されて机に並んだ。

 どのお皿にも、串焼きやお好み焼きみたいなのが山盛りになってる。

 これ、絶対あいつらの食う量が基準だ。全体に買って来ている量がおかしい。

 普通は、差し入れって串一本ずつ程度で良いんじゃないだろうか?


 シュレムは山盛りの料理を前に遠い目になる俺に構わず、嬉々として取り出した料理の説明を始めた。


「こっちから、牛肉の串焼きの塩味、甘辛味、スパイス味、塩レモン味。こっちが鶏肉の串焼きの塩味と、甘辛焼き、鶏団子。川魚の串焼き。豚肉の薄焼き。揚げ芋。ホットドッグ。ええと……あとは何だったかな? ああそうだ、焼きおにぎりの、味噌味と醤油。もろこしの醤油焼き。あと、甘いのもあるけど、今出すか?」

 あっけに取られて固まっていたのは俺だけだったみたいで、ハスフェル達三人は大喜びで串を手に食べ始めた。

「もう、昼飯分は充分あるぞこれ」

 鶏肉の塩焼きを手にした俺は、苦笑いしながら遠慮なくかぶりついた。うん、予想に違わず美味い。



 アイスコーヒーとアイスティを出してやり、しばらく俺達は差し入れの料理の数々に舌鼓を打った。

 食べ終わる少し前に、テントの外から声がして、エルさんが顔を出した。

「昼の食事はどうする……って、もう食べてるのか。おいおい、それは屋台の料理じゃないか、どうやって買って来たんだ?」

「ああ、俺の知り合いが差し入れしてくれたよ」

 何でもない事のようにハスフェルがそう言い、ギイも笑って頷いている。

 ちなみに、エルさんが顔を出した瞬間に、机に座っていたシュレムの姿は一瞬で消えてしまった。

「知り合いが、差し入れ? どうやって?」

 明らかに不審そうなエルさんに、ハスフェルは平然と頷いた。

「まあ色々出来るやつだから、気にしないでくれ。大丈夫だよ」

「そうなのかい? まあ君がそう言うのなら大丈夫なんだろうけどね。ああ午後からはどうする? ここで休んでいるならそれでも良いし、レースを観覧するなら特別観覧席に案内するよ」

「お前らはどうするんだ? 俺はそもそも早駆け祭りを見た事が無いから、是非とも観覧席で見てみたいぞ」

 ハスフェルとギイは顔を見合わせて二人揃って手を上げた。

「俺も行く」

「俺も俺も」

「クーヘンはどうするんだろうな?」

「ああ、彼なら今日は、マーサさん達と一緒に観覧席を確保してるよ。じゃあ、三人分で頼んでおくよ。食べたら、出てきて本部に声をかけてくれれば案内するからね」

 そう言って、忙しそうにエルさんはテントから出て行った。

「今回の主催が冒険者ギルドだって言ってたからな、そりゃあ奴も忙しかろう」

 串焼きを食べながら、ハスフェルがそう言って笑っている。机の上には、いつの間にか小人のシュレムが戻っていた。




 思った以上に沢山あったので、残りの串焼きの中で多く残ってるのをサクラの中に入れて、クーヘン用には、色んな種類を全部まとめて山盛り残しておいてやった。

 しばらくすると、人間の姿のままのクーヘンが戻って来た。

 両手に屋台のクレープみたいに折りたたんで中にクリームが入ったのと、一口カステラみたいなのを手提げの籠に入れて幾つも持って来てくれた。

「これは差し入れです……おやおや、出遅れたみたいですね。どなたか持って来てくれたんですか?」

 机に置かれた山盛りのお皿を見て、苦笑いしながら俺を見るので、笑って頷いた俺は、ハスフェルを見た。

「ああ、彼の友達が山盛り差し入れしてくれたんだ。これはクーヘン用に置いてあったんだけど、もしかして何か食べて来たのか?」

 俺の質問に、椅子に座りながら籠を渡してくれた。

「ええ、皆で屋台で少し食べてきました。広場ではもう軽業師の曲芸が始まってますよ」

「じゃあこれは一旦片付けておくよ。俺達は観覧席へ行くけど、クーヘンはどうする? ってか、よくその姿で本部に入れたな」

 山盛りのお皿を下げながらそう聞くと、クーヘンは得意気に胸を張って懐から何かのカードを取り出した。

「一応、商人ギルドの関係者カードを頂いたので、本部にはそれが有れば入れるんです」

「今回は、冒険者ギルドが主催だって言ったろう。商人ギルドと船舶ギルドは協賛って形で手伝ってくれてるんだ。持ち回りの良さだな」

 ハスフェルの説明に納得した俺は、残してあったお皿を、足元に来てくれたサクラにこっそり飲み込んでもらった。


「私はマーサさん達と一緒に今日はこの姿で観覧席にいます。ケン、一番最初の子供レースと、大人組の一番最初の混合戦ってのが面白いですよ」

 そう言ったクーヘンが手を振って出て行くのを見送り、俺は床で転がって寝ているニニを振り返った。

「じゃあすまないけど、また留守番しててくれよな。俺達はレース観戦に行ってくるよ」

「行ってらっしゃい。私達はここでのんびりお昼寝してるわ」

「そう言えば、お前ら腹は減ってないのか?」

 考えたら丸二日も狩りに行かせていない。明日も駄目なんだから、大丈夫だろうか心配になってきた。

「大丈夫よ、ご主人を見習って、お弁当を確保してるから」

 ニニの得意げな言葉に、俺は耳を疑った。

「はああ? 弁当なんか、いつの間に、いったい誰に作ってもらったんだよ?」


 思わず叫んだ俺は……間違ってないよな?


「まさか、いくつか獲物を捕まえてアクアに預けてあるの」

「それなら、お腹が空いても大丈夫でしょ」

 得意げなニニとソレイユの言葉に、遠い目になったよ。


 まあそうだよな。

 基本、イヌ科は雑食だけど、ネコ科は完全に肉食だもんな。ラプトルも……肉食だよな。つまり、獲物って事は、そう言う事だよな。


「私達が綺麗にするから、テントの中でも大丈夫だよー!」

 獲物って言葉の意味を理解して止めようとしたら、アクアとサクラに先手を打たれた。

「頼むから、完璧に、跡形も無く綺麗にしてくれよな。テントに戻って来たら、どこの殺人現場だよ! ってのは勘弁してくれよな」

「まかせてー!」

「私達も出来るからねー!」

 ミストとリゲルまで、揃って得意げに伸び上がって言うもんだから、諦めた俺は順番にスライム達を撫でてやった。

「じゃあ、お願いだから、あいつら用の弁当を食った後は、匂いまで残さず綺麗にな」

「ああ、匂いは盲点でしたね。了解です、それは私がなんとかしますよ」

 突然、ベリーに話しかけられて、俺は慌ててテントの奥を見た。

 揺らぎが二つ、並んで手を振っているみたいに揺らいでいる。

「うわあ、言っといて良かった。戻って来たら血の匂いプンプンも絶対やだもんな」

 俺の言葉に、横にいたハスフェルとギイが吹き出した。


「なに、あいつら、獲物を持って帰ってきてるのか?」

「みたいだね。弁当なんだってさ」

 弁当の言葉に、また二人は笑っていた。


「じゃあ行くとするか」

 立ち上がったハスフェルの言葉に、俺とギイも立ち上がった。

「いってらっしゃーい」

 従魔達の声に見送られて、俺達はテントから出て本部に声を掛けて、人混みをかき分けるようにして、エルさんの案内で特別観覧席に向かったのだった。


 さあて、どんなレースになるのか、楽しみだなっと。

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