紋章付与の申込と母親の登場
「ほら、いい加減にしなさい」
いつまでも大はしゃぎで従魔達と戯れている子供達を見て、苦笑いしたザックさんがそう言って笑う。
ゆっくりと歩いて自分の馬のところまで行ったザックさんが、馬の背に乗せた大きな袋から顔を出すホーンラビット達をチラリと見てから、娘さん達を振り返った。
「やっぱり渡すなら紋章を付与した後の方がいいな。それより、マーサは何処へ行ったんだ? 一緒じゃないのか?」
最初はごく小さな声でつぶやいたザックさんが、娘さん達を見ながらそう尋ねる。
「お母さんは、夕飯のお買い物に行ったよ」
「私達は、お父さんが帰ってくるかもしれないからここで待っていたの!」
「ちゃんと良い子で待っていたんだよ!」
「そうか。じゃあ、マーサもすぐに戻ってくるな」
「お、お母さんってマーサさんなんだ」
笑って頷き合うザックさん親子を見つつ、その会話を聞いていて思わずそう呟いてしまう。
ちょっと、ハンプールの街にいる元冒険者のマーサさんの笑顔が見えた気がしたよ。
「ああ、娘達のせいで時間を取ってしまってすみません。ちょっと紋章付与の申し込みをして来るのでここで待っていていただけますか」
「了解です。ああ、お嬢さん達は置いて行ってくださって大丈夫ですよ。俺達と従魔達が見ていますから」
一緒に連れて行こうとしたザックさんに笑ってそう言うと、ザックさんが返事をするより先に歓声を上げたお嬢さん達が揃ってこっちに走ってきた。
当然のように従魔達が彼女達を取り囲んで、ここでふれあいタイム第二弾が始まる。
「申し訳ありません。では、よろしくお願いします」
一瞬何か言いかけたザックさんだったけど、俺が笑顔で大きく頷いてやると、小さく笑ってからそう言って深々と一礼した。
それからギルドマスター達と一緒に神殿の中へ足早に入って行った。
「どうなんだ? こういう場合って、すぐには付与してもらえないのか?」
そのあたりの常識がまだいまいち理解出来ていない俺は、少し考えてからハスフェル達を振り返った。
「どうだろうな。ここの神殿には結構な人数の神官がいたはずだから、後日改めてって事はないと思うぞ」
「だが、三人同時だからな。紋章付与の準備に時間がかかる可能性はあるな」
「ああ、あのハンコみたいなやつね。確かにあれを作るのは大変そうだ」
最後は小さく呟いて、扉が開いたままの神殿を見る。
あれをどうやって作っているのかは全く分からないけど、確かに簡単な事ではないだろう。多分。
「ええ、あれを作るのはそれほど大変な事じゃあないよ。ちゃんと日々真面目に祈ってくれていれば、すぐに出来る程度だよ。まあ不真面目に日々を過ごしていた場合には、ちょっと色々と苦労するけどね」
マックスの頭の上で尻尾のお手入れをしていたシャムエル様が、俺の呟きが聞こえたみたいで笑いながらそう教えてくれる。
「へえ、そうなんだ。あれを作るには日々の信仰心みたいなのが必要なのか」
小さな声でそう呟くと、笑ったシャムエル様がマックスの頭をそっと撫でてくれた。
「具体的な数値があるわけじゃあないけど、ケンに分かりやすく言うなら、日々のお祈りやお務めを真面目にしていると信仰心ポイントが貯まる。みたいな感じかな。それで、あれを作るにはそれなりのポイントが必要なんだよね。だから、適当だったり不真面目に日々を過ごしている聖職者達は、その手持ちのポイントが少ないわけ。そうなると、作る際にポイントが足りなくて失敗しちゃったり、不完全なものが出来たりするんだ。当然、そういう場合にはちゃんとしたものにならないからね。あ、失敗したらポイントは元に戻るよ。で、足りない分は前払いみたいな感じで二度目の制作の際に補填されるわけ」
「へえ、二度目に補填はしてくれるんだ」
驚いてそう聞くと、何故かシャムエル様はにんまりと笑った。
あ、その笑みかなり黒いですよ……。
「言ったでしょう。前払いだって。その場合は、後日何がなんでも真面目に務めないと駄目な展開になるように設定してあるの。例えば、人目のある場所の担当が回ってきたり、場合によっては、ずっと何日も祈っていないといけないような担当が回ってきたりね。それでも真面目にしない場合には、神託を下ろす事もあるよ」
「神託を下ろされたら、聖職者としては逆らえないよね。ご苦労様です」
笑ってもふもふの尻尾をこっそり突っついたら、空気に殴られて吹っ飛ばされたのだった。解せぬ!
「お待たせしました。準備に二刻程かかるとの事なので、どうしますか?」
しばらく待っていると、ザックさん達が戻ってきた。
二刻って事は二時間くらいか。
まだ日暮れには早い時間だけど、二時間後にはそろそろ暗くなっているだろう。
この街の治安が分からないけど、日が暮れた後にまで、未成年の女の子達を外に出したままでも大丈夫なんだろうか? まあ、父親が一緒だから大丈夫だとは思うけどさ。
「それなら、一旦冒険者ギルドへ行こうか。なんなら会議室を開けるからそっちで待っているといい。ああ、丁度マーサさんも戻ってきたみたいだな」
笑ったヴォイスさんの言葉に振り返ると、俺達から少し離れたところに背の高い女性が鞄を抱えたまま目を見開いてこっちを凝視していた。
あの人がザックさんの奥さんらしい。そりゃあまあ、自分の娘達が有り得ないくらいにデカい従魔に抱きついたり背中に乗ったりしていたら、ああなるのも当然だろう。
「マーサ。買い物は済んだのか?」
平然と話しかけるザックさんの声に、ようやく我に返ったらしいその女性が慌てたようにザックさんのところへ駆け寄ってくる。
「ねえ、あの魔獣達は何? あの子達、大丈夫なの?」
ザックさんの腕を掴んだその叫ぶような言葉に、娘さん達が揃って顔を上げる。
「お母さん、おかえり〜〜ねえ見て。すっごくふわふわなんだよ」
「すっごく可愛いの。ほら、お母さんも触ってみてよ」
「この子はニニちゃんって名前なんだよ」
お母さんの驚きなど気にせず、無邪気に笑うお嬢さん達。
「大丈夫だから安心しろ。あの従魔達は、全てこちらのケンさんの従魔なんだ。ハンプールの英雄の噂は、お前も知っているだろう?」
笑ったザックさんの言葉に目を見開いた奥さんは、音がしそうな凄い勢いでこっちを振り返ると、慌てたように俺に向き直って右手を差し出してきた。
「初めまして、マーサと申します。ザックの妻で元冒険者です。ハンプールの英雄にお会い出来て光栄です!」
「あ、ああ。初めまして、ケンと申します。まあ、今回は負けましたのでもう英雄ってわけではありませんけどね」
誤魔化すように笑いながらそう言って握手をしたんだけど、キラッキラの目に見つめられて、ちょっと居心地が悪かったのは内緒だ。
2026年3月12日、アース・スターコミックス様より発売となりました。
「もふもふとむくむくと異世界漂流生活〜おいしいごはん、かみさま、かぞく付き〜」第六巻です。
いよいよ、早駆け祭りが始まります!
そして、お祭りの後のあれやこれやからクーヘンのお店が開店まで。
怒涛の展開な第六巻を、どうぞよろしくお願いします!
2026年2月13日、アース・スターノベル様より発売となりました「もふもふとむくむくと異世界漂流生活」十三巻の表紙です。
もちろん今回も、れんた様が最高に可愛いくて素敵な表紙と挿絵を描いてくださいました!
冬のバイゼンでの冬祭り、スライムトランポリンでまたしても大騒ぎです!
どうぞよろしくお願いしますm(_ _)m




