祭りの始まり
テントから出た途端湧き上がった物凄い大歓声にビビった俺は、思わず隣にいたハスフェルのぶっとい腕にしがみついた。
「野郎をぶら下げて歩く趣味はないんだけどなあ」
振り払われる事は無かったが、頭上から笑みを含んだ声でそう言われて我に返った俺は、誤魔化すように笑ってしがみついていた手を離した。
俺達が連れていかれたのは、本部の前にある一段高くなった舞台みたいな広い場所で、頭上には色とりどりの三角になった旗が付いたロープが張られている。
遠くからブラスバンドみたいな音楽もひっきりなしに聞こえているので、もうすっかりお祭り気分だ。
「へえ、ここでは祭りの時に飾るのは、提灯じゃなくて旗なんだ」
小さく呟いた俺は、自分で言った言葉に可笑しくなった。
石造りの重厚なヨーロッパの街並みみたいなこの世界で、提灯がぶら下がってたらめっちゃ違和感あるだろうな。
「なに? どうしたの?」
当然のように俺の右肩に座ったシャムエル様にそう言われて、俺は小さく笑って首を振った。
「何でもない、ちょっと思い出し笑い」
「変なの」
笑ったシャムエル様に頬を叩かれて、もう一度笑った俺は、シャムエル様のもふもふ尻尾を突っつき返してやった。
今の俺達がいるのは、舞台の袖とでも言うんだろうか、舞台の横にある一段下がった場所だ。俺達の他にも馬やロバと一緒にいる人達が何人もいるので、彼らも早駆け祭りの参加者なんだろう。前の方には子供達の声も聞こえる。
「ウッディだよ、よろしく。魔獣使いさん」
なんとなく近くにいる大柄な男性を見ていたら、視線を感じたのか振り返った焦げ茶の短い髪の壮年の男性が、笑顔で右手を差し出して話しかけて来た。
「ああ、失礼しました。ケンです。どうぞよろしく」
隣にいたハスフェルやギイ、クーヘンともそれぞれ挨拶を交わして握手をする。
「今回こそは、奴らに土をつけるつもりで必死で頑張って訓練して来たんだけどなあ。君達の後ろにいるその従魔達を見たら、正直言って絶対勝てる気がしなくて本気で出るのが嫌になったよ。全く、あの訓練の日々をどうしてくれるんだよ」
「あはは、なんかすみません」
文句を言っているようだが、しかし、ウッディさんの顔は笑っている。
「まあ、この際だから言っておくよ。君達のうちの誰でも良いから、頼むから奴らの十連勝を阻んでくれ」
「もちろん、絶対勝ちますよ」
俺が笑って答えると、隣でハスフェルも頷いている。
「俺が勝つさ」
「何言ってる、勝つのは俺だぞ」
「ええ、正々堂々と勝負しましょう」
ギイとクーヘンも何度も頷きそう言って笑っている。
「お手柔らかにな」
もう一度笑ったウッディさんと拳をぶつけ合い、その後、ここにいた全部で六人の参加者達を紹介してもらった。
聞いてみると、三周戦は参加する顔ぶれはほとんど毎回同じらしい。
なので、俺達みたいに流しの冒険者なんかが思い付きで参加すると、番狂わせが起きる可能性が高いんだって。
ただ、今年はエルさんも言ってたみたいに、例の馬鹿共を嫌がって二周に参加変更した人が何人もいたらしく、三周の参加人数は前回よりかなり少なくなっていたんだそうだ。
それで、盛り上がりに欠けると心配していたところに、俺達が大人数で参加したもんだから、実は裏では関係者達は大喜びだったらしい。
「確かにそれなりの長距離だし、出られる人は限られるもんな」
ウッディさんの説明を聞きながら、ふと思い出して周りを見回した。
「あれ? それで、例の問題児二人は?」
「やつらはあっちだよ。何しろ特別扱いがお好きな方だからな」
態とらしい言い方に指差す方を見ると、舞台の前、観客席の最前線に大きな椅子を置いて座っている二人がいた。
馬はどこだと思って見ると、舞台の袖に別の人が連れている、見覚えのある奴らの馬が並んでいるのが見えた。
「成る程ね。でもそれが良いよ。あいつらとここで並んで待つなんて絶対嫌だね」
正直な感想だったのだが、それを聞いたウッディさん達は、揃って吹き出して大笑いになった。
「言うなあ。だけどそれには俺達も全面的に同意するよ」
顔を見合わせて頷き合い。またしても大爆笑になったのだった。
「それでは皆様! お待たせ致しました! ただ今より、早駆け祭りを開催致します! まずは、今回の主催の冒険者ギルドのギルドマスターからご挨拶を頂きます」
突然、大きな声で始まった挨拶に驚いて舞台を見ると、反対側の舞台の袖から、何やら着飾ったエルさんが出て来るところだった。
「早駆け祭りは、冒険者、商人、船舶の三つのギルドが持ち回りで主催しているんだ。もちろん他の商店や個人からの寄付や参加もあるんだけどな。だから開催の挨拶は、必ずそのギルドのギルドマスターがする事になってるんだ」
ウッディさんの説明に納得して、舞台で楽しそうに挨拶をしているエルさんを見ていた。
「ああ、最初にクーヘンがジェムを沢山渡したら、大喜びしていたのはそういう事だったんだな」
「補助道具やジェム機械が必要だからな。そりゃあ、内心では嬉しさと安堵感で飛び跳ねてたと思うぞ」
大真面目なハスフェルの言葉に、俺達はもう何度目か分からないくらいに笑い合った。
舞台では、簡単に挨拶を終えたエルさんの横に、先ほど最初に大きな声で開催を宣言した男性が並んだ。
「では、早駆けレース参加者を順番に紹介させて頂きます!」
どうやら司会者らしいその男性は、手にした金属製の棒に向かって話しているのだが、まるでマイクみたいに広い会場全体に声が拡散されている。あの棒みたいなのがどうやら拡声器みたいなもののようだ。
まずは、未成年達の紹介から始まった。
舞台に上がったのは幼稚園児から小学校低学年くらいの子供達だ。
彼らが連れているのは犬やロバ、それから仔馬だ。そして何故か、やや大きいとは言え猫を連れた、恐らく小学一年生くらいの女の子もいる。まさかとは思うがあれに乗るのか?
舞台に並んだ子供達は、順番に司会者に名前を呼ばれて、嬉しそうに連れている馬や犬達と一緒に手を上げて歓声に応えている。
そして、最後に猫を連れた女の子の名前が呼ばれた時、会場中が暖かな笑いに包まれた。女の子も笑顔で猫を抱いたまま手を振っている。
「あれは前回も参加している子でね。祭りの参加規定には、人と、乗る事の出来る動物である事。跳ねるのは良いが飛ぶのは禁止。とあるだけで、一緒に参加する動物についての決まりは無いんだよ。そうしたら前回あの女の子があの猫と一緒に参加してさ。皆目がまん丸になったんだよ。是非見てくれ。めちゃくちゃ可愛いから」
笑いながらウッディが教えてくれる。
「そうそう、レースを見たいって話してたんだよ。思っていたんだけど、俺達ってどこでこのレースを見られるんだ?」
俺の質問に、ウッディさんは本部の横を指差した。
「あそこに有料の観覧席があるんだ。あそこには参加者のための観覧席もあるよ。騎馬、ああ、君達の場合は騎獣はテントに置いて来てもらうんだけど、それで良ければ、混雑に巻き込まれる事も無くゆっくり観覧出来るよ」
本部の横には足場が組まれていて、その上に金属製の大きな観覧席が設けられていた。
全体に大きく斜めにせり出す様に作られたその座席は、既に一部を除いて殆どが人で埋まっていた。
確かに、あそこからならレースが真正面から見学出来るだろう。有料観覧席まで作るなんて、考えてるなあと、密かに感心した。
のんびり話をしている間に、子供達の紹介が終わり、次はもう少し年が上の中高生くらいの子達になった。全員がマーサさんが乗っていたみたいな小柄な馬を連れている。
「あの年齢になると、一気にレースらしくなるんだ。それに、ある程度裕福な家の子じゃ無いと参加出来なくなる。まあ、将来の騎手候補達だな。それから、この後の混合戦ってのもまあ面白いぞ」
頷いて興味津々で見ていると、中高生達の紹介の後、舞台に上がったのは、年配の男性や、こう申し上げてはなんだが、馬が可哀想になりそうな、かなりふくよかな女性達、こっちにも中高生ほどの子供の姿もあった。彼らが連れているのは、ロバや犬、そして小さめの馬などだ。
「馬とロバは分かるけど、犬って何? 子供ならいざ知らず、いくら大型犬でも大人は乗れないだろう?」
思わず呟くと、ウッディさんが横で笑っている。
「まあ、お祭りだからさ。これも面白いから個人的にはお勧めだよ。どうするのかは言わないから楽しみにしててくれ」
「そうなんだ、じゃあ楽しみにしてるよ」
笑ってそう答えた俺は、次々と紹介される人達を興味津々で見ていた。
次に一周、二周と参加者達が紹介されていく。
二周の人達の紹介が終わった後、参加者達が下がった舞台が一旦空になり、ざわめいていた観客達が一斉に静かになった。
「それでは皆様お待ちかね。早駆けレースの花形。三周戦の参加者の紹介に移らせて頂きます!」
一斉に沸き起こった大歓声に、またしても飛び上がったのは気のせいだって事にしておく。