委託の配分と明日からの予定
「ああ疲れた! 今日はもう何もしないぞ! 皆好きに食ってくれ!」
適当に揚げ物とパン、野菜を机に並べた俺は、そう叫んで椅子に座った。
椅子に座った途端にどっと疲れが襲ってきて、本気で気が遠くなったよ。平凡なサラリーマン人生を送ってきた俺には、この街での出来事は色々とハードル高すぎだって!
そんな俺を見て笑いながら、ハスフェルとギイ、クーヘンの三人は平然とパンにトンカツを挟んで食べている。こんな時でも食欲は健在なんだな。お前ら。
人に酔ったのか元気も食欲も無い俺は、買い置きの海老入りお粥を取り出して器によそった。
何度か出し入れしているのですっかり冷めてしまっている。だけどもう温めるのも面倒で、冷めたままの粥を口にした。
「あれ? 冷めたお粥も案外いけるじゃんか」
海老はやや硬くなっているが、思っていた以上に美味しい。
「暑い時期はこれもアリかも。あ、逆にもっと冷やしても良いかもな」
そう呟きながら冷めたお粥を平らげた。うん、やっぱり落ち着いたら携帯用に小型の冷蔵庫を一つ買おう。
食後のお茶を飲んでいると、エルさんと商人ギルドのギルドマスターがやってきた。
「いやあ、とんだ大騒ぎになってしまって申し訳ない。だけど、それくらい君達は期待されているんだからね」
苦笑いするエルさんに、俺はもう笑って誤魔化したよ。
「あ、商人ギルドマスターがいるならちょうど良いや。あの、ちょっとお聞きしたいんですけど」
大柄なギルドマスターが、驚いたように俺を見る。
「ええ、何でしょうか? 私で分かる事でしたら、何でもお教えしますよ」
「あの、レースじゃ無くてクーヘンの店の事なんですけど」
俺のその言葉に、クーヘンやハスフェル達も驚いて振り返った。
「クーヘンの店に、俺達が持っているジェムを販売用として預ける予定なんです。それって、クーヘンと直接取り引きして大丈夫ですか? それとも、ギルドを通した方が良いのでしょうかね? その辺りの取り引きの仕方を教えて頂けないかと思いまして」
納得したように頷いたアルバンさんは、クーヘンを振り返った。
「個人間のやり取りまで、基本的にギルドは口を出しません。ただ、一つ忠告させて頂きますが、皆様はご友人同士との事ですが、そのような方同士で、商売上の品物やお金のやり取りをする場合、出来れば第三者を介するか、或いは予め取り分について詳しい取り決めをして書面に残しておく事をお勧めします。万一トラブルになった場合、友情にヒビが入る事もあり得ますので。お気を悪くなさったら申し訳ないのですが、そんな方を多く見ておりますのでね。例え友人同士であれ、いえ、だからこそお金と品物を介する場合は、なあなあにしない事をお勧めしますね」
無言でクーヘンを見ると、彼も何度も頷いている。
「落ち着いたらこの話をしようと思っていました。ジェムを委託にするのか、私がその都度買い取るのか。売れた時の売り上げの配分も含めて、一度ゆっくりと相談したかったんです」
「確かにそれは大事な事だ。それなら、その辺りも一度じっくりと考えてみないと駄目だな」
腕を組んだハスフェルの言葉に、ギイも頷いている。俺達は顔を見合わせて頷き合った。
「俺は、委託でやってもらって、売り上げ配分はシロクぐらいかなって思ってたんだけどな。それで、定期的に売れた分を冒険者ギルドの俺の口座に振り込んでもらえたら、それで良いと思ってたんですよ」
「シロク?」
意味が分かってなさそうなハスフェルに、俺は彼を見てジェムを一つ、足元にいたアクアから取り出した。
「ええと例えば。ここに……ピンクジャンパーのジェムがある。まあこれが例えば100で売れるとして、シロクなら、俺が四割の40、売ったクーヘンが六割の60の売上金をもらうって事」
「ああ、成る程。理解したよ。それで良いんじゃないか?」
「駄目ですよ! それは取りすぎです! せめて折半にしないと」
血相を変えて身を乗り出すクーヘンを見て、俺はギイを振り返った。
「ギイはどう思う? シロク? それとも折半?」
「何もしていないのに四割も貰えるのか? 貰いすぎじゃないか?」
「じゃあ、サンシチ?」
「やめてください! 増やしてどうするんですか!」
「ええ、三割でも俺は充分だぞ」
「折半です! ねえ、ギルドマスター! こんな場合、普通は幾らで分けますか?」
俺達が一斉に振り返ると、その瞬間にエルさんとアルバンさんは、ほぼ同時に吹き出して大笑いになった。
「いやあ、面白い! 俺もこの商売して長いが、自分の取り分を減らせって言ってる言い争いは初めて見たぞ」
「私もだ。しかも全員大真面目!」
顔を見合わせた二人はまた大笑いしている。
ええ、んな事言われたって、これは重要だろうが。
「ケン、折半です」
真顔でクーヘンがそう言う。
「シロクでお願いします」
「駄目です。折半です」
「ええ、んな事いうのならサンシチにするぞ」
「駄目です! 折半と言ったら折半です! 五割です!」
さっきから、延々とこのやり取りが交わされている。
ギルドマスター二人は完全に面白がって見物してるし、当事者のはずのハスフェルとギイも、交渉は俺に任せて完全に観客状態だ。
話し合いは平行線のまま、譲歩の糸口が無い。
「こうなったら、またくじ引きだ! 待て、アミダを作る」
縦に四本の線を引き、間に適当に横線を入れる。右からシロク、折半、シロク、折半と書き込んで真ん中部分を折って見えないようにする。
「クーヘンが選べよ。出た数字で決めよう、恨みっこ無しだ」
「分かりました。では……これでお願いします」
腕を組んで悩んでから、小さく頷いて右から二本目を指差す。
「じゃあ行くぞ」
真剣な顔で頷き合い、折りたたんだ紙を伸ばす。
ハスフェル達に目の前でやってもらった結果……折半になりました。
ああ、やっちまったよ。
「いやあ、面白いもの見せてもらったよ」
まだ笑っているギルドマスター二人を横目で睨み、二人に立ち会ってもらって正式な書面を作った。
預かり金無しの委託である事。売り上げは折半。毎月月末に集計して、代表して俺の口座に振り込む事。
それぞれにサインをして交換した。
それからこれも一悶着あったんだが、ハスフェルとギイは、面倒だから売り上げは俺にまとめて渡せの一点張りだったよ。
まとめた方が面倒だと思うのだが、売り上げは渡すから美味い飯をよろしくな。なんて念話で言われてしまい、反論する気力が消え失せたよ。
二人とも、絶対最初っからこうするつもりだったな。こうなったら、その売り上げで最高級の肉を買いまくってやる。
準備があるからとアルバンさんが先に戻り、そのあと残ったエルさんから明日の予定を聞いた。
明日の朝一番に、早駆け祭りの参加者紹介があるので、それには参加する従魔と一緒に出て欲しいという事。
明日の午前中はレースは無く、賑やかな踊りや楽団、曲芸団なんかが出るんだって。
それで、その会場になる新市街から外環へと続く広い街道は、両端を屋台で、その前を見物人で埋め尽くされるんだそうだ。
午後からはまず、未成年の中でも十歳未満の子供達が走るらしい。もちろん外環を走る距離はごく短い。だけど、小さな子がロバや犬、仔馬などに乗って一生懸命走る姿はとても可愛らしくて、毎年大いに盛り上がるらしい。
その表彰式の後は、十八以下の子供達の参加するレース。これは割と真剣らしく、皆馬に乗って走るので、かなりの迫力なんだとか。距離は外環を半周するそうだ。
その表彰式の後は、大人達の半周と一周のレースが行われてそれぞれの表彰式で一日目は終了。二日目は、午前中に二周のレース、そして午後からがいよいよメインレースの三周戦って訳だ。
「明日は、参加者紹介の後は自由にしてもらって良いよ。だけど、正直言って物凄い人だから、申し訳無いけど、大人しく本部に居てくれるのが良いと思うよ」
申し訳無さそうなエルさんの言葉に、俺はちょっと悲しかったよ。屋台を見たかった!
「それから、三周戦の参加者には、それぞれ控え室として専用の大きなテントが与えられるからね。君達の分は、四人分続きのテントを張ってもらうことになったから、そこなら従魔達も留守番出来るよ。そこは関係者以外は入れないから安心しておくれ」
「了解、じゃあ屋台巡りは諦めて大人しくしてます」
苦笑いする俺にもう一度謝ったエルさんは、準備があるからと一礼して部屋を出て行った。
「いよいよだな」
「おう、お互い誰が勝っても恨みっこ無しだぞ」
俺の呟きに、ハスフェルが笑って拳を突き出す。
「望むところだ、真剣勝負といこうじゃ無いか」
並んで差し出したギイの拳も順番に突き合わせる。
「私だって負けませんからね」
笑ったクーヘンの差し出す拳にも、それぞれぶつけ合った。
そんな俺達を、机に並んだシャムエル様とシュレムは。嬉しそうにずっと笑顔で眺めていたのだった。