鎧海老の特性?
「すまなかったな、ケンさん。ダイはあんな見かけだから、初めて会う人にはいつもかなり怖がられてなあ。本人は良い奴なんだが、毎回寂しい思いをしているんだよ」
建物に入った玄関部分で足を止めたアレクさんが、俺の側に来て小さな声でそう教えてくれる。
「そうなんですね。あの、ちょっと失礼な質問をしてもいいですか?」
思わず、足を止めた俺も声をひそめてアレクさんの耳元でそう尋ねる。
「おう、どうした?」
驚くアレクさんに、俺はチラリと前にいるダイさんを見てから気になっていた事を尋ねた。
「ナフさんも頬に大きな傷がありますし、ダイさんも顔だけじゃあなくて腕にも大きな傷跡がいくつもあります。あれって、万能薬で傷跡は消えないのでしょうか?」
もしも治るのなら、万能薬はたくさん持っているから渡してもいい。
そう思って尋ねたのだが、アレクさんは俺の言葉に苦笑いして首を振った。
「通常の怪我の場合、完治前の怪我になら万能薬は効くが、残念ながら最上位の万能薬であっても傷跡そのものを消す事は出来ないよ。それにあの傷は、まあ鎧海老の漁師なら大なり小なり似たようなもんだよ。何しろ、鎧海老にやられた傷には万能薬が効かないからな。俺も、幸い顔には大きな傷はないが、腕と体には大きな傷が幾つも残っているよ」
「ええ! 万能薬が効かないって、何ですかそれ!」
マジで驚いて思わず大きな声を上げてしまう。
「何だ。知らなかったのか?」
振り返ったダイさんとナフさんが、揃って俺を見る。
「ああ、失礼しました。そんなの初めて聞きましたよ。万能薬が効かない怪我があるんですね」
何にでも効くからこその万能薬だと思っていた俺は、本気で驚きつつそう言ってお二人を見た。
「鎧海老は、全身の棘の先と鋏部分から特殊な毒を出すんだ。こいつが厄介でな。だから、鎧海老漁師は常にその毒とも戦わなけりゃあならない。ああ、死んでしまえばその毒は消えるので、絞めてから水揚げされた鎧海老なら素手で触っても大丈夫だよ」
「その毒ってのに傷口の回復を遅らせる効果があって、しかもその毒による怪我には万能薬が効かないので、結果として酷い傷跡が残るようになるのさ。まあ、最上位の万能薬ならちょっとくらいは効くが、それだって痛みを少し和らげる気休め程度の効果しかない。高額な万能薬でもそれだから、馬鹿馬鹿しくて誰も使わないんだ。だから怪我をした場合、とりあえずその場で応急処置だけをしてそのまま漁を続ける事になるから、結果として傷だらけになるのさ」
苦笑いしたお二人の説明に納得する。
「そうなんですね。ではそれは名誉の負傷の傷跡って事ですね。そうやって漁師の方が文字通り体を張って漁をしてくださるおかげで、俺達は美味しいものが食べられるんですから、感謝しなければいけませんね。ありがとうございます」
笑った俺の言葉に、何故かダイさんとナフさんだけでなく、アレクさんまでが揃って涙ぐんでいる。
「そんな事言われたの、生まれて初めてだ〜〜」
「俺、今マジで感動しているぞ」
「ううん、ケンさんと知り合えた幸運に感謝するよ」
何やらうんうんと頷きながらそんな事を言っている三人。
ええ、そんなに感動するような事かな?
「ほら、気持ちは分かるが時間が勿体無い。早いところ始めようか」
笑ったヴォイスさんに背中を叩かれて揃って吹き出した俺達は、玄関から続く廊下を少し歩いて突き当たり奥の部屋に入った。
「おお、広い部屋ですね」
足元は平らに削った石が隙間なく敷き詰められていて、突き当たり奥の壁面には俺の従魔達が見たら嬉々として飛び込んでいきそうなくらいの巨大な三段になった水場があった。
もちろん、そこには綺麗な水がとうとうと流れているよ。
そして、部屋の真ん中にはどどんと巨大な金属製の作業机が置かれている。
やや横長のそれは、ちょとしたベッドよりもデカそうだ。
「よし、じゃあ早速始めるとするか。ああ、ケンさん。装備は外して袖はまくっておいた方がいいぞ。とにかく汚れるからな」
アレクさんの言葉に、フル装備の自分の体を見る。
「了解です。じゃあちょっと待ってくださいね」
慌ててそう言い、とりあえず籠手と胸当てを外して収納する。
少し考えて、袖をまくり下に着ている鎖帷子は引き上げて、鎖帷子の端を袖の重なった部分に引っ掛けておく。まあ、こうしておけば下がってくる事もないだろう。
「お待たせしました。じゃあよろしくお願いします」
準備万端整ったところでそう言い、嬉々として作業机の横に立ったのだった。
さあ、いよいよ鎧海老の解体作業だぞ!




