街への到着
「それで、店の開店準備の進み具合は?」
昼飯を済ませた俺達は、のんびりと街へ戻っている。
遥か先に見慣れた街道が見えた所で、ふと思いついた俺は、チョコに乗ってすぐ後ろを進んでいるクーヘンを振り返った。
現在の配置は、従魔達は小さくなっていつもの定位置に、唯一鞍の乗っていないニニにハスフェルとレオが乗り、シリウスには女性二人、デネブにはギイとオンハルトの爺さんが乗っている。いつのまにか、姿を消していたシュレムもハスフェルの肩の上に戻っている。そして俺の後ろには、エリゴールが乗っているのだ。
そう、初めてのタンデム走行は残念ながら野郎とでした。残念!
「おかげさまで、何とか家の改築は済みました。住居の方は、家具の配達は終わりましたが客間はまだそのままですね。店舗の方は、同じく改築工事が終わって今は内装に取り掛かっていますが、もう間も無く終わる予定です」
「什器の方も順調に仕上がってるから、内装が終われば一気に搬入してもらう予定だよ。本当なら、祭りが始まるまでに開けたかったんだけどね。まあ、あれだけの広さの家をこんな短期間で改築してくれたんだから、文句を言ったら駄目だね。良い仕事をしてくれてるリード兄弟に感謝だよ」
クーヘンの説明に、マーサさんが後を継いで教えてくれる。
「お兄さん一家って、もう到着してるのか?」
俺の質問に、クーヘンは笑顔になる。
「ええ、街へ戻った翌日の夜に予定通り一家揃って無事に到着しました。今はまだ、言っていたように宿に泊まってもらって、毎日せっせと店に来て、部屋の片付けや必要な小物の買い出しをしてくれていますよ。戻ったら紹介させて下さい」
「おう、楽しみにしてるよ」
顔を見合わせて笑い合った後、前を向いた俺は小さく独りごちた。
「さてと、この顔ぶれで街へ戻ったら、絶対大騒ぎになるよなあ。大丈夫かなあ……」
顔面偏差値が無駄に高い神様軍団の顔ぶれを思い出して、密かにため息を吐いた。
だって、この中では俺だけがモブ扱いだ。RPGのキャラなら星一つだ。
こう言ってはなんだが、俺と同レベルのクーヘンとマーサさんが来てくれて、なんだか安心した事は内緒である。
「じゃあ、言っていた予定で行くか」
先頭を進んでいたハスフェルの乗ったニニが立ち止まり、そうすると当然全員が止まる。
「了解。それじゃあ頑張れよ。祭りの後で会おう」
ギイの後ろに乗っていたオンハルトの爺さんがそう言って飛び降り、俺の後ろにいたエリゴールもヒラリと飛び降りた。女性二人とレオも従魔達から当然のように降りるのを見て、俺は目を瞬かせた。横まで進んで来たクーヘンとマーサさんも驚きを隠せない。
「俺達は、あくまで祭り見物に来たんだよ。まあ、後方支援は任せておけ」
オンハルトの爺さんがニンマリと笑ってそう言い、神様軍団は、平然と街道へ向かって歩き始めた。
「じゃあまた後でな!」
笑ったハスフェルがそう言い、一気に街道へ向かって加速する。
ギイの乗ったブラックラプトルのデネブもその後を追うように加速するのを見て、俺達も一気に加速して手を振る神様軍団を追い越して街道に入った。
街道へ入った途端に、まあ当然だが大注目を集める。
以前の様に悲鳴を上げて逃げる人もいないわけではないが、俺達を見て拍手をする人や、がんばれと声をかけてくれる人が多い。
「なあ、街へ行く前から俺達の事を知ってるって……ドユコト? 街のギルドでオッズが張り出されているんだから、まあ街の人が俺達を見て喜ぶのは分かるけどさ。街道を歩いている人達って、今からハンプールに行くんだよな? それなのに、俺達を知ってるって意味が分からないぞ」
不思議そうにそう呟くと、チョコに乗ったクーヘンが笑いながら寄って来て教えてくれた。
「祭りの前になると、ハンプールの周辺の小さな町や村でも、賭け券の販売が各ギルドの臨時の出張所で始まるんです。当然、あのオッズも張り出されますし、出場者の紹介記事も有りますからね。街ではあなた達の姿が見えなくなって以降、例の大馬鹿どもが大喜びで、自分達を怖がって逃げたのだと吹聴して回って失笑を買っていますよ。もう、彼らに追随する者はごく僅かになっていますね」
「街へ戻ったら、また大騒ぎになりそうだな」
オッズ発表後のあの大騒ぎを思い出して、俺は遠い目になった。
のんびり、ただ異世界を旅して回るだけの予定だったんだけどなあ……。
「ああ、わざわざ出迎えに来てくれたぞ」
笑みを含んだハスフェルの声に、ぼんやりしていた俺は驚いて顔を上げた。
街の入口あたりに、見覚えのある人達が並んで手を振っている。
「あれ、真ん中にいるのはエルさんだよな。その横にいるのは、確か商人ギルドのギルドマスターのアルバンさんだよな? あのエルさんの反対側にいるのは?」
「ああ、彼が船舶ギルドのギルドマスターですよ」
クーヘンのその言葉に、思わず絶句する。
「ええと、つまり全ギルドのギルドマスターが、揃って俺達を迎えに来てくれたって事?」
「ええ、そうです。街を出る時に、マーサさんが商人ギルドのギルドマスターに連絡して行きましたからね。ありがたい事です。これなら無事に宿泊所まで辿り着けそうですね」
当然のようにクーヘンがそう言って笑っている。そしてハスフェルとギイも、彼らが迎えに来たのを当然のように受け止めている。
うん、俺が思っていた以上に、早駆け祭りの騎手って人気があったんだね。
もはや他人事な気分の俺には、乾いた笑いしか出ないよ。
「おかえり! 待っていたよ!」
ブンブンと音がしそうな勢いで手を振るエルさんが、俺達の所へ走って来た。
「遅くなりました」
「構わないよ。それじゃあまずは宿泊所へ行こうか」
そう言ってエルさんが俺たちの先頭に立つ。左右を商人ギルドと船舶ギルドのギルドマスターが並び、周りには職員と思しき人達が出て来て俺達をグルリと取り囲んだのだ。
エルさんに先導されて、宿泊所までの道を進む間。俺はもう死にたいくらいの羞恥心と戦っていた。
だって、これって完全にパレード状態。まだ勝ってもいないのに完全にパレードだよ。
大歓声に迎えられた俺達は、しずしずと宿泊所までの道を大人しく並んで進んだのだった。
いつの間にか、マーサさんは俺達から離れていなくなっている……逃げたな。
まるで波のように、俺達が進む度に観客からどよめきと歓声が上がる。
そして通り過ぎた後に聞こえるのは、ほらやっぱり帰って来たじゃないか! 逃げる訳がなかろうが! と言った、俺達が揃って帰って来たことに安堵して大喜びする声だ。
そして、宿泊所に到着した時、観客が一斉に割れて二人の人物が現れた。
当然、あの馬鹿二人だ。
「へえ、逃げずに戻って来たのか?」
「その勇気は褒めてやるよ」
だからなんで一々上から目線なんだよ、お前ら。
偉そうにそう言ってるけど、足が震えているのが見えてる俺は、笑うのを我慢するのに必死だった。
そう、なんでもよく見える鑑識眼のおかげでね。
「そりゃあ参加費払ってるんだから帰ってくるよ。じゃあ明後日のレースで会おう。お前らの健闘を祈るよ、まあ無理だろうけどせいぜい頑張れ」
態と煽るような言い方をしてやると、真っ赤になった二人が顔を歪めて、聞くに耐えない罵詈雑言を浴びせて来た。
やだねえ、今から負け犬の遠吠えになってどうするんだよ。
これまた態とらしくクーヘンと二人揃って耳をほじって知らん顔で宿泊所に入って行った。後ろから笑い声と拍手が聞こえて俺は大きなため息を吐いた。
元々、人と争う事をしない俺が、態とあんな言い方をしただけで、正直言って神経ゴリゴリ削られてます。残念ながら俺のメンタルはペラペラなんだよ。
「最高だったぞ」
「お疲れさん!」
ハスフェルとギイが、そう言いながら俺の背中を叩いてくれた。
「腹減ったな。部屋に戻ったらまずは飯にしよう。何か食べないとやってられないよ」
やや投げやりな俺の言葉に、三人は笑って頷いてくれた。