ハスフェルの剣
「おお、予定よりも二日早く仕上がったのか。頑張ってくださった職人さん達に心からの感謝を。では早速明日の午前中に引き取りに行かせてもらいます」
「はい。ではそのように伝えておきます。引き渡しはドワーフギルドにて行いますので、フュンフの工房ではなくドワーフギルドへどうぞお越しください」
嬉しそうなハスフェルの言葉に、伝言を持ってきてくれた商人ギルドのスタッフさんも笑顔でそう言い小さな封筒をハスフェルに渡すと、乗ってきたムービングログに飛び乗りそのまま街へ戻っていった。
一応、そこに今回の注文の請求書が入っているから、引き取った時に残りの支払い手続きをするんだって。
俺の時にも同じように、全部まとめて請求書の束を貰って、そのまますぐに口座引き落としの手続きをしてもらったから俺はお金には一切触っていないんだよね。
ギルドの口座って、向こうの世界の銀行みたいなものなんだけど、よく考えられた有り難いシステムだよな。
帰って行くスタッフさんを見送りながら、のんびりとそんな事を考えていた俺だったよ。
ハスフェル達が毎日せっせと地下洞窟へ通う中、俺は追加で買ってきた鶏ガラと豚骨を使って、もうありったけの寸胴鍋を総動員してひたすらスープの仕込みをしていた。
おかげで、それこそリナさん達やランドルさん達、それから新人さん達が全員集合しても当分大丈夫なくらいの豚骨スープと鶏がらスープの仕込みが完了したのだった。
そのあとは、数回程度は俺も狩りにお付き合いしたりもして、ヘラクレスオオカブトの剣の切れ味を再確認する事になったのだった。
あ、ちなみに一度だけ絶対王者のティラノサウルスにも遭遇したよ。
当然だけど、俺は予想以上のデカさと咆哮の大きさにビビり倒して悲鳴を上げただけでした。
その時は、絶対王者を前にハスフェル達が反応するよりもはるかに早くに嬉々として飛び出したルベルが、一瞬で大型重機サイズになって、後ろ脚での蹴りで一撃を喰らわせそのまま一発KOしてしまい、張り切って戦おうと思っていたハスフェル達だけでなく他の従魔達まで大いに拗ねて、全員からの抗議が殺到する事になったのだった。
いやいや、絶対王者相手に一発KOって、めっちゃ強いじゃんか。
もう、これからは全部ルベルにお任せすれば良いよな?
などと、大騒ぎする皆を眺めつつヘタレの俺は思いっきり他力本願になっていたのだった。
そんな感じで楽しく過ごして地上へ戻ったタイミングで、お城へ伝言が届いた。
もちろん、電話も無線も無いこの世界では、伝言は物理的に誰かが届けてくれなければそもそも伝言は届かない。
商人ギルドには、その伝言を伝える為に動いてくれる専任のスタッフさんが何人もいるらしい。
街の中を移動してくれるだけでなく、他の街まで行って直接伝言を伝える事もあれば、ギルド間でまずは連絡を取り、その街の商人ギルドに所属する伝言役のスタッフさんに伝言を預けて届けてもらう事もあるんだって。
その場合は、言葉で伝える場合だけでなく、伝言の正確さを求める時なんかは、メモや手紙などを言葉と共に届ける事も多いんだとか。
そうだよな。電話や無線がなければ言葉のやり取りは、物理的に誰かが目的の場所まで移動して、相手に直接伝えるしか無いんだよな。
わざわざ郊外のお城まで来てくれたスタッフさんを見ながら、そんな事を考えていた俺だったよ。
でもってそのスタッフさんが届けてくれたのは、当然ながらフュンフさんからの伝言で、予定よりも少しだけ早く仕上がったので、いつでも引き取りに来てくださいという事だった。
その伝言を受け取ったハスフェルが大喜びしたのは言うまでもない。
その日の夜は前祝いと称して少しだけ飲み、早めに休んだ。
そりゃあそうだ。せっかくなのに酔っ払って寝坊したら駄目だもんな。
それで相談の結果、剣を引き取ったらもうそのまま出発する事にした。
翌朝、いつもの従魔達総出のモーニングコールに起こされた俺は、眠い目を擦りつつ忘れ物がないかをしっかりと確認して周り、いつもの朝食を平らげてからお城を施錠して街へ向かったのだった。
いつもは冷静なハスフェルがアッカー城壁までの道を先陣切って猛スピードで走るのを見て、俺達は揃って大笑いしていたのだった。
「おお、皆さんお揃いでおはようございます。少し前にフュンフも来ておりますぞ。どうぞこちらへ」
満面の笑みで出迎えてくれたエーベルバッハさんの言葉に、こちらも満面の笑みのハスフェルが大きく頷く。
「で、見たのか?」
「当然でしょうが。いやあ、あまりの見事な仕上がりっぷりに、もう大感激でしたぞ。あれを手に出来るとは心底羨ましい」
本音ダダ漏れな答えに、横で聞いていた俺達は揃って吹き出し大笑いになったのだった。
エーベルバッハさんの案内で、フュンフさんが待つ奥の部屋に向かう。
「おはようございます」
通された部屋には笑顔のフュンフさんが待っていて、部屋の真ん中に置かれた大きなテーブルの上には白い布で包まれた細長いものが置かれていた。
これが何かなんて考えるまでもない。
「どうぞ、手に取って確認してください。いやあ、ケンさんの剣を打った時にも思いましたが、これも終わってほしく無いと思うくらいに幸せな時間でしたよ。最高の一振りになった自信があります」
ドヤ顔のフュンフさんの言葉に、俺とギイとオンハルトの爺さんは揃って小さく拍手をしたのだった。
「では、拝見させていただこう」
嬉しそうなハスフェルがそう言い、ゆっくりと進み出て手を伸ばして机の上に置かれた包みを掴む。
そのままゆっくりと包みを開くと、中から現れたのは一振りの大剣だった。
鞘は真っ黒に染められ、一部だけが薄茶色になっている。鞘全体に刻まれているのは細やかな蔓草模様で、剣の先端部分と真ん中辺りにはミスリルが当てられている。
当然そこにも細かな細工が施されていて、もう見事としか言いようのない仕上がりだよ。
しばし無言で手にした剣を見つめていたハスフェルだったが、剣の柄を右手で握ると、左手で鞘を持ち、そのままゆっくりと剣を引き抜いた。
おお、あの重さの大剣を片手で抜けるんだ。
若干斜め上な感想を抱いていたが、直後に目に飛び込んできたその怖いくらいの鋭い輝きに声が出ない。
「これは……これは素晴らしい……素晴らしい以外の言葉が出てこないよ……」
鞘を置き両手で剣を握ったハスフェルだったが、半ば呆然とそう呟いたきり言葉は続かず、視線は手にした剣から離れようとしない。
「ふむ、確かにこれは素晴らしい以外の言葉が出ぬな。いやあ。見事なり。其方と仲間達の見事な仕事振りに、心からの尊敬と賞賛を贈らせてもらおう」
真顔になったオンハルトの爺さんがそう言い、ゆっくりと拍手をする。
思わず見惚れていた俺も我に返って、一緒になって思い切り拍手をしたのだった。




