ジェムモンスターの説明と地下洞窟の後始末
「あ、午後からはご飯を炊こうと思ってたのに」
洗い物を片付けて、夕食までまだ時間があるので後は何をしようか考えていて、不意に思い出した。
「そうそう、ご飯の在庫が減って来てたから、コーヒーを淹れたらその後でまとめて炊こうと思ってたんだよ。騒ぎですっかり忘れてたよ」
苦笑いしてそう呟くと、食材の在庫から米の入った袋を取り出して量を計って米を研ぎ始めた。
アイスコーヒーとおやつを平らげた神様達は、すっかり寛ぎモードで草地に転がる従魔達と戯れているし、ハスフェルとギイは、作業を始めた俺を見て小さい方の机に移動して、座って取り出した酒を前に、何やら楽しそうに話をしている。
「そこの氷、使ってくれて良いぞ。そう言えばジェムは確保したんだろう? どんなのを集めて来たんだ?」
米の水を計りながら聞くと、オンザロックにして飲んでいた二人が振り返った。
「クーヘンの店で日常的に売る用のジェムだからな。それほど高価でない方が良いのだろう? そう思って、初級から中級程度のを中心に色々集めて来たぞ。スライムミックスだろ、それからホーンラビットとダブルホーンラビットにジャンパー各色、コブラとクロコダイル各色、それからロックトード各色、後はハードロックとゴールドバタフライとレースバタフライ各色、キラーマンティス各色ぐらいだよ。また半分は進呈するから、大した金額にはならんが俺達の飯代だと思って受け取ってくれ」
「ふーん、沢山集めて来たんだ……ああ?今、なんつった? 半分は進呈する? 誰に?」
思わず真顔で突っ込んだら、ハスフェルが満面の笑みで俺を見ている。
「あいつら、持たせてもらった弁当に大感激していたぞ。それで、ただ食いは良くないから対価を払うべきだってオンハルトが言い出してな。全員一致の意見で、半分はケンに渡すつもりで集めて来ているんだよ。スライム達の収納能力は無限大なんだろう? それなら良いじゃないか。使ってくれても良いし、まとめて売っても構わないぞ」
嫌な予感がして、俺はハスフェル達を振り返った。
「い、幾つあるのか聞いても良い?」
「各色一万個程度だと思うぞ。俺もまだ全部は確認してないから……」
「いやいやいやいや、ちょっと待て! 種類と数がおかしいだろうだ! しかも各色って何だよ? まさかこの午前中だけで、それだけ集めたってのか?」
「ああそうさ。何も全員で同じ場所に行く必要は無かろうって話になってな。それならいっそ、集めるジェムを決めて、誰が一番多くの色と種類を集めるか勝負しようって事になったんだよ。それで、転移の扉まで大鷲で移動して、各自それぞれ好きに移動して集めて回ったんだよ。なかなか楽しかったぞ。次は何処へ行くかって考えながら回ったからな」
嬉しそうなハスフェルの横では、ギイも飲みながら笑って頷いている。
次の米を研ぎながら若干遠い目になった俺は、もう諦めた。
まあ、腐るもんじゃ無いから沢山あっても構わないだろう……。
「各色って事は、あれか。同じジェムモンスターでも地域によって色が違うんだな」
「ああそうだよ。知らなかったか?」
「初耳、まあ何となく、地域によって色の名前が違うなあ、程度には思ってたけどね」
笑って肩を竦める俺を見て、ハスフェルとギイは大きなため息を吐いて頭を抱えた。
「全くあいつは、これも説明していないのか。大雑把にも程があるぞ」
「まあ、シャムエル様だからね。じゃあ良い機会だから教えてくれよ。ジェムモンスターの配置ってどうなってるんだ?」
頷いたハスフェルは地図を取り出して、俺に見えるように広げた。
「まず、この世界を流れるダリア川とゴウル川、この二つの大河が土地を三つに分割している。その為、川を挟んだ相互間でのジェムモンスターの移動が殆ど無い。まあ、最近では人の作った橋や船を利用して移動する奴らもいるから、厳密に決まっているわけではないよ。鳥達は自由に世界を移動しているから鳥には色名は付いていない」
「あ、確かにファルコは、オオタカ、だけだもんな」
振り返って椅子の背もたれにラプトルと並んで留まっているファルコに手を振ると、嬉しそうに甲高い声で鳴いた。
「色の中でもゴールド、シルバー、ブラックの三つは特別な場合が多い。一応、その殆どの場合、その種族の最高種に対して付いている事が多い。シルバーとブラックは、基本的に地下洞窟のみのジェムモンスターに付いている、つまり、恐竜と、地下のみにいる昆虫及び甲殻類だな。ゴールドは、地上地下を問わず、全ての場所で見る事が出来る。まあ、何がいるかは自分の目で見て確認してくれ。ちなみに、今言った三つの色以外は、色自体に優劣は無い。地域によって変わるだけだが、それも厳密に決まってる訳では無いからな。まあ、三つの色の名前にしても、必ずってわけじゃ無いところが若干適当な気もするが、気にするな。決めたのはあいつだからな」
ハスフェルの説明に、横で聞いてたギイが吹き出して大爆笑になってるし、その後ろでは、いつの間にか戻って来たエリゴールとオンハルトも一緒になって笑っている。
「シャムエルのやつ、本当に相変わらずだな」
「全くだ、あれだけ優秀なくせして、どうしてこうも詰めが甘いんだろうな?」
笑ったハスフェルの言葉に、ギイだけでなく、集まって来た他の神様達まで揃って笑いながら頷いている。
「まあ、優秀な奴ってさ、ほら、どこか抜けてたりするじゃないか。そんな感じなんじゃない?」
フォローするつもりの俺の言葉に、全員が揃って吹き出して大爆笑になった。
「酷いよケン! 全然フォローになってないよ、それ!」
突然、聞きなれたいつもの声のシャムエル様が現れて、俺の肩に座った。
「あ、おかえり。大丈夫だった?」
鍋に蓋をして横に置いた俺は、戻ってきたシャムエル様を見た。嬉しそうに笑って手を振っている。
「無事にお帰り頂いたからもう大丈夫だよ。いやあもう笑っちゃったね。慌てて例の地下洞窟へ行ったらさ、ようやく、頼んで協力して貰えば帰れそうな程の力のある奴らを見つけたのに、怖がって逃げられたって言って、コキュートスったら地下洞窟で一人取り残されて泣いてたんだよ」
笑いながら言われた言葉に、神様軍団は全員が見事に目を見開いて絶句している。
あれだ、鳩が豆鉄砲食ったような、って表現があるけど、まさに今の彼らがそんな感じだ。面白え。
「おい、シャムエル……今、なんて言った?」
眉を寄せたハスフェルの言葉に、シャムエル様は一人ドヤ顔で頷いた。
「あのね、例の地脈が弱ってた時にね、どうやら彼も幻獣界から意図せずこっちの世界に零れ落ちたみたいなんだよ。それで、冥界の幻獣が地上にいるのは不味いからって、とりあえず逃げ込んだのがあの地下洞窟だったって訳。コキュートスくらいの上位の竜になると、準備をすれば自力で界を渡る事も不可能じゃない。だけど、そうこうしているうちに地脈が整って、世界の境界が強く区切られちゃったんだ。それで、弱った彼では自力で界渡りが出来なくて困っていたらしいんだよ。そんな時に君達が地下洞窟にノコノコ団体で入って来たもんだから、コキュートスはやっと帰れると思って大喜びで駆け寄ったらしいんだ。だけど、君達が一瞬で跳躍してしまったからさ、取り残されたショックで泣き崩れていたんだ。何とか説得して万能薬をあげて、無事にお帰り頂いたよ」
理路整然とそう答えると、まだ出しっぱなしだったメロンパンに手を伸ばして、端っこをちょこっとだけちぎって齧り始めた。
それを眺めて、まだ呆然とする神様軍団の中で一番先に立ち直ったのはハスフェルとギイだった。
「何だそれは! それならそうと、まず先にそう言えって!」
「全くだ。あんな雄叫びを上げて突進して来る奴が、助けを求めてるなんて誰が思うか!」
揃って椅子を蹴立てて立ち上がり、握り拳を握って力一杯叫んだハスフェルとギイの言葉に、その場にいた全員が揃って吹き出して、その場は大爆笑になったのだった。
まあ、よく分からん部分もあるが、無事に片付いて良かった。
神様達が揃って怖がる程の竜なんて、俺は絶対会いたくないからな!