いつもと違う朝の光景
「よし、とりあえずここまで仕込んでおけば、あとは明日でいいな」
深夜近くまでかかって豚骨スープの仕込みがあらかた終わったところで、手を止めた俺はそう言って腰を伸ばした。
「はあ、ずっと前屈みになって鍋を掻き回していたから、ちょっと腰にきたよ」
ゆっくりと腰を回しながらそう呟き、とりあえず寸胴鍋は全部サクラに収納しておいてもらう。
仕上がった鶏がらスープも全部収納済みなので、廃棄の骨やガラは全部スライム達に片付けてもらえば今日の仕事は終了だ。
サクラが一瞬だけ俺を包み込んでくれて、脂の匂いがこびりついていたのも取り除かれて綺麗さっぱり快適だ。
片付けをしている間に厨房内の換気もしてくれたので、油臭い匂いも完璧に除去されている。
「いつもありがとうな。じゃあ部屋に戻ろうか」
笑ってスライム達を撫でてやり、厨房入り口横に置いたままにしてあった鞄を手にした俺は、そのままスライム達を引き連れて自分の部屋に帰った。
「ご主人おかえりなさ〜い!」
「お待ちしてました〜〜〜!」
「寝る準備完璧で〜〜す!」
部屋に戻ったところで、大型犬サイズに巨大化したウサギトリオの大歓迎を受けた。
「あはは、二日ぶりのもふもふだ〜〜」
両手を広げてラパンに飛びつき、ベッドに寝転がって久々の柔らかな毛を満喫する。
「はあ、やっぱりこのもふもふが俺には必要だよ〜〜」
ラパンに抱きつく俺の左右には、同じく巨大化したコニーとタルジュがピッタリとくっついてきてもう、これ以上ないくらいのモッフモフだ。
だけど一緒にいたはずのベリーの姿が見えないのに気づいて、体を起こした俺は慌てて部屋を見回す。
「ご主人。ベリーは、また朝に来るからって言って地下へ戻っちゃいましたよ」
それに気付いたラパンが、そう言って俺を見上げる。
「そうなんだ。確かに今朝も起こしに来てくれていたな」
シャムエル様みたいに手を出して叩いて起こしてくれるわけじゃあないけど、確かに今朝もベリーの声がしていた。
「まあ、賢者の精霊にしてみれば恐竜が跋扈する地下洞窟を移動するのなんて、俺と違って別にどうって事はないんだろうさ」
苦笑いしてそう呟く。
地下洞窟は確かに自分の家の敷地内にあるんだけど、俺は絶対にあんなところに一人でなんて行かないからな!
脳内で拳を握って絶叫しつつ、ため息を吐いてもう一回ラパンに抱きつく。
今日は防具は装備していないから、靴と靴下さえ脱げばもうそのまま寝られる。
「ご主人、靴と靴下を脱がせるね〜〜」
ラパンに抱きついたまま放心していると、アクアとアルファの張り切った声が聞こえて靴を脱がせてくれるのが分かった。
「あはは、ありがとうな……もふもふの海、最高だよ……」
笑ってお礼を言ったものの、襲ってきた睡魔に抵抗しきれず、目を閉じた俺はそのまま眠りの海へと墜落して行ったのだった。ぼちゃん。
「ほら、せっかくだからベリーも一緒に起こそうよ!」
「そうですね。では、私はこのまま手で叩かせていただきましょう」
翌朝、気持ちよく寝ていた俺の耳元に、何やら張り切ったシャムエル様と笑うベリーの声が聞こえてきた。
もちろん、寝汚い俺の体は全く起きてくれないんだけどさ。
「ウサギトリオは動けないから、起こすのは私とカリディアとベリー、それからフランマだね!」
おお、カリディアとフランマも一緒に戻ってきてくれているのか。悪いなあ……。
ぼんやりと寝ぼけた頭でそんな事を考えていると、顔の横にふんわりとした毛玉が立つのが分かった。
「じゃあいくよ!」
「おお〜〜」
張り切ったシャムエル様の後に、気の抜けたベリーとカリディアとフランマの声が重なる。
ぺしぺしぺし……。
ぺしぺしぺし……。
まずは、いつものシャムエル様とカリディアのちっこい手で額を叩かれる。
「ケン、起きてください」
そして笑ったベリーの声の直後に、俺の頬を大きなベリーの手がペチペチと軽く叩く。
「ご主人起きなさい!」
そして最後に、むぎゅっと俺の口元をフランマの前脚が力一杯押し込んだ。
「うん、起きるよ……」
いつもとは違うそれぞれの個性の出る起こし方に笑った俺は、薄目を開けて側にいたフランマに抱きついた。
「フランマ捕まえた! おお、これも良きもふもふだねえ……」
後頭部に顔を埋めた俺は、右手でもっふもふな尻尾を撫でさすりつつそのまま寝落ちする。
だって、このもふもふに埋もれてふっかふっかな尻尾に抱きついて、それで寝るなって方が無理ってもんだよな!
脳内で誰かに向かって言い訳しつつ、俺は気持ちよ〜く二度寝の海へ落っこちて行ったのだった。ぼちゃん。




