至福の時と眠気との戦い
「あ、あの! まさかとは思うけど、これってもしかしてその大きな尻尾に抱きついて寝てもいいって事?」
思わず乙女の様に胸元で両手を握りしめながらそう叫ぶと、ドヤ顔になった巨大シャムエル様が俺を見てうんうんと頷いた。
「いつも美味しいものをたくさん貰っているからね。まあ、今回だけの特別企画だよ。さあ、どうぞ遠慮なく抱きつきたまえ」
ふふん、って感じに頬を膨らませて胸を張ってみせたシャムエル様の言葉を聞き、俺はもう歓喜の叫びを上げつつ両手を広げて巨大シャムエル様に抱きついた。
ちょうど真正面から抱きついたので、顎の下あたりに俺の顔があるよ。どれだけ大きくなったんだって。
まずはまるっとしたその体に両手を出来るだけ伸ばして抱きつき、そのふかふかな胸元に顔を埋めて深呼吸。
はい、吸って〜吐く〜〜吸って〜吐く〜〜。
「ああ、もうこれだけで幸せすぎてどうにかなりそうだ」
目を閉じたまま小さくそう呟くと、頭の上からシャムエル様の吹き出す音が聞こえた。
「じゃあ、これなんてもう、幸せすぎて息が止まるかもよ〜〜」
笑った言葉の直後に、ふかふか尻尾が体に巻き付く様にしてくっついてきて、俺の耳をくすぐる。
「うああ〜〜こっちまで!」
そう叫んで一度離れた俺は、ふわりと体から離れたもふもふ巨大尻尾に文字通り両手両足を使って全身で抱きついたよ。
もう俺の手も顔も、剥き出しになっている部分全てがふかふかなシャムエル様の巨大尻尾の柔らかな毛に埋まる。
「ああ、確かにこれは幸せすぎて息が止まるかも……」
あまりの幸せに、そのまま睡魔に吸い込まれそうになって慌てて顔を上げる。
「いや、こんな貴重な機会を逃してたまるか。もふもふを満喫するまで寝てはいけないミッション開始だ!」
「何それ。どうぞ寝てくれていいんだよ〜〜。ちなみに、誰かさんのよだれで大事な尻尾を汚されるのは絶対に嫌なので、今回はあらかじめ私の全身に、もちろん尻尾の先まで定期浄化の術をかけてあるからね。万一のよだれ攻撃にもバッチリです」
またしてもドヤ顔になったシャムエル様の言葉に、俺は以前、うっかりシャムエル様の尻尾に顔を埋めたまま寝てしまい、その結果、俺のよだれでガビガビに固まった尻尾を見て激怒したシャムエル様に罰として額に真っ赤な赤丸をつけられた時の事を思い出した。
「あはは、そんな便利な術があるなら今回は安心だな。いやあ、それにしても最高だな。よし、もふもふ体感度アップのために、腕まくりをしてズボンの裾もまくり上げておこう」
名残惜しいが一旦手を離した俺は、言った通りに肘の辺りまで袖を上げ、ズボンの裾も引っ張り上げて軽く畳んでおいた。こうしておけば落ちてこないからな。
気温も上がってきていて寝ていても寒くないので、これでも大丈夫だろう。
「では、改めて失礼しま〜す!」
準備万端整ったところでもう一回両手を広げて、そう言いながら尻尾に抱きつく。
もちろん両手両足を使って全身で抱きついているよ。
「はあ、もう幸せすぎる〜〜〜」
もふもふ尻尾に顔を埋めてそう呟き、そのあとはもう眠気と必死に戦いつつ何度も顔を上げてはまた顔を埋め、吸っては吐くを繰り返し、かなりの時間をかけてもふもふ尻尾を満喫させていただいたよ。
そして何度かの深呼吸の後、ついに眠気に完敗した俺は、そのまま吸い込まれる様に眠りの海へ墜落していったのだった。
うん、いつもの目を閉じた瞬間に即寝していたのに比べたら、かなり頑張ったと思うよ……。
ぺしぺしぺし……。
翌朝、俺は小さな手で頬を叩かれてぼんやりと目を開いた。
「あれ、どうして今朝は……」
小さくそう呟いた半寝ぼけの俺の耳に聞こえてきたのは、笑ったシャムエル様とベリーの会話だった。
「相変わらずだねえ。これ、カリディア一人くらいでは絶対に起きないよね」
「そうですねえ。でもまあ、たまにはのんびり寝過ごすのもいいのではありませんか。別に急いで朝からどこかへ行く用があるわけでなし」
「いつも好きに寝過ごしていると思うけどねえ。でもまあ、確かにたまにはこういうのも良いね。私の尻尾の被害はかなりだったみたいだけどさ」
「定期浄化の術がお役に立てた様でよかったです。この術は本体に影響が出る可能性がありますから、ずっと長期に渡ってかけ続けるのはいけませんが、今回のように一晩程度なら問題ありませんからね」
「万一にも術の悪影響が出て、大事な尻尾の毛が無理に抜けたりちぎれたりするのは絶対に嫌だから、普段はそんな事はしないよ。尻尾のお手入れは、私の大事な日課だからね」
「そうですね。きちんと術の良いところと悪いところをご理解いただいている様で安心しました」
「うん、強い術には必ず揺り返しがあるからね。そこはちゃんと理解しているよ」
「そういう意味でも、どれだけ使っても本人にほぼ影響のない氷の術をケンに与えたのは良き計らいですね。異世界人である彼には、こう言った術に対する危機感などは、恐らく詳しく説明しても本質の部分で理解して貰えないでしょうからね」
「そうだね、氷の術は本人がちょっと寒くなったり手が冷たくなる程度で、たいした揺り返しがないから、そういう意味では安全な術ではあるね」
へえ、術にはそういう危険性もあるんだ。
ぼんやりとした頭で二人の会話を聞きつつ、のんびりとそんな事を考えていた俺だったよ。
そして巨大尻尾に抱きついたまま、当然二度寝の海へ落っこちていったのだった。




