とりあえず帰ろう
「あはは……あはは……これくらいの大きさの方が……怖さ倍増ですなあ……いやあ、今ほど、スライム達の有り難みを、実感した事は……ありませんでしたぞ……あはは……あはは……」
ようやく降りてきたルベルの背から、文字通りスライム達に背負われてわっせわっせと運ばれてきたガンスさんは、地面に降ろされるなり壊れたみたいに笑いながらそう言ってヘナヘナとその場に崩れ落ちた。
「あの、大丈夫ですか!」
血色の良かったはずの顔色は完全に顔面蒼白になっているし、唇も紫色になっているガンスさんを見て慌てて駆け寄る俺達。
ええと、こんな状態の回復って万能薬でも出来るんだろうか?
口を力ずくで開けさせてでも無理矢理飲ませるか、いっそ頭からひと瓶丸ごとぶっかけた方がいいのだろうか?
自分で収納していた万能薬の瓶を取り出したはいいがどうするのが一番良いのかが分からなくてそれを手にしたまま、俺は周りをキョロキョロと無意味に見回してから、助けを求めるように側にいたハスフェルを見上げた。
「ガンス、良いからこれを飲め。ほら」
苦笑いしたハスフェルが、栓の開いたウイスキーのやや小さめの瓶を渡しながらそう言ってガンスさんの背中を叩く。
「あ、ああ、すまん」
呆然としたガンスさんが差し出されたウイスキーの瓶を受け取り、そのままぐいっと一口、二口、三口と、正にぐびぐびって感じにウイスキーを息も継がずにがぶ飲みする。
いやいや、ちょっと待ってくれ。がぶ飲みって、ビールじゃあるまいし、ウイスキーはそんな飲み方するもんじゃないぞ。アルコール度数、どれだけあると思っているんだよ。
割と本気でガンスさんの肝臓を心配した俺だったけど、瓶の中身をほぼ飲み切ったところでガンスさんは大きなため息を吐いて瓶を下ろした。
蒼白だった顔に赤みが戻ってきていたけど、逆に俺的には急性アルコール中毒の方が心配になってきた。
これ、マジで大丈夫か?
「はあ、何とか落ち着いた。ありがとうな。美味かったよ」
もう一度大きなため息を吐いたガンスさんは、空になった瓶を見せながらハスフェルに笑ってお礼を言っている。
一応見る限り、さっきみたいに顔面蒼白でも唇紫色でもないし、それなりに落ち着いてはいるみたいだ。
「どうやら落ち着いたみたいだな。しかし、お前さんの唇が紫色になるのを初めて見たぞ」
空瓶を受け取ったハスフェルが、からかうようにそう言って吹き出している。
「言うな。俺も驚いているよ。だがまあ、こんな立てないような状態にまでになるのは、冗談抜きで見習い時代のリンクスに追われて死に物狂いで逃げた時以来だな」
乾いた笑いをこぼしたガンスさんの言葉に、笑いそうになって咄嗟に堪えた俺だったよ。
「大丈夫ですか?」
とりあえずもう必要無さそうなので手にしていた万能薬を収納した俺は、もう一度そう言ってガンスさんの右手を握って引っ張って助け起こした。
今度は普通に起き上がり、立って軽く足やお尻の辺りをパタパタと叩いている。
座った場所は砂地になっていた為に、砂埃まみれになっていたんだよな。
「ご主人、ギルドマスターさんを綺麗にしてあげても良いですか〜?」
こっちに向かってビヨンと伸びたアクアの言葉に、思わず笑ってしまう。
「おう、もちろんお願いするよ。全部まとめて綺麗にしてあげてくれるか」
「はあい、では綺麗にしま〜〜す!」
張り切った声でアクアがそう言うと、そのままググッと大きくなって、一瞬でガンスさんを包み込んだ。
「うわあ、何だ?」
めっちゃ焦ったガンスさんの悲鳴を聞いて、俺はまたしても吹き出しそうになるのを必死で堪えつつ見ていると、一瞬で綺麗にしたアクアが離れる。
何しろ、ガンスさんのズボン、あらぬところが濡れていたんだよな。
って事は、まあそういう事なのだろう。
なのでガンスさんの名誉を守る為にも、ここは、俺は知らない振りをしておくべきだよな。
小さく笑って、気分を変えるように深呼吸した俺は、若干まだ足が震えているガンスさんの背中を軽く叩く。
「思わぬ遊覧飛行でしたね。それじゃあ、もう落ち着いたみたいだし、とりあえず帰りましょう」
出来るだけ普通の口調でそう言うと、俺を見たガンスさんは少し恥ずかしそうに笑ってから大きく頷いた。
「そうですな。ではとりあえず帰りましょう。それで、言っていたようにヴァイトンとエーベルバッハに話しておきますので、その後の事はよろしく頼んます」
「そうですね。まあ、お任せください」
苦笑いした俺の言葉に、ガンスさんは遠慮なく吹き出し大笑いしていたのだった。