のんびりな一幕
大変お待たせいたしました!
本日より更新を再開させていただきます!
「はあ、こんなにゆっくりしたのって、いつ以来だろうなあ」
部屋の真ん中に設置されているスライムベッドに寝転がった俺が、ため息と共に小さくそう呟く。
オレンジヒカリゴケも無事にたっぷりと採取を終え、当分の間の万能薬の心配がなくなった俺達は、森林エルフの皆さんが住む木の家に帰ってから一週間。もう完全休暇状態でのんびりと過ごしていた。
とは言っても、ここでは満足に走り回る事も思い切り爪研ぎする事も出来ないので、従魔達のストレス発散と狩りを兼ねて一日おきに従魔達全員を引き連れて外出はしているよ。
だけど、特に狩りをするでもなく、俺達はその間、冗談抜きでテントで思いっきりダラダラしている。
まあ、合間に俺はちょっとした煮込み料理やお粥を作ったりしているけど、これだって普段作っていたのと比べれば微々たる量だ。
だって、いくら大食いとはいえ以前の大所帯と違って今は俺を含めても四人しかいないから、食べる量もはるかに少ないんだよ。
大量の作り置きが全然減らなくて、何だか心配になるレベルだ。
「今までが忙しすぎたんだよな。こんな充実した一年なんて、子供の頃以来な気がするぞ」
小さくそう呟き、何だかおかしくなってそばにいたマニを抱きしめながら笑いが止まらない。
「ご主人、どうしたのにゃ?」
いつまでも笑いが止まらない俺を見て、マニが不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「なんでもない。平和で良いなって思っただけ」
腕を伸ばしてもう一回力一杯マニを抱きしめ、もふもふな胸に潜り込む。
「おお、ニニの腹毛と違って、こういう短いのも良いねえ」
マニの胸元に顔を埋め、す〜は〜と深呼吸をする。
いわゆる猫吸いってやつだ。
「何してるのご主人?」
もう一回不思議そうにそう言ったマニが、俺の頭を前脚でぎゅっと抱きしめる。
「ああ、良いねそれ。最高のハグだ」
笑って俺も抱きついた瞬間、腹の辺りに後ろ脚の蹴りが複数回きて思わず声を上げた。いわゆる猫キックだ。
もちろん加減はされているので大丈夫だが、地味に痛い。
「あ、ごめんなさいなの。この体勢になるとつい蹴っちゃうんだにゃ」
誤魔化すように笑ったマニの言葉に、まだ抱きついたままだった俺が吹き出す。
「やったな〜〜〜! 悪い子には蹴りのお返しだ〜〜!」
人間である俺如きがどれだけ力一杯蹴っ飛ばしても、魔獣であるマニには屁でもないだろう。
そう思って思い切り腹側を下から蹴り返してやった。
「うぎゃっ!」
しかし、予想に反して悲鳴のような声が上がり、即座に前脚の拘束が解かれてマニが後ろに転がる。
「ええ? まさか俺如きの蹴りがそんなに効いたのか?」
慌ててそう叫び、起き上がってスライムベッドから転がり落ちる寸前で触手に受け止められたマニに駆け寄る。
にゅるんと触手が伸びて、マニを元の位置まで戻してくれる。
「ご主人、強い。凄い攻撃だったのにゃ……」
仰向けになったまま薄目を開けたマニの消えそうな声に、俺の焦りは限界を突破したよ。
「ご、ごめん! 今、今万能薬を出すから!」
大いに焦りつつ自分が収納していた万能薬の瓶を取り出そうとしたが、慌てていたせいか、何故か上手く取り出せない。
「うええ、どうしてだよ! ああサクラ! 万能薬を頼む!」
パニックになりかけたが、とにかく万能薬を出すのが最優先だ。
目の前にあった、スライムベッドのクリアピンクの部分を叩いて必死になってそう叫ぶ。
「はいどうぞ。でも、万能薬を何に使うの?」
にょろんと出た触手が、見慣れた万能薬の瓶を渡してくれる。
「ありがとうな! ほらマニ、万能薬だぞ! 痛いのはどこだ!」
万能薬を奪い取るように受け取った俺は、大いに焦りつつマニを覗き込む。
その瞬間、ヘソ天状態のままで笑いを堪えるかのように口元を押さえたマニと目が合った。
万能薬の瓶の蓋を取りかけていた俺の手が止まる。
「マニ〜〜〜?」
「どうしたんだにゃ? ご主人?」
もう笑っている事を隠しもしないマニの言葉に、今度は一瞬で万能薬を収納した俺は両手を広げてヘソ天状態のマニに飛びかかった。
「やったな! この嘘つきが〜〜〜! マジで心配したのに!」
両手でマニの頬肉を引っ張って伸ばしながら、俺はそう言ってマニの顎の下に頭を突っ込んだ。
笑いながらそのまま、ふわふわな喉の辺りに顔を埋めてぐりぐりと額を擦り付ける。
「だから、その体勢は駄目なのにゃ!」
笑ったマニが両前脚でもう一回俺を抱きしめ、今度も明らかに加減した力で猫キックをしてくる。
「こっちも蹴っ飛ばすぞ〜〜〜!」
一応、さっきよりは加減したキックをお見舞いしてやると、またしてもわざとらしくか細い悲鳴を上げて転がるマニ。
その際、両前脚で俺を抱きしめたままで。
「ご主人、危ないよ〜」
一緒にスライムベッドから転がり落ちた俺とマニは、呆れたようなアクアの声と共にもう一回伸びてきた触手に受け止められたのだった。
もう、俺の笑いはいつまでも止まらず、何事かとハスフェル達が部屋に見に来るまで、俺はマニに抱きついたままひたすら笑い転げていたのだった。