ルベルの訓練?
「お疲れさん。ほらおいで」
ようやく森林エルフの皆さんから解放されたルベルが、もうぐったりって感じに床にペシャンコになったのを見て、笑った俺はそう言って両手を広げた。
「ん? おいでとな? ご主人のところへ行けば良いのか?」
中途半端に広がったままだった翼をゆっくりとたたみ、長い首をもたげてこっちを見たルベルが不思議そうにそう言っている。
「あれ、知らないのか。おいでは、こんな風にするから来ていいよって意味だよ」
「こんな風にするのよ!」
「ほら、こんな風にね!」
俺の言葉の直後、猫サイズのままのヤミーとティグがほら見ろと言わんばかりに勢いよく俺の胸元に飛び込んできた。当然、しっかりと抱き返してやる。
でもって、俺の腕の中にいたヤミーとティグが振り返ってルベルに向かってドヤ顔になるのを見て、思わず吹き出したよ。
「成る程。そういう意味での、おいで、なのか」
納得したらしいルベルが、ゆっくりと床から体を起こす。
それを見たヤミーとティグが、緩めた俺の腕からひらりと離れる。
「では、失礼する」
重々しくそう言ったルベルがゆっくりと一歩目を踏み出し、そのままドスドスと走って俺の胸元に突っ込んできた。ちなみに今のルベルの大きさは、体部分が中型犬サイズくらい。さっきのヤミー達ほどの素早さはないが、その重量はヤミー達の倍どころではない。
ある程度の大きさになると、何故かルベルの体重って一気に増えるんだよ。大体のボーダーラインは、人間サイズ以上か以下かって感じ。今は……ボーダーラインすぐ上くらいか?
逆に小さくなって鳥達サイズくらいになると、本当の鳥かってくらいにめっちゃ軽くなるんだよな。
「げふう!」
だけど今は相当な重量があるようで、まともにぶち当たられてあっけなく吹っ飛ばされる俺の体。
「ご主人危ないよ〜〜〜」
のんびりしたアクアの声の直後、吹っ飛ばされた俺はスライムベッドに背中から突っ込んで止まった。
「ルベル! 言ったでしょうが! その大きさであんなに勢いよく突っ込んだら駄目だって!」
「もうちょっと加減しなさい! 全く、不器用なんだから!」
「す、すまぬ。これでもかなり加減したんだが……」
ヤミーとティグの叱る声が聞こえて、思わず吹き出す俺。
「まあ、とりあえず無事だったからいい事にするよ。でも、出来れば突っ込んでくるなら、カゴに入っているときくらいに小さくなってからにしてほしいなあ」
そう言ってスライムベッドから降りて立ち上がり、笑いながら両手でおにぎりを握る振りをしてから両手で小さな丸を描いて見せる。これくらいの大きさな、って意味だ。
「な、成る程。ではこうすれば良いのだな!」
何故か目を輝かせたルベルが、俺が言った通りにググッと小さくなった。
「では、もう一度。失礼する」
大真面目にそう言った直後、ルベルが視界から消えた。
でもってその直後に鳩尾に一撃、クリーンヒット!
「げふう!」
衝撃のあまり身体中の空気が全部抜けた気がする。
またしてもスライムベッドにめり込む勢いで倒れ込んだ俺は、そのまま呆気なく意識を吹っ飛ばしたのだった。
ぺしぺしぺし……。
ぺしぺしぺし……。
ふみふみふみ……。
ふみふみふみ……。
ふみふみふみ……。
ふみふみふみ……。
カリカリカリ……。
カリカリカリ……。
つんつんつん……。
チクチクチク……。
こしょこしょこしょ……。
ふんふんふんふん!
ふんふんふんふん!
ふんふんふんふん!
ふんふんふんふん!
「うん、起きてるって……」
いつもの従魔達総出のモーニングコールに起こされた俺は、なんとかそう答えた後に不意に違和感を覚えて慌てて目を開いた。いつもと違って頭はスッキリだし体も普通に動く。
「うわあ! びっくりした」
しかし、開いた目の前間近にベリーの顔があって、驚きに飛び上がって悲鳴を上げる。
「ああ、ようやくのお目覚めですね。どうですか? お体、どこか痛いところなどありませんか?」
本気で心配しているその口調に、訳が分からず周囲を見回す。
「ご主人起きた〜〜〜!」
「ご主人生きてた〜〜〜!」
「よかった〜〜〜!」
涙目の従魔達が口々にそう叫んで俺の腕や顔を舐め始めた。頭突きしてきたり、頬擦りしてくる子達もいる。
「ええと、何がどうなってるんだ?」
状況が全く分からずにそう呟くと、ベリーが小さく吹き出してから俺の腹をそっと叩いた。
「ルベルには、もう少し力加減をしっかりと教えてあげないといけませんね。今回は、内臓の一部に出血が見られましたので、これは危険と判断して私が高位の癒しの術をかけさせていただきました。一応、全回復しているはずなのですが、いかがですか? もしもまだどこかに痛みがあるようならもう一度術をかけますよ?」
心配そうなベリーの言葉に、ようやく現状を理解した。
小さくなったせいで、ぶつかった時の危険度がさらに上がったらしい。
「ルベル! お前は〜〜〜〜!」
とりあえず側にいたルベルを捕まえておにぎりの刑に処する。
「す、すまぬ。あれでもかなり加減したのだが……」
「本当にこの馬鹿力が! ご主人に万一の事があったらどうするのよ!」
「そうよそうよ! いい加減にしなさい!」
ヤミーとティグに左右から叱られて、わかりやすくショボーンって感じに凹むルベル。
「う、うむ。次はもっと弱くしてみよう」
その凹み具合があまりに情けなくて、起き上がった俺は笑ってもう一回ルベルをおにぎりにしてやったのだった。
ううん、それにしても毎回これではいくら丈夫でも俺の体が保たないぞ。
ちょっとどうすればいいのか真剣に考えないと、命がいくつあっても足りなさそうだよ。
ってか、もしかしてこれって、俺が身をもってルベルに力加減を教えないといけないやつなのでは……。
マジで俺の体、保つかなあ……。
遠い目になってルベルをおにぎりにしつつ、割と本気で気が遠くなった俺だったよ。




