感謝と説得
「全ての炎を消し去るには、その炎の核を砕けばいい。ここから見える範囲にある火は、それで全て消し去れます」
怖いくらいの真顔のベリーの言葉の意味を考え、唐突に思いついたその答えに俺は血の気が引いた。
「なあ、まさかとは思うんだけど、その場合フランマはどうなるんだ?」
恐る恐る尋ねた俺を、ベリーはもう一度真顔で見てからふいと目を逸らした。
「その炎の核は、文字通り、幻獣であるフランマ自身の核でもあります。当然、それを砕けばフランマの命はありませんよ。人間で言えば、心臓を握り潰すのと同じ意味を持ちます。ああ、もちろん外部からの攻撃は炎の核自身が持つ守護の結界によりことごとく無効化されますから、外部からの物理攻撃や術による攻撃で炎の核を砕く事は、それこそ私やハスフェル達でも難しいでしょうね。カーバンクルの額にある炎の核を砕けるのは、その炎の核を持つ者自身がそれを願い実行した時だけです」
悲鳴を上げた俺を、ベリーが一転して優しい眼差しで見る。
「そ、そんな……」
衝撃のあまり言葉が出なくなった俺が半ば呆然とすぐ横にいるフランマを見ると、フランマは俺を見上げて平然と笑った。
「だからって、ご主人がそれを負い目に感じたりしないでね。これは、忠誠を誓ったご主人への、私なりの誠意なんだから」
「いやいや。命懸けの誠意とか駄目だって!」
慌ててその場に片膝をついた俺は、フランマと視線を合わせてから両手を伸ばしてフランマをそっと抱きしめた。
「ありがとうフランマ。おかげでルベルをテイム出来た。確かに助かったよ。でも、でも俺は、そんな命懸けの誠意なんて欲しくないよ。俺はフランマと、もっとずっとずっといつまでも、いつまでもフランマと一緒に旅をしたい。ふかふかな尻尾を撫でていたいし、たまには抱き枕にもなって欲しい。フランマは、俺の大切な旅の仲間だ。今も、そしてこれからもな。だからフランマも、そんなに簡単に命を投げ出そうとしないでくれ。たとえそれが俺の為だったとしても、それで俺が助かったとしても、フランマを失った悲しみは永遠に続くんだ。俺にそんな悲しい思いをさせないでくれ。だからさ。そんな時には一緒に、絶対に全員が生き延びる道を一緒に探そう。大丈夫だよ。その為の仲間なんだ。誰かが苦手な事や不得意な事は、それが得意なやつが担当していけばいいだけなんだからさ」
俺の言葉に驚き、目を見開いて俺を見るフランマを一旦腕を緩めて正面から見つめ、今度は両手でふわふわな頬を包み込むようにしてその顔を胸元に引き寄せて抱きしめてやる。
「だから、お願いだからもっと自分を大切にしてくれ。幻獣と人とでは命の感覚は違うのかもしれないけれど、俺は人間だから、人間の感覚でしか命を語れない。だからお願いだ。俺は、俺は仲間の誰にも、命を粗末にして欲しくない。フランマの忠誠心を疑うつもりなんて微塵もない。命懸けで守ってもらった俺が言える立場じゃあない事は重々承知している。でも、でもお願いだから自分の命を軽々しく扱わないでくれ。それは、俺にとっては何者にも変え難い大切な命なんだからさ」
言い聞かせるように、言葉を区切りながら抱きしめたフランマにゆっくりと話しかける。
話している間に涙があふれてきたけど、今は両手が塞がっているので一旦放置だ。
しかし涙は止まる事なくどんどんあふれてきて、ボロボロと頬を転がり落ちてフランマのふかふかな毛に落ちて流れていった。
そして、抱きしめていたフランマもまた、俺の胸元に頭を擦り付けるようにして号泣していた。
「ごめんなさいご主人。私の一方的な思い込みでご主人を不安にさせたのね。私、私……何かあった時には躊躇いなく命をかける事が、そう出来る事が忠誠心だと思っていた。だから残して逝った後の事なんて、残された者がどう感じるかなんて微塵も考えていなかったわ。そうよね。自分のせいで私が死んだら、ご主人はきっと残されたセーブルみたいになったでしょうね。ごめんなさい。ごめんなさい。私の考えが足りなかったわ」
「うん、うん」
泣きながらのフランマの言葉に、俺はもうズルズルと鼻を啜りながらひたすら頷き続けていたのだった。
「よかった。どうやら一件落着したようですね。ねえフランマ、次があれば私も手伝いますから、その時は皆が生き延びる道を一緒に探しましょうね」
「そうね。その時はお願いするわ」
笑ったフランマの返事にベリーが安堵のため息を吐き、その答えに泣き笑いな俺も頷く。そしてここでようやく抱きしめていた手を離して立ち上がった。
「あはは、俺の胸元にフランマの泣き顔がプリントされたぞ」
俺の胸当ては、号泣したフランマの顔の形が涙のせいでくっきりと映し出されていて、本当にプリントしたみたいになっている。
でもって、俺が顔を埋めていた辺りのフランマの毛も、なんだかべっちょりと濡れて体に張り付くみたいになっていたよ。
「何これ! もう!」
自分の顔型が映し出された俺の胸元を見て、それから自分のびちょ濡れになっている毛を見たフランマが怒ったようにそう言い、笑ったベリーが俺の胸元をそっと叩き返す手でフランマの濡れた毛もそっと撫でた。
一瞬で俺の胸当ては綺麗になり、濡れていたフランマの毛もこれまた一瞬でふわふわに戻った。
ベリーも洗浄の術を使えたんだな。
「あはは、綺麗に戻ったよ。ありがとうな、ベリー。さすがは賢者の精霊様だな」
「どういたしまして。これくらいお安いご用ですよ」
そう言いつつもドヤ顔で胸を張るベリーの言葉に、俺とフランマとベリーは同時に吹き出し大爆笑になったのだった。
うん、そうだよ。
俺はこんな風にいつだって馬鹿言って、ただ皆で一緒に笑っていたいだけなんだよ。