テイムと名前
「ううん、デカい」
地上近くまで降りてきたところで、目の前に丸くなったアサルトドラゴンを前に俺は思わずそう呟いたよ。
いや、冗談抜きでこれと戦ったハスフェル達をマジで尊敬したよ。
どれだけ強力な武器や防具があったとしても、俺はこのサイズと武器を持って戦うのは絶対に無理。マジで無理。絶対無理だって。
若干現実逃避気味にそんな事を考えつつ、ゆっくりとアサルトドラゴンのすぐ側まで降りたところで問題に気がついた。
「これ、空中に浮かんだままでテイム出来るかな?」
そう呟いて腕を組んで考える。
地上まで降りてしまうと、アサルトドラゴンが目の前まで首を持ってきてくれないと、テイムする際に手を当てるべき額まで手が届かない。
しかも、俺がこれだけ近くにいるのにアサルトドラゴンは全くの無反応。
「これ、俺が翼の中まで入って行かないと駄目なパターンか?」
さすがにそれはちょっと怖い。
どうしたらいいのか分からず固まっていると、ゆっくりとアサルトドラゴンが首を動かして翼の中から顔を出した。
「デカっ!」
目の前全部が顔になり、もう一回今度はかなりの大声でそう叫ぶ。
「其方が魔獣使い、あの従魔達の主人か」
俺を見たアサルトドラゴンの意外なくらいの静かな声に、俺は出来るだけ大きく頷く。
今炎を吹かれたら、瞬きする間も無く俺は炭になって消し飛ぶだろう。
だけど、フランマが守るって言ってくれたのでここは信頼して任せるしかない。
俺は、俺に出来る事をするだけだ。
「ああ、そうだよ。俺が魔獣使いで、あの従魔達は、全員俺がテイムした子達だ」
拳を握り締めて、しっかりとそう答える。
こうして対峙すると、やっぱり怖いとは思う。
だけどこれは、桁違いの大きさの生き物を前にする時に感じる本能的な部分だろうから、単に怖いっていうのとは意味が違う。
大丈夫だ。さっきと同じでこのデカいアサルトドラゴンを前にしても、逃げ出したいほどの恐怖心はもう無い。
「ならば教えてくれ。我は、我はどうすればいいのだ……」
しょんぼりとしか表現出来ない表情のアサルトドラゴンの声に、俺はゆっくりと近付いて行って手袋を外した右手をその大きな額にそっと当てた。
以外にひんやりとしたその赤い鱗は滑らかで、とても綺麗だ。
「俺がテイムしてやる。お前はただそれを受け入れればいい。そして、主人や仲間達と過ごす事の楽しさと喜びをしっかり知って、自分が殺したご主人と村人達の魂が輪廻の輪に戻り、新しい命としてまたこの世界に帰ってくる事を心から願ってくれればいい。それがお前の罪滅ぼしだよ。前のご主人の分まで俺が愛してやる。だから、だから俺の仲間になれ」
一言一言に力を込めて、言い聞かせるように静かな声でそう話しかける。
セーブルと同じく、今までの記憶を全部持ったままでテイムするよ。紋章は無いからそこは違うけどな。
目を閉じたアサルトドラゴンは、静かに喉を鳴らし始めた。
ニニ達とは全く違うまるで遠雷のようなその音を、俺も思わず目を閉じて聴き入った。
なんて言うか、これ、めっちゃ癒される音なんですけど。
「理解した。我は貴方に従おう。我に、贖罪の機会をくれた事に心から感謝する」
静かな声でそう答えたアサルトドラゴンは、俺の手に少しだけ頭を押し付けるようにした。
その様子が、どれくらい力を入れていいのか分からず困っているようにも見えて、俺は笑顔になってぐいっと力を入れて押し返した。
「砕けろ!」
足元を凍らせていた氷を砕いてやる。もちろん、くっついている体には影響が出ないように細心の注意を払って砕いたぞ。
次の瞬間、アサルトドラゴンがピカッと光った。でもって、さらにググッと二回りくらいデカくなった。
「おいおい、どんだけデカいんだよ。これ、従魔達が全員乗っても大丈夫なレベルだぞ」
若干ドン引きしていたら、巨大化したアサルトドラゴンはまた喉を鳴らし始めた。
ああ、癒される……って、いかんいかん。また目を閉じて聞き入りそうになって我に返った俺は慌てて首を振った。
「紋章はどこにつける?」
俺の言葉に、周りにいた従魔達がそれぞれ自分の紋章を見せるように座って胸を張ったり頭を下げたりした。
いつの間にか、鞄の中からスライム達まで出てきていて、ずらっと並んで伸び上がっている。
「胸元か額が定番のようだな。では、額にお願いしても良いだろうか」
従魔達を横目で見たアサルトドラゴンが、遠慮がちにそう言ってまた喉を鳴らす。
「分かった。じゃあこのままここに刻むよ。お前の名前は、ルベル。俺の名前は、ケンだよ。よろしくな。ルベル」
ルベルは、ラテン語で赤って意味だ。あの赤い鱗を見て思いついた名前だよ。
この辺りの記憶って、営業時代の話題作りの一つに覚えただけなんだけど、向こうでは使い所があまり無かったんだっけ。でも、意外に今になって役立っているよ。
「ルベル、我の名前……」
ゆっくりと顔を上げたルベルは、巨大な体をプルプルと振るわせつつそう呟く。
「我が名はルベル! 魔獣使いケンの従魔なり!」
森中に響き渡るほどの大きな咆哮と共にそう叫んだルベルは、もう一回ピカっと光ってからぐんぐん小さくなっていった。
「普段の大きさは、これくらいで良いだろうか?」
胴体部分が普段のファルコと変わらないくらいの大きさにまで小さくなったルベルは、得意そうにそう言って軽く羽ばたく。当然、その翼もファルコと変わらないくらいに小さくなっている。
でも、鳥達よりもはるかに長い首と長い尖った尻尾、そして立派な脚のせいで普段のファルコよりも一回り以上大きく感じる。
「ううん、悪くはないけどもうちょい小さくなれるか?」
このサイズだとまだ怖がる人がいるかもしれないのでそう言うと、翼を畳んだルベルがもう一回り小さくなった。
まあこれなら何とかなるだろう。
「ええと、普段は何処にいてもらおうかな?」
もう俺の肩も腕も背中もほぼ満員だ。
「じゃあ、ケンの右肩にいればいいよ。私はルベルの足の間に収まるからさ」
シャムエル様がそう言って、一瞬で俺の右肩に現れる。
「ええ! まさかシャムエル様ですか!」
それを見たルベルが、慌てたようにそう言いバタバタと羽ばたいて目を見開いている。
「そうだよ。ちなみに、私もケンの旅の仲間だから、よろしくね、ルベル!」
何故かドヤ顔になったシャムエル様の言葉に呆然としていたルベルは、しばらくして笑いながらもう一度大きく羽ばたいた。
「まさか、創造神様と旅の仲間になれるとは。貴方は一体何者なのですか、ご主人」
「今の君なら理解出来るだろうね。彼が来てくれたおかげで、この世界は救われたんだよ」
もう一回ドヤ顔になったシャムエル様の言葉に、ルベルが驚きの声を上げる。
どうやら、俺にテイムされてさらに知能が上がったらしく、ルベルは呆然と俺を見た後にふわりと羽ばたいて俺の右肩にきて留まった。
「貴方にテイムしていただけて、私は幸せ者です。改めてよろしくお願いします。ご主人」
遠慮がちな言葉に俺も笑って、よろしくと答えた。
ううん、しかし小さくなったとは言っても足の爪はファルコ達よりもはるかに大きくて太い。
でも、器用に俺の胸当ての肩当て部分に留まったルベルの爪は、しっかりと肩当てを掴んでいて俺の体には当たっていない。
「私はここ〜〜」
笑ったシャムエル様が、そう言ってルベルの脚の間に収まる。おお、まるで当てがったみたいにサイズピッタリだ。
「じゃあ、ルベルの定位置はそこだな」
笑ってその体を撫でてやると、ルベルは嬉しそうに俺の手に頭を擦り付けてきた。
ううん、これって街へ戻ったらまた大騒ぎになるやつだな。
のんびりとそんな事を考えながら、両手でルベルの頭を力一杯おにぎりにしてやったのだった。