激戦と負傷
「で、マジでどうするんだよ。この状況」
思わずそう呟くと、真顔になったハスフェル達三人が揃って俺を見た。
「一応質問なんだが、お前はどうしたい?」
ハスフェルにそう聞かれてしばし無言で考えた俺は、もう一度地面を見下ろす。
地面に座り込んだままのアサルトドラゴンは、こっちを睨みつけているだけで動こうとしない。
「正直言って、あれをテイム出来る気は全くしない。マジで怖いって。でも、今の話を聞いたら、あのまま放置するのも絶対に駄目だって事だけは分かる。冗談抜きでどうすればいいんだろう……そんなの俺が聞きたいくらいだよ」
俺の言葉に、さっきの俺より大きなため息を吐く三人。おお、相変わらず見事な肺活量だねえ。
思わずそんな事を考えて現実逃避していると、もう一回ため息を吐いたハスフェルがゆっくりと首を振った。
「俺達には選択肢は二つある。まず、俺達の持つ術と攻撃力を総動員して何がなんでもあいつを叩きのめしてから確保、ケンがテイムする方法。だが、ケンが出来る気がしないと思うのなら、シャムエルの言う通り無理はしない方がいい。最悪、その魔獣使いと同じ目に遭いかねないからな」
真顔でそう言われて、俺は返す言葉が出てこなかった。
「じゃあ、もう一つの選択肢って?」
「元々やろうとしていた通りに、俺達の全力であのアサルトドラゴンを倒す。言葉が通じるほどに知識のある状態で、ましてや奴は人を憎悪している。そんな考えを持つ、あれほどの強さのジェムモンスターを野に放置するなど以ての外だ。絶対に駄目だ」
真顔のハスフェルの言葉に、ギイとオンハルトの爺さんだけでなく、こちらも真顔のベリー達までが揃って頷いている。
「そ、そんな……」
「私もそれしかないと思う。可哀想だけど、あれを放置するのは絶対に駄目だからね」
絶句する俺に、真顔になったシャムエル様までがそう言って頷く。
その時、足元から大きな咆哮が聞こえて俺達は揃って飛び上がった。
「ああ、もう怪我がほとんど癒えてしまった! 気をつけて! 上がってくるわ!」
フランマの叫ぶ声と、奴が翼を広げて羽ばたくのはほぼ同時だった。
「出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ!」
そして、真っ赤な炎が足元から吹き上がって来るのが見えて、俺は必死になって氷の盾を出し続けたのだった。
「行くぞ!」
即座に氷の剣を取り出す三人。
「ご主人はこっち!」
フランマに肘の辺りを噛んで引っ張られて、一緒にもっと上昇する。
空中に上がってきたアサルトドラゴンに対し、ハスフェル達は常に別れて三方から同時に攻撃を行なっている。特に狙っているのは翼の根元辺りで、まあ、とりあえず地面に落とすには翼を攻撃するのが一番なのは、戦闘にはズブの素人の俺でも分かるよ。
当然、アサルトドラゴンにもその程度は分かるみたいで、器用に体をくねらせて攻撃をいなし、時には炎のブレスで攻撃までしてくる。
俺は、フランマに言われるがままに必死になって氷の盾をあちこちに出し続けていた。
途中、これだけ氷の盾を作ってもそれほど魔力が減った感じがしない事を疑問に思ったりもしたんだけど、今、その理由を考える余裕なんて全く無い。
これはまた後で考えてみよう。
そう思った時、右肩にシャムエル様が現れて俺の首元をそっと叩いた。
「あれ? 今、魔力が回復したっぽい」
魔力切れになった時に感じる脱力感というか虚脱感みたいなのを若干感じていたんだけど、不意にそれが無くなったのに気がついて、驚いてシャムエル様を見た。
「今は緊急事態だからね。裏からちょっと細工をして、魔力回復速度を加速しているの。言っておくけど、これは今だけの処置だからね!」
「お、おう、ありがとうございます」
思わずお礼を言ったよ。
「そうか。バイゼンの街であの岩食いと最後に戦った時、たった一人地面に立ってバンバン炎を打ち出していたエリゴールに、シャムエル様が何かして魔力回復の助けをしているって言っていた、あれか」
「そうそう。氷の盾はハスフェル達の命綱でもあるからね! じゃあ頑張って!」
ドヤ顔になったシャムエル様は、そう言うとすぐにまた消えてしまった。
「出ろ出ろ出ろ!」
見送る暇もなく、またフランマに指示された場所に必死になって氷の盾を作り続けた俺だった。
しかし、アサルトドラゴンのしぶとさは相当のようで、なかなかハスフェル達でも翼への攻撃が届かない。
それどころか、少しでも近付いた瞬間に尻尾や脚を使った物理攻撃まで仕掛けてくる始末。
実際、何度も三人とも尻尾に弾き飛ばされたり、鉤爪の攻撃で流血したりもしている。
さすがにベリーは無傷のようだが、彼も逆に攻めあぐねているようで有効な一撃が放てないままだ。
「あれ、ベリーの他の魔法でも落とせないのか?」
ベリーは相当強い術をいくつも持っているんだから、それを使えば落とすくらいは出来そうなんだけど駄目なんだろうか?
そう考えて呟くと、フランマが大きなため息を吐いた。
「あのドラゴン。セーブルと同じで何故か魔力耐性が異常に高いの。特にあの全身を覆っている鱗の魔力耐性が相当高いみたいで、ベリーの術でも角度によっては弾き返されちゃうのよね。何度かやってみて、ハスフェル達に危険が及ぶと判断したらしく、最強の風や水の術はほぼ封印状態なの」
「うええ、何だよそれ。ああ! ハスフェルが!」
三人が同時に切り込んだ瞬間、前脚に弾かれたハスフェルから大きな血飛沫が上がるのが見えて、こっちの血の気が引いた。しかも意識が無いらしくそのまま真下へ落ちていく。
それを見たベリーが、即座に落ちるハスフェルを追いかける。
「出ろ!」
咄嗟に彼の下側にお椀状になった氷の盾を作って落ちるハスフェルを受け止める。
追いついたベリーが氷の盾に足をかけて踏ん張り、意識が無いらしいハスフェルを抱き止めるようにして確保するのが見えて、安堵のため息を吐いた。
ベリーは癒しの術が使えるから、任せても大丈夫だろう。
しかし、そんな二人に向かってアサルトドラゴンが炎を噴き出しそうになるのが見えて、俺は即座に二人の前に氷の盾を何重にも出現させた。
吹き出された強烈な炎に氷の盾が溶け、また何重にも氷の盾を作る。
「あ、これなら出来るかも!」
イタチゴッコな状態で必死に二人を守っている時、不意にある事を思いついた俺は即座にそれを実行した。
「よっしゃ! これで炎は一時とはいえ封印出来たぞ!」
そう。思いっきり強度を上げた氷で、アサルトドラゴンの口を閉じた状態にしてガッチガチに固めてやったのだ。
喉から炎を吹き出せるわけではないと言っていたから、これなら回復の時間稼ぎ程度にはなるだろう。
「最高だな!」
「ありがとうよ!」
それを見たギイとオンハルトの爺さんがそう叫ぶと、二人同時に翼の根本めがけて突っ込んで行った。
しかも二人は並んで同じ箇所を攻撃して、見事に片翼を切り落として見せたのだ。
悲鳴すら上げられずに地面に墜落するアサルトドラゴン。
それを追って地面に急降下する二人と、ハスフェルを抱いたままゆっくりと地面に降下するベリーを追って、俺達もとにかく地面に向かって降下して行ったのだった。