謎の声
「出ろ〜〜〜!」
ハスフェルとギイの前にも透明な氷の盾を作り出した俺は、ようやく収まった炎の攻撃の大元、亜種で群のリーダーなのだという巨大なアサルトドラゴンを改めて見た。
一匹だけ飛ばずに地上から長い首を伸ばしているそいつは、確かにとんでもなくデカくて、明らかに俺達を睨みつけるかのようにはっきりとこっちを見ていた。
やや開いた大きな口元からは小さな炎が見えている。
「生き物なのに、炎を噴き出すってどういう設定だよ」
思わずそう突っ込まずにはいられなかったよ。
「アサルトドラゴンは、ジェムモンスターのドラゴンの中では、まあ最強クラスなんだよね。ちなみにあの炎は喉から噴き出しているんじゃあなくて、口元に炎の術を発動させて、吐き出した息で火力を増して噴き出したみたいに見えているだけだよ。分かった? 別に口の中から火を噴き出しているわけじゃあありません!」
「全く慰めにならない説明をありがとうな!」
何故かドヤ顔になったシャムエル様の説明に思わずそう言い返したけど、俺は間違ってないよな?
その後も、ハスフェル達三人は、先ほどの攻撃を凌ぎ切った群れの残りのアサルトドラゴン達がこっちに向かってきたのをなんとか飛び回って逃げつつ、見事な連携で各個撃破していった。もう残りのアサルトドラゴンは、あの亜種を除けばあと数匹になっている。
俺はフランマに守られつつ戦闘現場からかなり離れた上空で、言われた場所に、即座に確実に氷の壁を作り出して、戦う三人を必死になって守っていた。
今のところ、強い炎の攻撃の場合には氷の盾を溶かされる前に重ねて出現させる方法で、なんとか全ての攻撃を凌いでいる。
あの亜種は、何故かさっきの一回きりでそれ以上攻撃する事もなく、唯一地上に留まっている。
もしかしたら翼に怪我を負っているのかもしれないから、それならこっちにも勝機はありそうだ。
とはいえもう緊張のあまり俺の全身は汗びっしょり状態だよ。不快な事この上なしだ。いつも一瞬で綺麗にしてくれるサクラの存在の有り難さを、思い知ることになっているよ。
「おのれ、忌々しい人間どもめが」
ハスフェル達が見事な連携で残りのアサルトドラゴン達と戦っているその時、不意にごく小さな呟きが聞こえて思わずフランマを見た。
この距離だとフランマの声くらいしか聞こえないはずだからな。でも、フランマが呟く言葉とは思えなかった。
「ん? どうかした? ご主人」
俺を見上げたフランマの不思議そうな言葉に、咄嗟に返事が出来なかった。
うん、さっきの声は絶対にフランマの声じゃあない。フランマの声は可愛らしい女の子の声だけど、さっきのは間違いなくおっさんの低い声だった……って事は、誰の声だ?
無言で考えて、さっきの言葉を思い出した瞬間、全身に鳥肌が立った。
おのれ、忌々しい人間どもめが。
こんな言葉をハスフェル達やベリー、カリディアが言うはずがない。となると、もう言いそうな相手は地上にいるアサルトドラゴンしかいない。
「ええ、ちょっと待ってくれよ。もしかしてまたセーブルやヤミーみたいに、まさかの、またしても元従魔なのか? だけど、あんなデカいのをテイム出来た奴なんていたのか?」
思わずそう呟く。どう考えても俺でもテイムするのは無理な気がして、冗談抜きで血の気が引いたよ。
もうどうしたらいいのか分からなくなって、俺は一人無言の大パニックになっていた。
「さっきからどうしたのよご主人。ちょっと今は戦闘は小休止状態だけど、気を抜かないでね」
呆れたようなフランマの声に我に返った俺は、とにかくハスフェル達に念話で呼びかけた。
ちなみに今は常にトークルーム全開状態になっていて、しかも俺達だけじゃあなく、ベリーとフランマとカリディアも常に繋がっている状態だよ。
『なあちょっと待った!』
『ん? どうした?』
即座に不思議そうなハスフェルの返事が返ってきた。
『い、今、今俺の耳にとんでもない呟きが聞こえたんだよ。おのれ、忌々しい人間どもめが、って! これって、どう考えても言ったのはあの、アサルトドラゴンの亜種だよな!』
『何だと?』
『そんな呟き、俺には聞こえなかったぞ』
『俺もだ』
『私にも聞こえませんでしたね。間違いありませんか?』
最後の、明らかに信じていないっぽいベリーの言葉に、俺はなんと答えたらいいのか分からず困ってしまった。
地上に留まっている巨大なアサルトドラゴンは、俺達を睨みつけたまま動こうとしない。
『ちなみに、あいつが飛び上がらないのはどうしてだと思う? やっぱり翼に怪我を負っているとか?』
『恐らくそうだと思うが、少なくとも見える範囲に怪我は無いから、こっちが油断して近寄ってくるのを待っている可能性もある。絶対に迂闊に近寄るなよ』
まさに今から近寄って話しかけてみようかと思っていた俺は、慌ててハスフェル達を見た。
『言っておくが、あれをテイムしようなんて思うなよ。あれは人が支配出来る範囲を超えている。お前であっても無理だと思うぞ』
明らかに俺がやろうとしている事に気付いているらしいハスフェルに釘を刺されてしまい、なんと答えていいか困っていると、地上にいたアサルトドラゴンがゆっくりと翼を広げた。
それを見て、周囲に散らばっていた生き残りの全部で五頭のアサルトドラゴン達が亜種の周りに集まっていった。
「うわっ、飛んだ!」
翼を広げたアサルトドラゴンの亜種がゆっくりと羽ばたいて空中に上がる。
「どんだけデカいんだよ! でもって、こっち来んな〜〜〜!」
明らかに群れごと俺を目指してこっちに向かって飛んでくるのが分かり、俺は大慌てでそう叫んで必死になって飛んで逃げたのだった。
でも、すぐ後ろで羽ばたく音が聞こえて、俺はまたしてもパニック寸前になっていたのだった。