ハスフェル達からの頼まれ事
「はあ、また全身びしょ濡れだよ。サクラ〜〜綺麗にしてくれるか〜〜」
ようやく水遊びが一段落して岸に上がったところで、俺は笑って濡れた髪をかき上げつつスライムカヌーから分離したサクラを見てそうお願いした。
「はあい、じゃあ綺麗にしま〜〜す!」
得意そうな声が聞こえた直後に、一瞬で全身を包まれる。
解放された時にはもう、いつも通りのサラッサラに戻っていたよ。
「いやあ、いつもながら凄いな。完璧だよ。ありがとうな」
笑ってサクラをおにぎりにしてやると、触手が伸びて俺の腕に一瞬だけ絡まってからすぐに戻った。
この、控えめな甘え方も最高に可愛いんだよな。
それから、川から上がってきた従魔達やお空部隊の子達もスライム達が綺麗にしてくれて、そのまま一旦俺のテントへ全員揃って戻った。
ちなみに、水に濡れるのが嫌なシャムエル様は、俺達が水遊びを始めた途端にまた消えてしまい、水遊びを終えてテントに戻ったところで、いつの間にか俺の右肩に戻ってきていたのだった。
「ちょっと体が冷えたから、ここはホットコーヒーだな。あ、ホットコーヒーの在庫が減ってるじゃないか。淹れておかないと」
アイスはかなり作り置きがあったんだけど、ホットコーヒーの在庫が案外少なくてちょっと慌てた。今飲んだらほぼ残らないくらいの量しか無いぞ。
「ご主人、じゃあこれだね〜〜」
俺の呟きを聞いたサクラが、即座にホットコーヒーセットを机の上に取り出して並べてくれる。
お湯を沸かす為のコンロとヤカン。それからいつもお世話になっている無限水筒。空いているホットコーヒー用の蓋付きピッチャー、コーヒー豆とコーヒーミル、それからネルドリップだ。
「なんだ、コーヒーを淹れるのか? それならやるよ」
「ああ、コーヒーか。これは俺達でも手伝えるからな」
それを見たハスフェルとギイが立候補してくれたので、とりあえず追加のコーヒーを淹れるのは二人にお任せしておき、並べた四人分のカップにとりあえず今あるホットコーヒーを入れておいた。
「それで、いったい何がどうなって何を困っているんだ?」
お湯を沸かし始めたギイを横目で見つつ、ガリガリと音を立ててコーヒーミルを回しているハスフェルにそう尋ねる。
「おう、ちょっと予想外の相談で俺達も驚いたんだよ」
苦笑いするハスフェルの言葉に、ギイとオンハルトの爺さんも困ったように笑っている。
「もう、絶対に聞きたくない気しかしないんだけど、聞かないって選択肢はそもそも俺には無いんだよな?」
さっき念話で話した事をもう一度言うと、三人揃って大爆笑になった。
「ほら湯が沸いたぞ」
「ああ、じゃあここにお湯を頼む」
砕いたコーヒー豆を入れたネルドリップを差し出し、下にピッチャーを置いてからギイがゆっくりとお湯を注ぐ。
「ううん、良い香りだ」
一気に立ち上がるコーヒーの香りに、思わず深呼吸する俺。
この、ハンプールの街にいた時にセレブ買いでまとめて購入したコーヒー豆、かなり良いものみたいで香りがすごくいいんだよな。
もちろん味も濃厚で俺の好みにぴったりなので、無くなったらまた買いに行こう。
「これ、覚えているか?」
コーヒーを淹れ終えて、俺が収納していた残りのコーヒーの入ったカップを渡したところで、ハスフェルが何やら取り出して俺の目の前に置いた。
「ん? 何だこれ? デカいけど何かの鱗か?」
やや赤味を帯びたそれを手に取り、眺めながら考える。
「ああ、これって確か以前見せてもらった事があるな。確か、アサルトドラゴンの鱗……」
途中で無言になってハスフェルを見る。
「どうやら一部がこの大森林のすぐ側に住み着いたらしく、色々と問題が出ているらしい」
「アサルトドラゴンは、ドラゴンとは名が付いているが知能も低く言葉は通じない。しかし体は頑強で攻撃力も高く、性格は獰猛。肉食で攻撃性も高く、まあ普通の冒険者ではまず見つかったら最後だな」
「ええと、つまり……」
「ああ、こいつらを駆逐して欲しいとの依頼だ」
にっこり笑ったハスフェルの言葉に、悲鳴をあげる俺。
「そ、そんなめっちゃ強い相手に、俺に何をさせる気だよ! あ、もしかしてテイムして欲しいとか?」
ドラゴンをテイム出来るなんて、これは異世界ならではだよな。
思わずそう考えてハスフェル達を見ると、彼らは揃って真顔になった。
「まあ、お前なら……確保さえ出来ればテイム出来るかもしれんな」
「うん、やりたいなら俺達は止めないぞ」
完全に投げやりなそのセリフを聞いて、俺は即座にテイムを諦めたよ。うん、無理は駄目だ。安全第一位でいこう。
「となると、何をすればいいんだ? 従魔達を貸してくれとか?」
何を期待されているのか全く分からず、困った俺がそう尋ねると、二人とオンハルトの爺さんは顔を見合わせてから真顔になった。
「アサルトドラゴンは火の属性を持っている。つまり弱点が氷属性なんだよ」
「やり方は教えるから、氷の剣の作り方を覚えて俺達の武器にそれを付与して欲しいんだ。それから戦う際の主に防御の面で氷の壁を作ってもらえると有り難い。お前の身の安全は俺達が絶対に守ってみせるから、手伝ってくれないか」
「氷の武器があれば、間違いなく駆除は早く済むだろうからな」
出会った瞬間に終わりなほどの相手に、こいつら駆除とか言ってるし……。
そしてどう考えても拒否権のないとんでもなく危険な頼まれ事に、本気で気が遠くなった。
でも、氷の剣かあ……作れたら、これはちょっとテンション上がるかも。と、遠い目になりつつ完全に思考が現実逃避している俺だったよ。




