猫族軍団のお土産
俺の肩の上で必死になってもふもふダンスを踊っていたシャムエル様を机に乗せてやり、いつもの小さなお皿にご飯と炒り卵を少しだけ取り分け、ちょっと考えて照り焼きチキンをナイフで小さく刻んでその上に乗せてやった。
「はい、これはシャムエル様の分な。新作の照り焼きチキン丼だよ」
目を輝かせてお皿を受け取ったシャムエル様は、勢い良く照り焼きチキンに顔面からダイブしたよ。
「ケン! これ、美味しい! 美味しいよ!!」
口をモグモグさせ目をキラキラさせながらそう言ったシャムエル様は、そのまままた顔面からダイブしていった。
おお、照り焼きのタレで毛皮がベトベトになってる。
笑った俺は、小さなハンカチみたいなので、何故か耳にまで付いている照り焼きソースを拭ってやった。
「ご馳走さま。いやあ手早く作ったのに本当に美味しかったよ。これなら料理屋をやったら絶対人が来るよ」
空になったお椀を返してくれながら、満面の笑みのマーサさんが嬉しそうにそう言ってくれた。
「はい、お粗末様。口にあったみたいで良かったよ。だけど、俺のは所詮は素人料理だからね。金取って人に食わせるレベルじゃないって」
笑ってお椀を受け取り、足元にいたサクラに順番に綺麗にしてもらう。料理に使った道具は、作る合間に片付けてあるので、食べたお皿を片付けたらもう終わりだ。
食後は、ハスフェルが追加で出してくれた酒を、ナッツを肴にのんびりと飲みながら、マーサさんと旦那さんの冒険者時代の話なんかを聞いて過ごしていた。
まだまだ広そうな世界の話を聞いて、これから先が楽しみになったね。
「あ、おかえり。お腹いっぱいになったか?」
そろそろ眠くなってきたその時、真っ暗な中を音も無く猫族軍団が揃って狩りから戻ってきた。
「ちょっとアクアを借りるね。ご主人にお土産だよ」
ニニがそう言ってアクアを背中に乗せると、あっと言う間にまた暗闇の中に消えてしまった。
見ると、戻って来たのはサーバル&ジャガー達だけで、タロンが戻って来ていない。
テントの中で転がって、大きな姿のまま身繕いをする猫族猛獣チームに、ちょっと心配になって聞いてみた。
「なあ、何を捕まえたんだ?」
こっちを向いた二匹は、揃って嬉しそうに目を細めた。
「美味しいの」
「少なくなってたもんね」
嬉しそうに教えてくれたが、残念ながら、何の事なのかさっぱり分からん。
ハスフェル達も何事かと興味津々で俺を見ている。
「なあ、一体なんだと思う?」
しかたがないので、こちらも身繕い真っ最中のシャムエル様に尋ねてみた。
「さあね、だけどアクアを連れて行ったって事は、なにかの獲物なんだろうね」
「そっか、じゃあ楽しみにしとくよ。えっと、何か獲物を捕まえたらしいよ、何なんだろうな?」
ハスフェル達にそう言ってやると、それぞれ自分の従魔に聞いていた。だけど、やっぱり、美味しいのだとか珍しいとか言うだけで、何を捕まえたのかは、さっぱり分からなかったみたいだ。
そうこうしていると、すぐにニニとアクアは小さくなったタロンも背中に乗せて戻ってきた。
「おかえり、それでお土産って何なんだい?」
ニニの大きな額を撫でてやりながら尋ねると、足元にタロンが擦り寄ってきた。
「ご主人には捌けないと思うから、街へ戻って落ち着いてからで良いから、ギルドでお願いして捌いてもらってくださいね」
「捌くって事は、また何かの獲物なんだな。で、何なんだ?」
「グラスランドチキンだよ。これもハイランドチキンに負けないくらいに美味しいんだからね」
「へえ、グラスランドチキンって事は、また鶏肉だな。よし、それで照り焼きチキン再びだな」
俺がタロンに聞いてそう言うと、ハスフェルとギイだけで無く、クーヘンとマーサさんまでが一斉にこっちを向いた。
「な、何だよ、みんなして!」
思わずビビってそう叫ぶと、立ち上がったハスフェルが真顔でこっちに来て、タロンを見て俺を覗き込んだ。
「なあ、今、グラスランドチキンって言ったか?」
「そうだよ、あれは美味しいからね」
平然とタロンが答える。
「みたいだね。あれは美味しいって言ってるぞ」
その瞬間、四人が揃って拍手をしたのだ。
「よっしゃ! それは凄いね。一生一度って言われてるグラスランドチキンを食える日が来ようとはね。ケンさん、お願いだから、その時は是非私も呼んでおくれ」
笑うマーサさんに言われて、俺は思わずハスフェルを見た。
「ええと、そんなに珍しいものなのか?」
一瞬、何を言ってるんだって顔をしたが、俺が本気で質問しているのは分かったようで、苦笑いしながら教えてくれた。
グラスランドチキンは、名前の通り草原に住む野生の鶏の仲間らしい。以前、捕まえてくれたハイランドチキンとも近い品種なんだって。
とにかく足が速く素早いため、捕まえるのは至難の技らしい。
鶏の癖に頭もかなり良いらしく、草原に罠を仕掛けても一切掛からないんだとか。なので、遠くから矢で射るくらいしか捕まえる手段が無いらしい。
あはは、そんな珍しいのを捕まえてきたんだ。凄えぞ猫族軍団。
でもまあ、考えたら猫族だもんな。そりゃあ相手が鶏なら確実に獲物だよな。
「有難うな、街へ戻ったらエルさんに相談してみるよ。でもまあ、捌いてくれるのは祭りが終わってからかな」
膝に飛び乗ってきたタロンを撫でてやりながら、そう言った俺の言葉にハスフェル達が残念がっていたよ。
いやいや、食料在庫は未だかつてないくらいに充実してるから、今有るもの食えって。
その後は、もう特にする事も無いのでその場は解散になった。
ハスフェルと俺のテントは大型で従魔達も一緒に中に入って休めるが、ギイとクーヘン、それからマーサさんは一人用の小さなテントだ。
マーサさんの馬は、テントから少し離れた場所に杭を打ってそこに繋いでいる。
鞍を外してもらったチョコとデネブは、勝手にテントの横で丸くなっていて、もう完全に寝る体制になっている。
水の好きな恐竜だから、万一雨が降っても大丈夫なんだろう。馬も、まあ普通は外に繋いでるよな。
「それじゃあもう休むか。で、明日はどうするんだ?」
抱いていたタロンを下ろしてやりながら、立ち上がってハスフェルに聞いてみる。
「俺達はここをベースキャンプにして、この辺りで、まあ中級までのジェムモンスター狩りをしよう。今回も、クーヘンの店で売るジェムを集めるのが目的だからな」
「それじゃあ、私とクーヘンは、リード兄弟との打ち合わせがあるから、明日の朝には街へ戻らせてもらうよ。まあ、あんた達なら大丈夫だとは思うけど、充分気を付けてね。祭りまでには無事に帰ってきておくれ」
マーサさんの言葉に、俺達は笑って大きく頷いたのだった。
「さてと、それじゃあ皆自分のテントに戻った事だし、俺達も休むか」
防具を脱いでいつものようにサクラに綺麗にしてもらって、転がるニニの腹に潜り込んだ。
「そろそろ、ニニにくっついて寝るのも暑くなってきたな。でも、日中は暑くても、日が暮れると割とひんやりするんだよな。やっぱり土があるお陰なのかね?」
そんな事を呟きつつ、いつものように隣にマックスが転がり、ラパンとコニーが俺の背中側に、本日はタロンが俺の横をゲットしたらしい。
ソレイユとフォールは、ベリーとフランマと一緒に仲良くくっついて寝るみたいだ。
絶対、ベリーの奴、もふもふに埋もれて笑み崩れてるぞ。
「それじゃあ消すね」
アクアが、机に置いていた最後のランタンの灯りを消してくれて、一気に辺りは真っ暗になった。
「有難うな、それじゃあお休み……」
大きな欠伸を一つした俺は、ニニの腹毛に顔を突っ込んで、軽い酔いも手伝って、あっという間に気持ち良く眠りの国へ旅立って行ったのだった。