ここで何する?
「これは素晴らしい。まさかこのようなスライムがいたとは」
大感激状態のサイプレスさんの言葉に、ちょっとだけドヤ顔になる俺。
森林エルフの皆さんに交代で揉みくちゃにされているクロッシェは、なんだかとても嬉しそうだ。
まあ確かに、考えてみたらハスフェル達やケンタウロス以外の人と直接交流するのって、クロッシェは初めてだろうからそりゃあ嬉しいだろう。
「まあ、ここは外部との接触は皆無だから、ここでならクロッシェちゃんも雪スライム達も、普段と違って堂々と姿を現して動けるね」
俺の右肩に座ったシャムエル様の言葉に、俺も笑顔で頷く。
いつもは人目につかないように仲間達と合体して隠れている子達が堂々と日の当たる場所に出てこられるなんて、ここに来て良かったなあ。なんて俺はのんびりと考えていた。
「では、客室に案内しましょう。しばらく滞在いただけるのですよね?」
笑顔のサイプレスさんにそう聞かれて、俺は咄嗟に返事が出来なかった。
よく考えると、ここへ来る事自体が目的だったので、じゃあ滞在するに当たってここで何をするのかって事を全く考えていなかったんだよ。ええ、マジで何したらいいんだろう。狩りとかかな?
「せっかくの機会ですから、外の世界の事を色々と教えていただけますか?」
「も、もちろんです。なんでも聞いてください!」
戸惑う俺を見てなんとなく状況を察知したらしいサイプレスさんに笑顔でそう言われて、若干焦りつつ笑顔で何度も頷く。
「それから、ご迷惑でなければ、貴方の元いた世界の事も何か少しでもお教えいただけると嬉しいです」
「あはは、まあその辺りは要相談って事で」
誤魔化すようにそう言って肩をすくめる。
これに関しては、話す事自体は全然構わないんだけど、例えば銃や火薬のように、詳しい知識は無くても俺がその存在自体すら絶対にこの世界に持ってきてはいけないものもある。
もちろん、作り方を聞かれてもそもそもの知識が俺には無いから答えようはないんだけど、時と場合によっては、こっちの世界の人でも考え方さえ与えれば作り出せる可能性があるからね。
相手はケンタウロス並みの知識の持ち主と見たので、迂闊な事は話せない。その辺の話をする時は、ハスフェル達と一緒の時の方が良さそうだ。
「ええ、ここを使っていいんですか?」
客室なのだと案内された予想以上の広い部屋を見て、俺は驚きの声を上げる。
「これほどの数と大きな従魔達を連れておられるのですから、最低でもこれくらいの広さは必要でしょう? ああ、そうそう。今、丸太を用意させていますので、猫科の従魔達には壁や家具で爪研ぎをしないように言い聞かせておいてくださいね」
苦笑いしたサイプレスさんの言葉に、今まさに壁で爪研ぎをしようとしていたマニが誤魔化すように伸びをしてから体を舐め始めていた。
うん。この辺りは、言葉が通じて良かったと心の底から思うよ。
「了解です。いいかお前ら。ここの部屋の壁や家具での爪研ぎは禁止な。とりあえず、これを置いてくから爪研ぎをしたい子は、ここでやってください」
以前郊外で野営をした際、新しい倒木を見つけて適当に切って収納しておいたのがあったのを思い出してそれを出してやる。
もちろん、切ったのはスライム達だよ。
それから、収納する前にスライム達にお願いして綺麗にしてもらっているので虫なんか付いていないし、分厚い樹皮は簡単に剥がしてもらってあるから研ぎ心地もいいだろう。
早速、それを見てマニとカッツェが嬉しそうに爪研ぎを始めたのを見て、他の猫科の子達も嬉々として集まっていた。
まあ、爪研ぎは猫科の子達には習慣もあるが本能的な部分が大きそうだから、爪研ぎ自体を無理に制限するんじゃあなくて、ここなら良いけどこっちは駄目って感じに言ってやるのがいいだろうからな。
ハスフェル達に用意された部屋もかなり広い部屋で、一通り確認した後、やっぱり俺の部屋に集合する。
サイプレスさんは、一旦戻ったので部屋にいるのは俺達と従魔達だけだ。
「なあ。冷静に考えると、ここに来て何をするかを全く考えていなかったんだけど、何かする事ってある? 外の森は、迂闊に足を踏み入れたら確実に遭難しそうなんだけど?」
夕食の時間にはまだ早いし、なんとなく手持ち無沙汰だったので、そう尋ねながらおやつ用に適当なお菓子や飲み物を色々と出してやる。
当然のように赤ワインの大瓶を取り出したハスフェル達を見て、つまみになりそうなものも色々と出しておいてやった。
「そうだなあ。まあ、骨休めだと思ってしばらくのんびりするか。このところ忙しかったからなあ」
「確かに、ケンと一緒にいると本当に色々と起こるからなあ。この一年ほど、どれだけ忙しかったか」
「それは別に俺のせいじゃあないぞ!」
顔を見合わせてしみじみとそんな事を言うハスフェルとギイを見て、思わず拳を握って叫ぶ俺。
でもって、何故かそんな俺を見てハスフェルたちと揃って大爆笑しているシャムエル様。
うん、俺の災難の連続の何割かは、絶対にシャムエル様の大雑把設定のせいだと思っているぞ!
「でもまあ、久しぶりにのんびりするのも良いかもね」
マックスの頭の上でせっせと尻尾のお手入れを始めたシャムエル様の言葉に、同じ事を考えていた俺も苦笑いしつつ頷く。
「そうだな。じゃあ、久し振りにのんびりさせてもらうとしますか。でも、そんな事を言っていたら、絶対また何か事件が起こるんじゃあないか」
「ここは平和なはずだぞ」
最後は真顔になった俺の言葉に、ハスフェル達は笑って首を振っていたのだった。
でもまあ予想通りに、この後しばらくして、やっぱりそんなにのんびりしていられなくなるんだよなあ……。