巨木の中の光景
「では、中へどうぞ。仲間達を紹介させてください」
オンハルトの爺さんと挨拶を交わしたサイプレスさんは、こっちを振り返って笑顔でそう言うと、先ほど出てきた巨木に作り付けられた大きな扉を示した。
「ええと、こいつらは一緒でも構いませんか?」
今立っているここは、かなり広いんだけど、床は巨木の壁面に打ち付けられた大きな板だ。この下は、しっかりと足場があると信じている。
だが、板の端っこはお飾り程度の腰までくらいの高さの柵がぐるっと設けられているだけで、その向こうは何も無い。
つまり、柵の向こうへ落っこちたら間違いなく色々と終わる。まあ、この高さなら逆にお空部隊の子達がいればなんとかなるかもだけどさ。
マックスやニニ達は大丈夫だと思うが、体こそかなり大きくなったが大はしゃぎするとまだまだ子供なマニなんかは、ここで遊んで走り回ったら勢い余って柵をぶち破りそうだから、ここに置いておくのは駄目な気がする
「もちろんご一緒ください。中には広い厩舎がありますので体の大きな魔獣達はそちらへ。小さくなれる子達なら、お部屋に連れて行っていただいても大丈夫ですよ」
お空部隊の子達はどうするのかと思ったけど、皆いつもの大きさになってそれぞれの定位置に収まっていた。
まあ、場合によっては窓から好きに出入りしてもらっても良いかもな。
「ではお邪魔します」
サイプレスさんに続き、大きな扉から中に入る。
「うおお、なんかすげえ!」
入った途端、目に飛び込んできた光景に思わず声を上げた。
巨木の中は中央部分が吹き抜けになっていて、木の内側部分、つまり壁面がドーナッツ状に階層に分かれていて、それぞれ区切られて部屋になっている。もちろんその部屋の前には廊下というか移動するための通路もしっかりと作られている。もちろん全て木製だ。
真ん中の吹き抜け部分には、階層ごとに渡り廊下が何本も渡されていて、内部の移動も容易に出来る仕様になっている。
しかし、上から見た時にはあまり実感はなかったんだけど、これはとんでもない大きさと広さだ。
例えて言うなら、元の世界で俺もよくお世話になった某○オンのショッピングモールの建物をそのまま丸くしたみたいな感じだ。
壁面の部屋はどうやら大小あるようで、ここから見る限り下の方は集合住宅地って感じで同じような仕様の扉や窓が等間隔に並んでいるが、今いる階層とその上の階層は、明らかに店っぽい部屋がいくつも並んでいた。
「すっげえ、単に木の中がそのまま家になっていると思っていたけど、そうじゃあなくて、木の中がそのまま集落になっている……」
もう、驚き過ぎて逆に冷静になったよ。
「ここが一番大きな木で、私の所属する柊の枝の者達が主に住んでいます。各枝の代表が集まる議会堂があるのもこの木です。ここはそのまま柊の集落と呼ばれています」
「へえ、枝単位で分かれて住んでいるんだ」
「おや、森林エルフの枝についてご存知でしたか?」
驚くサイプレスさんの言葉に、俺は笑って右肩にいるシャムエル様の尻尾を軽く突っついた。
「一応、さっきですがシャムエル様から一通りの説明は聞きました。人間の俺の感覚だと、遠縁の親戚まで含んだ親族一同って感じですかね」
「まあ、そう考えていただいて問題無いかと。実際には色々とあるのですがね」
何やら含んだ言い方に、俺は苦笑いして小さく首を振った。
まあ、流れ者の部外者にそこまで詳しく説明する必要はないだろうって判断だろう。もちろん俺もそれで良いと思う。
苦笑いするサイプレスさんと顔を見合わせて頷き合った俺は、改めてこの広い空間を見まわした。
よく見ると、果物や野菜を並べている八百屋のような店や服を売っている店、飲食店っぽいものもある。他にも明らかに武器屋っぽい店も見つかったよ。
「へえ、本当に色んなお店があるんですね」
感心したようにそう呟くと、笑顔のサイプレスさんはベリーを振り返った。
「ここは人の世界からはかなり遠く離れていますからね。ほぼ自給自足の生活ですが、数名、近隣の人の街やケンタウロスの郷に定期的に出向いて、ここでは手に入らない物を集めてきてくれる者がおります。おかげで、我らは外へ出ずとも何不自由なく暮らしておりますよ」
成る程。そもそも外の世界へ出ていくのはこの柊の枝の人達の中でも数名程度。となると他の木に住む違う枝の人達だって似たようなものなのだろう。
そりゃあ外の世界では森林エルフを見かけないわけだ。
納得した俺は、そのあとはもう好奇心を隠さず、キョロキョロと周囲を見ては小さく感心の声をあげていたのだった。
「こちらが議会堂。各枝の代表者達が集まり協議する場所です。まずは、各枝の代表者達に、ケン殿を紹介させてください。ここは広いですから、従魔達も全員一緒で構いません」
しばらく歩いて到着したその場所は、明らかに他とは違っていた。
木製の扉は大きく、その全面には見事な彫刻が施されている。複雑に絡み合った蔓草と柊の枝。その柊の一部には金箔が貼られているし、時折光っているのは何かの宝石のようだ。
明らかに他の扉とは違うその見事な仕様に、ここが特別な場所なのだと分かり、思わず居住いを正した俺だったよ。