サイプレスさん
「ブフォ!」
イケメンにあるまじき音を立てて吹き出し、膝からその場に崩れ落ちる森林エルフのサイプレスさん。
「やった〜〜! サプライズ成功だね!」
そして俺の右肩で得意そうにそう言って大喜びしているシャムエル様と、俺の後ろで大爆笑しているハスフェルとギイ。ちなみに、俺から少し離れたところに立っているベリーも一緒になって大爆笑している。
そしてハスフェル達の横に立つオンハルトの爺さんは、もう完全に傍観者状態な笑顔で笑う皆を見ているだけで、口出しする気はないみたいだ。
「なあ、状況説明を求めます!」
この、なかなかのカオスな状況を前に完全に置いてけぼり状態の俺は、シャムエル様の尻尾を突っつきつつそう尋ねた。若干口調が拗ねたものになったのは仕方あるまい。
「もう、突っつかないの!」
ペチンと俺の手を叩いたシャムエル様は、一つ深呼吸をしてから俺を見た。
「あのね、そこにいる彼は私の昔馴染みの一人でサイプレス。この集落の責任者の一人だよ」
「集落の責任者の一人。って事は、村長というかそういう立場の人?」
「ううん、ちょっと違うね。ここの集落では、それぞれの枝から代表の人が全部で十人集まって、何事も相談して決めるんだ。議会制民主主義っていうんだっけ? 彼はその中でも一番古い枝の代表なんだ。だけどまあ、言ってみれば彼はその十人のまとめ役みたいな感じだから、ケンの常識だと、まあ村長と言えなくもないかな?」
ちょっとだけ首を傾げつつ説明してくれるシャムエル様はもう無条件に可愛い。
あの、そのぷっくらほっぺを俺に突っつかせてください!
脳内でそう叫んだ俺は悪くないと思う。
「ん? 枝って何?」
その説明の中に気になる言葉を見つけてそう尋ねる。
「森林エルフの枝って、ケンに分かる言い方をすれば……血族とか一族あたりかな。長命な彼らには滅多に子が産まれないから、同じ枝の者達から自分の子供のように可愛がられるんだ。もちろん甘やかすだけじゃあなくて、知識や技術を与える際にも同じ枝の者達が協力して育てるんだ。だから枝の皆の団結力はとても高いんだ」
成る程。まあ長命種族で子供がバンバン生まれたら、それはそれで大変な事になりそうだ。
シャムエル様の説明を聞いて若干思考が脱線しかけて、慌てて引き戻す。
「はあ、苦しい。シャムエル、今回はお前の勝ちだよ。いやあ、ここまで笑わせられたのはいつ以来だったか」
ここでようやく笑いの収まったサイプレスさんが、笑いすぎて出た涙を拭いつつそう言ってまた笑う。
「やった〜〜〜! これで一万九千八百六十七勝!」
「それでもまだ俺の方が勝ちは多いぞ。こっちは一万九千八百七十六勝だ!」
立ち上がりながら何故かドヤ顔でそう言うサイプレスさん。
「ふん! そんなのすぐに逆転するもんね!」
「よし。では次は何で対決する?」
「そうだねえ。何にしようかなあ」
ふんふんって感じに考える振りをしながら嬉しそうに笑うシャムエル様は、本当に楽しそうだ。
どうやらテーマを決めて対決勝負をしているみたいだ。今回はサプライズ対決だったのかな?
まだ笑っているベリーやハスフェルとギイも、恐らくだけど俺なんかには想像もつかないくらいに古くから彼と交流があるのだろう。
それでも、完全に置いてけぼりの俺はどうしたらいいんだ? そして完全に傍観者状態のオンハルトの爺さん。
俺がそんな事を考えて若干遠い目になっていると、一つ深呼吸をしたサイプレスさんが、真顔で俺の従魔達や皆の騎獣を見た。
「それで、そっちにいる魔獣とジェムモンスターは騎獣だけでなく全員が従魔だな? しかも全て刻まれている紋章が同じという事は、そちらの彼が魔獣使いなのか? それにしても、とんでもない種類と数だな。魔獣だけでも何匹いるんだ」
最後は呆れたようにそう呟き、苦笑いしたサイプレスさんがもう一度俺を見る。
「サイプレス。彼の名前はケン。彼が来てくれたおかげでこの世界は崩壊の危機から救われたんだ。君ならこの意味が解るよね?」
ここだけいつもの神様バージョンの声になったシャムエル様がそう言うと、一気に真顔になったサイプレスさんが改めて俺をガン見する。
ううん、ハスフェル達もそうだけど、イケメンの真顔って割と怖いよね。
「つまり、彼は異世界人、という事か」
「そうそう。ちなみに今の彼の体は、私がこの世界で過ごす彼の為に新たに一から作り直したものだよ」
胸を張ってドヤ顔でそう言うシャムエル様。
小さく頷いたサイプレスさんは、いきなりその場に片方の膝をついた。そして、そのまま俺に向かって深々と頭を下げたのだ。
「ケン様。御身を以ってこの世界をお救いくださり、心から感謝申し上げます。せめて、ここでの貴方の時間が良きものとなりますよう心から願います。私に出来る事があれば、どうぞ何なりとお申し付けください」
「ちょっ、頭を上げてくださいって。それに、俺は様付けされるようなものではありませんよ。せめて普通に喋ってください! ほら、立ってください!」
まさかの俺への予想外の丁寧な対応に、思いっきり焦ってそう言いながらサイプレスさんの腕を引いてなんとか立たせる。
「しかし……この世界の恩人に対しそのような……」
「いいから普通にしてください! なあ、お前らからも何か言ってやってくれよ!」
立ち上がりはしたものの困ったように俺を見るサイプレスさんを見て、手を離した俺は振り返ってハスフェル達を見た。
「まあ、本人がそう言っているんだし、あまり気にしなくていいと思うぞ」
「そうだぞ。俺達も、彼とは普通に旅の仲間として接しているからな」
「そうですよ。彼らの言うとおりです。何よりもケン自身が特別扱いを望みませんので、どうぞ普通にしてください」
ハスフェルとギイに続き、笑ったベリーも口添えしてくれた。
「本当によろしいのですか?」
「はい! それでお願いします!」
何度も頷く俺を見て、苦笑いしたサイプレスさんはため息を吐いてから頷いた。
「では、お言葉に合わせてケン殿と呼ばせていただきます。それから、そちらの彼は……おや、これはまた……」
ここまで完全に傍観者状態だったオンハルトの爺さんを見たサイプレスさんは、しかし唐突に真顔になって言葉が途切れる。どうやらオンハルトの爺さんが何者なのかも気がついたみたいだ。
俺にはよく分からないけど、森林エルフって人より神様に近い存在みたいだね。
「サイプレス。彼の名前はオンハルト。今は旅の仲間で、鍛治と装飾が担当だよ」
笑ったシャムエル様が、いつもの如くめっちゃ大雑把な説明をする。だけどサイプレスさんにはちゃんとそこに含まれた意味がしっかりと通じていたみたいで、二人は笑顔で挨拶をしてから握手を交わしていたのだった。