もふもふとむくむくとの再会
「おーい! リスもどき! もうちょっと解りやすく説明しろよ! ってかお願いだから出て来てください! 頼むからこんな所で一人にするなよ!」
ようやく我に返った俺は、リスもどきの消えた空間に向かって必死になって呼びかけた。
しかし、何処からも返事は来ない……。
どーすんだよ、この状況?
一体このRPGっぽい世界で、俺に何をしろと?
まさかと思うが、俺に魔王を退治しろとでも言うんじゃないだろうな? 筋肉は鍛えてたが、俺は平和主義なんだよ! 暴力反対!
第一、見渡す限り延々とのどかな草原が続いているこの世界。
人はいるのか?
いきなり誰か出て来てファーストコンタクトになったら、マジでどうすりゃいいんだよ。何を話せと? そもそも言葉は通じるのか?
間違い無く人生最大のため息を吐いて、俺はもう一度その場に転がった。
腹が立つくらいに綺麗な青空が広がっている。
「腹減った……」
しばらく呆然と転がっていたが、ここで転がっていても、何か事態が変わる事は無さそうだ。
とにかく、動く前に自分の今の装備を確認する事にした。
「まず何が入ってるんだ? このリュック?」
肩紐は幅の太いのが一本だけで、やや縦長の上部を紐で引っ張って縛るタイプだ。
俺は紐を解いて、鞄の中を覗き込んだ。
「ええと……これは水筒だな。中には……水が入ってる」
水筒って事は、飲み水なんだろう。
恐る恐る口をつけてみると、ただの水だった。
うん。普通にうまい。
「これは……レインコートっぽいな」
大きなフードのついたそれは、マントのように裾が広がったデザインで、ツルツルした革のようなもので出来ていた。何となく防水っぽい。
それから、大小何枚かの軽い布が畳んで入っていた。
一番大きな物は、ハーフケットより少し大きいぐらいの分厚い毛布っぽい。毛布のわりに軽いなこれ。
後は、大小様々な布が入っていた。手触りは綿か麻っぽい。
多分、手拭いみたいな感じだ。
残念ながら、レインコート以外に着替えは入って無かった。
畳んだ布の下に入っていたのは、大きさの違う中身の詰まった巾着が合計六個
とりあえず、一番上にあった小さいのを取り出してみる。
「うん。これは革の巾着だな……中身は……金か?」
見た事の無い金色と銀色のコインが、数えてみると百枚ずつ入っていた。
貨幣価値がさっぱりだから、これがどれくらいの価値なのかは分からないけれど、少なくとも金があるという事は使う場所があるのだろう。
少し希望が見えて、次は目に付いた中ぐらいの巾着を取り出した。
それを掴んで思った。お?中に硬い箱が入っている。
巾着を開いて、木製の箱の蓋を開いてみる。
「コレは……ああ! 大袋のチョコだ!」
買った覚えのある、俺のお気に入りの一口チョコが、セロハンの包みは無く、そのままぎっしり入っていたのだ。
一粒摘んで口に入れる。
「うう、甘くて……美味しい」
いつもの味に、なんだかとてもホッコリした。
二粒目を食べようとして、思い止まった。
うん、これは大事に食べるべきだろう。そう考えて、一旦箱を巾着に戻す。
三つ目の巾着には、分厚い生地で出来た細長い巾着や包みが何個か入っていて、中には干し肉っぽい何かと、干した野菜っぽい何かが何種類も入っていた。
「コレは食い物っぽい。恐らく水で戻して食べる……のか?」
四つ目の巾着にも、同じく食い物が入っていた。
乾燥させた豆や、ドライフルーツっぽい物が、それぞれ細長い巾着に小分けされて入っていたのだ。全部乾物だから、軽いけどかなりの量がある。
それから、木箱に入ったクラッカーみたいなものも沢山あった。これはパンの代わりに食べられそうだ。スープに砕いて入れるのもありか?
思わず、これらの謎の食材で何が作れるか考えてしまい、我に返って笑ってしまった。
大小の筒型の丸い缶、小さい方の中身は砕いた岩塩だった。直径5センチくらいの塊も入っている。
うん、塩は重要だな。
しかもこれだけは湿気ない様に缶に入ってるあたり、何というか至れり尽くせりだな。
大きい缶は手に丁度持てる大きさで、蓋を開くと良い香りが一気にあふれた。
「挽いたコーヒー豆。コレも、俺が買ったのそのままって感じだな」
何となく、食料はスーパーで買ってきたものと酷似していた。酒は無かったけどな。
五つ目の袋に入っていたのはランタンだった……多分。
一緒に入っていた、四角い掌に乗る小さな金属の塊を見る。
「まんま、オイルライターだろ。これ」
外国の有名なオイルライターっぽいものが入っていた。
「ここが開くのか?」
蓋らしき部分を押して開けてみると、やっぱりオイルライターだった。
うん、少なくともこれで火は付けられるな。オイルは……まあしばらくは保つだろう。
底に入っていた、最後の一番大きな巾着を引っ張り出す。
中身は……大小三個セットの折りたたみ式の取っ手の付いた蓋つき鍋。この蓋は皿としても使える。それからミニヤカン。カップと大小のお皿。フォークとスプーンのセット。
これ、なんだか物凄く見覚えがあるぞ。
うん、間違いない。これは学生時代、バイクであちこち一人旅を楽しんでいた時の、俺のお気に入りの道具達だ。あ!って事はもしかして……。
巾着の一番底に入っていたのは、布に包まれた小ぶりなパーコレーターだ。これはコーヒーやお茶を淹れる専用の道具だ。
だよな。コーヒー豆があるって事は、当然淹れる道具もあるよな。
嬉しくなって、そのパーコレーターを手にする。
これも、俺の旅の必須道具だったよ。
うん、見覚えのある傷までがそのままある。
「どういうカラクリなんだろうな? これはもう就職する時に、バイクと一緒に処分したはずなのに……」
思わず呟いて、手の中のそれを見る。
そして我に返った。
少なくとも食料も水もある。とにかく、ここでじっとしていても何も始まらない事は分かったので、深呼吸をしてから荷物をもう一度リュックに戻していく。
ちょっと考えて、銀貨を二枚と、金貨を一枚取り出してポケットに入れた。
それから、ぎっしり詰まったリュックを肩に担いだ。
思ったよりも重くない。うん、これなら持って歩いていても、然程疲れる事は無いだろう。
とにかく動いてみよう。そのうち誰かに会うかもしれない。そうなったらその時だ。培った営業スマイルでなんとかしてやる!
腹をくくった俺は、とにかく、今向いている方向に向かってゆっくりと歩き始めた。
参った。風景が変わらないぞ。
もうかなりの時間歩いてると思うのだが、全く周りの風景が変わらないのだ。無限ループかよ!
ちょっと、早くも泣きそうだ。
「もうこの際モンスターでも良いから、何か出てくんないかな。RPGなら、主人公が旅立つと出るだろうが。レベル上げ用の雑魚モンスターとかがさあ」
思わず、そんな愚痴も出るってもんだろう。
しかし、相変わらずのどかな草原は平和そのものだ。
ため息を吐いて諦めて歩く事しばし……。
はい、地平線になんか出ました!
前言撤回!
ごめんなさい! 俺の異世界生活にモンスターはいりません!
心から何処にいるか分からない神様に願ったが、残念ながらそいつが消える事は無かった。
4本足の犬っぽいそいつは、間違い無く真っ直ぐに俺に向かって物凄い勢いで走ってくる。
デカイぞ、おい。
どう見てもそれは大型犬レベルじゃ無い。熊かライオンか?ってぐらいにデカイ。
「あはは……儚い人生だったなぁ……」
俺は早々に抵抗を諦めた。
どう考えても、俺の全力疾走よりあのモンスターの方が間違いなく速い。
生き返って直ぐモンスターに殺られるなんて、情けなさ過ぎる。
もう一回やり直し出来ないかなあ。なんて考えていて、俺は腰に装備してる剣を思い出した。
武器持ってるじゃん。使えよ俺……この際、使えるかどうかは考えてはいけない。
慌てて腰の剣を抜こうとしたが、残念ながら少し遅かった。
その時にはもう、モンスターは目の前だったのだ。
「見つけたー! ご主人」
そいつは、そう叫びながら俺に飛びついて来た。
勢いよく背中から地面に押し倒される。完全にそいつの腹の下に仰向けの状態で押さえ込まれた。
「せめて、一思いに……嬲り殺しはやめてください……あれ?」
しかしそいつが噛み付いてくる事は無く、それどころかものすごい勢いで俺に頭を擦り付け、舐め回し、大きなふさふさの尻尾を千切れんばかりに振り回している。
「ご主人! ご主人! ご主人」
甘えるように鼻を鳴らしながら、器用にこの言葉だけを繰り返す。
喋る犬みたいなモンスター。
しかも、ご主人だと?……もしかして俺の事か?
ゆっくり起き上がると、そいつは後ろに下がってハアハア言いながらも大人しくお座りをした。
首には物凄く見覚えのある首輪が光っていた。
この際、そのサイズが巨大化してるなんて些細な事だ。薄茶色の毛の色も、真っ黒なクリクリの目も、見慣れたそれと変わらない。
「お前……もしかして、マックスか?」
そう言った瞬間、もう一度俺はそいつに押し倒された。
幸い、草地は柔らかかったので後頭部は無事だったよ。
とんでもなく太く大きくなったその首に、体を起こして力一杯抱きついてやる。
大喜びでじゃれつく巨大化したマックスを、俺はしばらく抱きしめたまま動けなかった。
「やっと会えました。今なら言えます。ご主人、私を助けてくれてありがとうございました。今度は我らがご恩返しをする番です。我らが何があってもお守りしますから、ご安心を!」
その言葉に俺は、腕を緩めて顔を上げた。
「我ら?って事は、ニニもいるのか?」
まるで、その声が聞こえたように、すぐ側の草むらから巨大な影が飛び出して来た。
背後から突然飛び出して来たそいつは、振り返ろうとした俺に飛びかかってきて、結果として今度はうつ伏せに押し倒される。
うん、ここが草地で良かったよ。もうちょっとで大地と仲良しになって鼻血吹くとこだったよ。
笑いながら、腕立ての要領で体を起こして振り返る。
俺の目の前にいたのは、確かにニニだった。
雑種の妙、恐らく長毛種の血が入っているんだろう不思議な長い毛。金茶の綺麗な瞳と大きく切り替わる三毛の毛色。
まあ、ニニも全体にあり得ないくらいに巨大化してるけどね。
その首には、見覚えのあるハーネスと同じ色の紐をリボンみたいに括りつけてる。
俺が手を広げると、ニニはもう一度突撃してきた。
やっぱり堪え切れずに、またしても仰向けに押し倒された。
しかし、さっきと違って今度は最高だった。
「何だよこれ! ニニの腹の毛最高!もふもふなんてもんじゃ無いぞ!」
ニニの腹の毛に埋もれて、俺は声を上げて笑った。
「ご主人! 私の大好きなご主人! もう大丈夫です。我らが付いてますからね」
何度もそう言いながら、ニニも俺の体に何度も何度も頭を擦り付けてくる。
普通に考えたら、こんなサイズの猫科の動物や、イヌ科の動物の前では、人間なんてはっきり言ってチョロい獲物だろう。
だけど、今の俺はこいつらが全く怖く無かった。
だって、こいつらはデカくなったがマックスとニニなんだ。
だったら、俺が怖がる要素はどこにも無かった。
起き上がってその大きな首に抱きついたまま、ニニの鳴らす喉の音を聞き、目を閉じた俺は、またしばらく動く事が出来なかった。
「何とか無事に合流出来たね」
突然聞こえた聞き覚えのある声に、顔を上げた俺は物凄い勢いで振り返った。
またしても、俺の肩にリスもどきが現れて手を振っていたのだ。
「お前! 無責任にもほどがあるぞ! こんな何にも無い場所に俺を置いていくなよ!」
気がついた時には、俺はそう力一杯叫んでいた。
うん、俺は悪くないと思う。