狩りの予定
「ええと、その勇ましいお姿は……?」
追いついて来たマーサさんを振り返った俺は、思わずそう質問した。
何しろ、宿泊所を出た時のマーサさんは、麻っぽい裾が長めのワンピースみたいなゆったりとした服を着ていて、足元のサンダルもごく軽そうなものだったのだ。街にいる女性が着ているものと大差なかった。
それなのに、今、馬に乗って追いついて来た彼女が着ているのは、俺が着ているような、ぶ厚めの長袖のしっかりとした生地の服で、下半身もカーゴパンツみたいなややゆったりしたズボンだ。足元は分厚い革靴と、腰には緑色の大きな石のついた短剣。更には背中には弓矢を背負っていたのだ。
「だって、狩りに行くんだろう? ディーが亡くなってから、流石に一人で行くのは危険だと思ってずっと我慢していたんだよ。だけど、あんた達程の腕の冒険者達なら、一人くらい増えても許してくれるんじゃ無いかと思ってね。お願いします。頼むから一緒に連れて行っておくれ。これでも水の術と癒しの術には、ちょっとした自信があるんだからね」
嬉々として、目を輝かせてそう答えるマーサさんに、俺達はもう驚きのあまり声も無かった。
「マーサさんは相変わらずだ。相棒を亡くしても貴女は変わりませんね」
苦笑いしたクーヘンがそう言い、俺達を振り返った。
「彼女は、自分でも言う通りで水の術と癒しの術では、右に出る者がいない程の腕です。お邪魔にはならないかと思いますので、どうか一緒に連れて行ってやって頂けませんか?」
ハスフェルとギイは、顔を寄せて何やら相談を始めた。
『なあ、ちょっと聞くが食材の仕込みは今日じゃなくても大丈夫だよな?』
突然、念話でそう話し掛けられて、ぼんやりと頭上を飛ぶ普通の虫を眺めていた俺は、驚きのあまり一瞬マックスの背からずり落ちそうになった。
しかし、サクラとアクアが即座に反応して足を捕まえてくれた。グッジョブ!
「おおう、ありがとうな」
誤魔化すように笑って、鞍に坐り直して二匹を撫でてやる。
「何をやってるんだ。で、どうなんだ? 仕込みはすぐに始めるか?」
呆れたような口頭での問いに、俺は小さく顔をしかめた。
「お前がいきなり驚かせるからだろうが。はあ、びっくりした。ええと、サンドイッチとかなら出来合い品もかなりあるから、今日は別に、急いで仕込みをしなきゃいけない訳じゃないぞ。マーサさんがいるのなら、近場でちょっとだけジェムモンスターを狩れそうな場所かな。だけど、そんな場所ってあるか?」
「近場でも、今の時間から狩りをしていたら間違いなく日が暮れるぞ。ううん、どうするかな?」
しかし、その困ったような言葉とは裏腹に、二人の顔はもう笑い出す寸前だ。
だって、マーサさんの背中には、クーヘンと同じような収納袋があって、馬の鞍の後ろには左右に分かれた今は空だけど鞍袋まで乗せてあり、どう見ても準備万端整えて出て来ました! って感じなんだよ。
これで、駄目だから帰れと言える奴を俺は知らない。
「ちょっとお聞きしますが、テントも持って来ていますか?」
ハスフェルの質問に、マーサさんは満面の笑みで頷いた。
「もちろん! テントと寝袋と中の敷布もここに一式入ってるよ。一泊程度なら、留守してても問題ないよ。念の為、ギルドにも伝言を残して来ているからね」
それを聞いたハスフェルは、堪える間も無く吹き出して手を叩いた。
「マーサさん最高だな。分かりました。じゃあ一緒に行きましょう。一泊出来るならいくつか候補がある。さて、何処へ行こうかね」
笑って頷き、またギイと顔を寄せて相談を始める。
しばらくして相談がまとまったらしく、顔を上げたハスフェルはシリウスから降りてマーサさんの側まで行った。
それを見たマーサさんも馬から降りる。
いつの間にか、ハスフェルの肩にはシャムエル様の姿があった。
「この子の名前は?」
黒っぽい毛の小柄な馬は、俺達の騎獣と比べると明らかに体格が違うし歩幅も違う。正直言って、一緒に走って大丈夫か心配になるレベルだ。
「ノワールだよ」
「良い名前だ。よろしくな、ノワール」
笑ってそう言うと、ハスフェルは馬のノワールの鼻先にそっとキスを贈った。その時に、シャムエル様が手を伸ばしてその横の頬の辺りに触れるのを見た俺は、なんとなく状況を察した。
恐らく、小さな身体でも俺達について来られるように、なんらかの処置を施したんだろう。
一瞬で俺の肩に戻ってきたシャムエル様に、俺は念話で聞いてみた。
『なあ、ちょっと聞くけど、今のって何したんだよ』
『ちょっとした祝福を贈っただけだよ。これで、少しくらいは無理しても大丈夫だと思うよ。私がしてあげられるのはこの程度だからね』
『以前、この世界には手出し出来ないとか言ってたのに、そんな事して大丈夫なのか?』
俺の言葉に、一瞬何を言われてるんだ? って感じに目を瞬いたシャムエル様は、ちょっと考えて納得したように頷いた。
『ええとね、例えば、私が早駆け祭りに誰を一番にしたいか考えたとして、実際に、勝って欲しいその人に私が何かをして勝たせる、ってのは出来ないんだ。だけど、早駆け祭りに参加する人に、頑張れって、祝福を贈る事は出来るよ。この場合、祝福自体の効果としては、体力の少しの底上げだったり、怪我の痛みが一時的に軽くなる程度だよ。だけどそれだって、本人が強く望むことが大前提。適当にやってる人には、適当な効果しか無いからね」
真顔の答えに、俺の方が驚いてまた目を瞬いた。
「つまり、シャムエル様がやりたい事じゃなくて、ここにいる人たち自身の希望だったら、応援する程度の手出しは出来るって事?」
「そうそう。まあ、何が出来るかはやってみないと分からないんだけどね」
納得した俺は、シリウスの背に戻ったハスフェルを見た。
「で、結局何処へ行くんだ?」
「ピンクジャンパーがいるからそこへ行こう」
「ええと、それって……この前俺とクーヘンがヘトヘトになった、オレンジジャンパーって名前のくせに、緑のウサギだったやつの色違い?」
「ああ、そうだ。ちなみに各地にいるジャンパーは、体色は全て同じ緑で、耳の中側部分と尻の毛の色が違うんだよ。そこの色を取って名前に付いているんだよ」
「へえ、そうだったっけ? あんまり詳しく覚えてないや」
緑色のイメージしかなかったので、今回はちょっと詳しく見てみようと思ったね。
俺達の話を聞いていたマーサさんが、今から行くのがピンクジャンパーの営巣地だと知って目を輝かせていたのに、背を向けていた俺とクーヘンは気付かなかったのだった。
そして、ピンクジャンパーの営巣地へ皆で行ったら、これまた中々に笑える展開になるのだった。