野外生活決定!
「それで、従魔となんの話をしたんだい?」
好奇心を隠そうともせず、俺を覗き込む様にしたエルさんの質問に、我に返った俺は小さく首を振った。
「いや、こっちの話です。あ、ちょっと待ってくださいね」
エルさんに断って、俺はクーヘンに顔を寄せた。
「なあ、ちょっと確認するけどさ。クーヘンが変化の術を使えるのって、話しても大丈夫か?」
「ええ、問題ありませんよ。クライン族は程度の差はあれ皆変化の術を使いますから」
「それなら大丈夫だな。じゃあこうしましょう。クーヘンは、店の準備の為の買い出しや打ち合わせが有るでしょうから、ここに置いていきます。マーサさんにクーヘンの事をお願いしておけば、店の準備についても大丈夫でしょうからね。ここにいる間は、彼には変化の術で姿を変えてもらえば大丈夫だと思います。俺達は、祭り直前まで街を出て従魔達の為の狩りをしながら野外生活しますから……あ、ちょっと待て! やっぱりこれも駄目だ。テントが無いじゃんか」
自分で途中で気が付いて顔を覆った。
良い案だと思ったんだが、テントを修理に出していた事を思い出した。
ううん、残念!
「いや、それは良い案だな。それなら最悪でも、予備だと思ってもうひと張りテントを買えば済む話だ。それに、そろそろ頼んでいた修理が出来上がってるかもしれない。食料だけは大量に用意してもらって、俺達はそれで行こう」
俺の提案の補正案をハスフェルが提案してくれた。隣でギイとクーヘンも頷いている。
振り返ってエルさんを見ると、口元に手をやり俯き加減で少し考えていたが、一つ頷いてこっちを向いた。
「じゃあ、追い出すみたいで申し訳ないんだけどそうしてもらえるかい。祭り初日にも参加者を紹介するイベントがあるから、祭りの前日には戻ってきて欲しいんだけどね」
「了解した。それじゃあすまないがマシューの店にテントの修理を頼んでいるんだが、仕上がってるか確認してもらえるか。出来上がっていればそれでいいし、もしもまだなら、同程度のテントを三人分買いたい。それと、必要なのは俺達三人分の食料だ。ケンは時間停止の収納の能力持ちだから、食材が傷む心配はしなくて良い。ケン、何がいるか、分かるものだけでも書き出して頼んでくれるか」
「マシューの店のテントの修理だね、了解だ。すぐに人をやって出来上がってるか確認させよう。それから、食材については商人ギルドのギルドマスターのアルバンを呼ぼう。ここは商人ギルドも一枚噛ませておくべきだからな。それに彼に頼めば、何でもすぐに用意してくれるよ。それじゃあ、申し訳ないけど、ちょっと待っててくれるかい。すぐに段取りしてくるからね」
あっという間に、今後の打ち合わせを終えたエルさんは、そう言って笑って足早に部屋を出て行ってしまった。
「何だかなあ。祭りまでゆっくりして食材の仕込みをしようと思っていたのに、ちょっと無理かも。外でも料理の仕込みは出来るけど、野菜を洗ったり出来る綺麗で豊富な水が使えないのはちょっと悲しいな」
ここの台所も、こんこんと湧く広い水場があり、二段になった水槽からあふれた水は、床に作られた排水口に流れて行くように作られているのだ。
「じゃあ、せっかくだから、お前達だけでも今のうちにしっかり水浴びしておけよ」
ふと思いついて、飛び付いてきたサクラとアクアだけでなく、ミストとリゲル、ドロップも順番に二段目の水槽に放り込んでやった。
「おお、楽しそうに泳いでるぞ」
水槽を上から覗いた俺達は、嬉しそうに水槽の底を行き来する肉球マーク達を見て笑い合った。
二段目の水槽の横では、あふれた水を目当てに寄ってきたファルコとミニラプトル達が、こちらも嬉しそうに羽を広げて水浴びをしていた。
何と無く会話も無いまま、それぞれソファーや床に座ってエルさんが戻るのを待っていた。
いつの間にか、クーヘンは今まで過ごしていた人間のおっさんの姿に戻っている。
改めて見ると本当に別人みたいなんだけど、確かにそこにいるのはクーヘンだった。
なんとも不思議な気分だ。
「この姿なら慣れていますし確かに大丈夫だと思います。それじゃあ申し訳ありませんが、私の従魔達も一緒に狩りに連れて行ってやってください。お願いします」
俺の視線に気付いたクーヘンが、チョコの鼻先を撫でながらそう言って俺を見る。しかし、頷こうとしてちょっと考えた。
「それなら、せめてドロップだけでも手元に置いておくか? スライムなら何でも食べるから、わざわざ狩りに行かなくても別に構わないだろう?」
俺の提案に、右肩にいたシャムエル様が俺の頬を叩いた。
『あ、良い事思い付いたから、ちょっと水場に行って!』
唐突に念話で話しかけられ、驚きつつも小さく頷いた俺は、振り返って水場に近付いてもう一度スライム達が泳いでいる水槽を覗き込んだ。
何気なく水槽の縁に手を置くと、腕を伝ってシャムエル様が降りてきて、そっと水の中に小さな手を入れた。
「スライム同士に念話の能力を授ける。それぞれの主人に尽くせ」
おお、神様バージョンの声、頂きました。
『これで、万一何かあってもすぐに連絡出来るからね。あ、ドロップの声はケンには届くからね』
『そりゃあ良いな。じゃあこれで連絡手段も確保出来たわけだな』
感心したようにそう言うと、ハスフェルとギイの感心するような声も念話で届いた。どうやら俺たちの会話を一緒に聞いていたみたいだ。
『お前にしては良い考えだ。これでクーヘンの安全もかなり確保出来るな』
俺達三人は、無言で親指を立てて頷き合った。
「お待たせ。彼が商人ギルドのギルドマスターのアルバンだよ。信頼出来る人物である事は私が保証するよ」
しばらくしてエルさんが戻って来たが、言っていたように商人ギルドのギルドマスターを一緒に連れて来ていた。
大柄なその男性は、満面の笑みで右手を差し出して来た。
「初めまして。商人ギルドのギルドマスターを務めております、アルバンと申します。この度は街の者たちがご迷惑をお掛けしてしまい、本当に申し訳ございません。何なりとご用意致しますので、ご希望の品を教えて頂けますか?」
俺と握手をしながらそう聞かれて、少し考える。
「ええと、生野菜の在庫がもう殆ど無いんですよね。それに調味料もかなり減っています。あと肝心の肉類が殆ど無いので、鶏肉各部位、豚肉と牛肉も欲しいです。卵も必要ですね。後はパンと……」
思いつくままに、欲しい食材や調理済みの品を詳しく説明して、いつも俺が買っている量も伝えておいた。
「了解しました。かなり料理もお出来になるようなので、こちらで他にも色々と見繕ってご用意致します。すぐにお届け致しますので、もうしばらくこちらでお待ちください」
手早くメモを取っていたアルバンさんは、そう言って深々とお辞儀をして足早に部屋を出て行った。
アルバンさんを見送ったエルさんは、振り返ってハスフェルを見上げた。
「それからマシューの店に確認を取ったんだけど、テントの修理はもう殆ど出来ているんだけど折れた主軸がまだ調整出来ていないらしい。だから、預けているテントと同程度のテントを取り急ぎ見繕って届けてもらう事になったよ。届いたら確認しておくれ」
「手間を取らせて悪かったな。それじゃあ食材とテントが届き次第、俺達は狩りに出発するよ。まあ、何か聞かれたら、祭りまでには戻って来ると聞いたと言ってくれればいい」
「本当に申し訳ない」
改めてエルさんに謝られて俺たちは苦笑いしていた。
「まあ、俺たちは別に普段から野外生活には慣れているからな。気にするな。それより、あの馬鹿共が騒ぎを起こさないようにしっかり見張っておけよ」
「一応、彼らの周りには監視と護衛を兼ねて、ギルドの人間を置いているよ。なので、そっちはご心配なく」
自信ありげなエルさんに、そう言われて、苦笑いしているハスフェルだった。
「それじゃあ、綺麗な湧き水の出る場所があるから、そこへ連れて行ってあげるよ。そこでケンは料理の仕込みをすれば良いんじゃ無い?」
シャムエル様の提案に、思わず大きく頷く俺だった。
よし、それじゃあ当座の食事はなんとかなりそうだな。